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断頭地区  作者: 自堕落才
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第三十七話 又聞きの憎悪

 一家は町から離れた場所の森の中に隠れるようにテントを張っていた。誰かが木の上に気配を消し隠れているが微かな気配をレオンも察していたが気づかないふりをした。

「娘には話しているのか?」

「ああ…だが、本当に行けるとは思ってなかった」

 父親がテントの入り口を開けて娘を呼ぶと明るい声が返ってきた。

「父ちゃん、おかえり」

 ユニコニスは外に出てくると同じ年頃のレオンを不思議そうにじっと見る。だが目が合うと威嚇的な目つきに驚いて目を逸らした。

「この子は国から来たレトゥムだ。お前を国に連れて行ってくれる」

「ほんとに?」

 彼女は悩ましい声で返した。

「ああ、準備をしなさい」

 ユニコニスがテントに入ると木の上から初老の小柄な女性が降りて姿を現した。しわの深い顔に影が落ち怒りをはらんだ目で息子を睨みつけ、叱るように声を出す。

「なんのつもりだい、サンダイクス。国なんかに娘を連れていくなんて」

 二人の間に冷めた空気と緊張が走る。

「この子のためだ。戦いとは無縁のところで暮らさせてやりたい」

「戦時中にあいつらが何をしたか教えてやっただろう! 狂った奴らが治める国に孫を行かせるものか!」

「本人たちは死んで終わったことだと言っていただろう! それに狂っているのはここも同じだ。この子も納得している、せっかくのチャンスを逃したくない」

「その化け物みたいな子供を見て本気で言っておるのか! そやつの纏っている殺気は恐ろしいなんてものじゃない、きっと悪魔じゃ。奴らは悪魔を生み出す実験をまだ続けておるのじゃ!」

 絶叫のように声を荒げ自分を罵る相手にレオンは脅して黙らせようと近づいた。

「安心しろ、怪物は俺だけだ。国にそんな者は必要ない、民たちは平穏に暮らしている」

 老婆は構えようとしたが強者を相手に動きようもなく、少し後退るだけで引きつった顔で目を逸らす事も出来なかった。

「あまり騒ぐな……傷つけるつもりはない、戦っても何もならない事は分かっているな?」

「かっ…怪物め! 脅して言いくるめようなどと、正体を隠す気もないのじゃな!」

「孫を大事に思う気持ちがあるなら貴様も選べ。残るか、ついて来るか」

「お袋…あの子についていてやってくれ。頼む」

 サンダイクスも切実に頼むが簡単に屈するほど老婆は弱くはない。

「考え直せ! 娘を死なせる気か! あの男にも騙されたろう!」

「違う、あいつの思いは本物だった。友情はなくなっても、現実が嘘になることはない。あいつの医術は多くを助けた!」

 サンダイクスにも熱が入り言い争いにもなりそうな空気が漂ったが中で聞いていたユニコニスが飛び出して老婆に抱き着いて止めに入る。

「ばあちゃんも一緒に行こ、あたしの事守って。ねっ?」

 孫にしがみつかれ、老婆は苦々しい顔で悶える。

「騙されちゃいかん! こいつをよく見ろ! 何人殺したか分からん目をしとる、変異体と同じじゃ……狂って人を殺し、他人を不幸に落とす目じゃ。忌々しい国になんぞ連れて行かせるものか…今更手を差し伸べようなど厚かましい……自分たちの作った怪物に滅ぼされてしまえ!」

 老婆は消えるように姿を消し孫を抱いて逃亡した、サンダイクスはすぐに追いかけたがレオンはぶつけられた暴言にいっそのこと目を潰してしまおうかと考えていた、その思考を打ち消すように血の中から早く行け早く追いかけろと声が聞こえ……レオンははっとして追いかけた。

街道にでるとサンダイクスが老婆の前に出て行く手を遮っていた。

「お袋、落ち着いてくれ!」

「わしは己の知識で判断しておる……お前のように早計ではない」

 老婆が敵意をむき出しにするとユニコニスが叫ぶ。離れようととしたが抱きしめる力が強く突き離せない。

「ばあちゃん、やめて!」

「娘を離してくれ…親に怪我をさせたくない」

 びりびりとしたにらみ合いに木の葉すら揺れそうな気迫がせめぎ合う、その間を悠々とレオンは割って入り二人ににらみを利かせた。

「止めろ、子供の前で争うなら黙らせるぞ」

 二人の気迫などあっさりと跳ね返し、押しつぶすように威圧すると二人は硬直し黙った。

「孫を離してやれ。逃げられたんじゃ話も出来ん」

「ばあちゃん、大丈夫だから離して」

 祖母の体にぐっと力を入れて引き離し地面に降り、ユニコニスは祖母の手を握った。

「二人で争わないで」

 また悶える表情をする老婆にレオンは近づく。

「ババア、町でお前の話を聞かせろ。付いて来い」

 有無を言わせず引き連れて酒場に戻る、老婆を座らせ店主に飲み物を人数分並べさせた。老婆は酒を一気に飲み干し少し落ち着いたようだった。客は帰っていて店は店主しかおらず静まり返った空気に声がよく通る。

「国について何を聞いたか話してくれ」

「ふん…権力者共は伝えておらんのじゃろうな。ワシでさえ口をつぐんでしまう罪を伝えられるはずもないか……」

「お袋、俺にも教えてくれ」

 老婆はため息をつくと孫に顔を向ける。

「ユニ、お前は聞かん方がええ。離れてろ」

 ユニコニスはその言葉に素直に従いカウンター席の方に移動した。

「ワシの父親は軍にいてな、騎士じゃった。細かい事は教えてくれんかったが戦中の実験についての資料を見つけたそうじゃ……それは遺伝子に関するもので肉体と精神の強化と長寿を目的としたと書かれていたらしい」

 老婆はグラスを持ち上げて店主に酒を頼んだ。サンダイクスはそのグラスをカウンターに持っていき酒を注いでもらうと老婆に渡す。一口酒を飲みのどを潤すと老婆は話を続けた。

「権力者たちのための研究じゃ……完成した治療を受けたのは時の権力者たち、だから今の王族や貴族たちは肉体も精神も強く寿命も長い。だがそのために使われたのが国民と動物じゃ、科学者は非道な実験を繰り返し、まして敵国にまで情報を流し同じよう実験させるよう仕組んだらしい。それが長い時間をかけ生き物の遺伝子をおかしくさせ……多くの動物が姿を変えた。そして……人間からも姿かたちを変える者が現れ始め、それらが変異体と呼ばれるようになったそうじゃ……」

 話し終えると老婆は残りの酒を一気に飲み干した。受け入れがたい話はレオンを強く動揺させ言葉を発するのに少し時間をかけさせた。

「それを知って……あんたの父親はどうしたんだ?」

「父は姫に…今は女王か。報告したそうじゃが返ってきたのは口外するなという言葉だったそうじゃ……公表したところでどうしようもないとはいえ、父は失望しとった。歴史も何もかも捨てたかったからこっちに来たんじゃろうな、殺されるときまで穏やかな顔は見れんかった」

 老婆は空っぽのグラスを悲し気に見つめた、サンダイクスもうつむいて出てくる言葉もなく黙っているしかなかった。冷えているわけでも熱があるわけでもない常温の空気に歴史の重みが乗って息苦しくなり、グラスに水滴がまとわりついた。

「ワシは…あんな女王がいる国に……いや、どこの国だろうと孫を連れて行かせるわけにはいかん。奴らは罪人じゃ。誰にも罰せられん罪人ほど罪深い者はおらん」

 レオンは耐えきれずに立ち上がり外に出ようとした。

「事実かどうか確かめてくる……! ここで待っていろ…」

 船に戻り通信機を手に取るレオンは重苦しい声で呼びかけた。

「陛下……聞こえますか?」

 数秒待つと女王の声が返ってきた。

「どうしたのかしら、何か問題でも?」

 はやる気持ちを落ち着け老婆から聞いたことを尋ねた、レオンの声は緊張混じりでそれは相手にも伝わっていた。一呼吸の沈黙の後、女王もまた緊張気味にすべてが事実だと同意しレオンは肩を落として現実に打ちのめされた気分に沈む。

「あの研究は資源が無くなり始めた戦争中期に始まり私が生まれる前にはもう完成していた……兵器から前時代の戦いに戦場が変化した理由でもある。あれがなければもっと早くに戦いは終わっていたかもしれないけど、歴史にIFはないわね……」

「そんなことより! どれほどの人が変異体になる可能性があるんですか?」

 レオンの声は憤りに震えていた。

「すべての人間がそう……」

「俺は……変異体ですか?」

 その問いに怯えはなかった、だとしたら納得感もあったからだ。

「いいえ、あなたは違う。あなたは権力者の血を継いでいるから変異することは無い」

「だったら……ファラベラ達は……騎士たちは…」

「可能性の話よ、ならない人もいる。ラニウスもなってないでしょう? あの町の人々も変異した人はいなかった。簡単になるものじゃない」

「それは希望でしょう! そんな…楽観的なものの見方で!」

「彼女らに伝えたければそうしなさい。でも口外しないよう口止めは徹底するのよ。公表したところで国民には何の得もない、平和であれば変異することもないの」

 この事実をどうするかは女王の中でとっくに葛藤も終わり結論は出ている。今さらレオンと議論する気もなく厳しい声色がスピーカーを低く震わせ、両者に緊張を生む。

「だとしても罪は……! 戦わせる事…黙っている事……どうしようもないからと言って納得しろと言うんですか!」

 これから溜まっていくであろう心の重しをぶつけるようにレオンは叫んだ。

「社会には罪を背負わなければならない役目の人間がいるの。私たちはそういう存在、甘えは許されない。あなたも戦うことを選んだのなら心が否定したとしてもすべてを受け入れる覚悟を持ちなさい。それが出来なければ戦い抜くことは出来ないのよ」

 それ以上言い返すこともなく虚無感に見舞われながらレオンは通信を終わらせ酒場に戻った。影が落ちた二人の顔に変わりはなく、そこにレオンが加わると空気の底に陰鬱がたまっていく。

「事実だった……陛下に直接聞いた……」

 そう失意のレオンが言うとサンダイクスはため息をつき、老婆は眉間にしわを寄せた。

「ふん…さすがに嘘はつけんかったか」

 老婆が蔑む感情を隠しもせずぶつぶつと罵っている横でサンダイクスは沈むレオンをじっと見た。

「君はどうする?」

「どうするもこうするもない…戦うだけだ。この地を平和にするまでな。娘の事はゆっくり考えろ、この町なら少しは安全だろう……」

 顔を上げ陰鬱を引きずるように重苦しく席を立ち、去ろうとした。するとサンダイクスも立ち上がりレオンの前に立った。

「戻るなら……ユニを国に連れて行ってほしい」

「何を言っとるんじゃ!」

 老婆は激怒したが、サンダイクスは落ち着いて話を続けた。

「過去の事は確かに大きな罪だが…それでも断頭地区にいるよりマシなのは確実なことだ、なら行かせた方が良い。俺達に大事なのはユニが安全に暮らせるか、そこに変異体がどうのこうの、どうしようもない事を考える必要はない」

「かぁー!! ならこいつを信用して預けるのか? この化け物に!」

「この子共は悩んでくれている。それだけで十分じゃないか、怪物は悩まない。俺はだれも信用できない人間にはなりたくないし娘にもそうなってほしくない」

 サンダイクスの決意は固く説得は出来ないと老婆はその目で悟り、口を歪ませて黙った。それを見てユニコニスは残念そうに席を立ってレオンに近づく。

「ばあちゃんが行きたくないならしょうがないから私たちだけで行こ……」

 孫の言葉に老婆は見捨てられたような気分になり地団駄を踏みながら苦渋の決断のように受け入れた。

「ぐぬぅう。ワシも行くぞ!」

 その言葉にユニコニスは笑顔を見せた。孫のその表情に老婆は複雑そうな顔を見せる。

「サンダイクス、お前も来い。国を見ていけ。任務はその後でいい」

 怪物は悩まない……その言葉が少しの喜びを湧かせ、足掻くことの無力さを誤魔化せるような思いが湧きレオンは少しだけ痛みがやわらいだ気がしていた。

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