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断頭地区  作者: 自堕落才
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第三十六話 焦り

 断頭地区のとある街の酒場で教授とアテレスは穏やかにティータイムを過ごしていた。

「レオンはずいぶんと活躍しているそうだよ。会えない時間というのは思っていたより寂しいものだね」

「あんたにそんな感情があったのか」

 教授とアテレスは十年ほどの付き合いになるがレオンと出会ってからの教授は別人のような執着を見せ、あるはずがないと思っていた人間性を垣間見ると元来の異常性が別方向に強化されたように感じアテレスはもともと感じていた嫌悪をさらに強めていた。

「私にとって最も大事な人間なんだよ。彼も私の事をもっと思ってくれないと…そのためにはどうすればいいか、私ももっと考えねば。じっくりと確実な方法をね」

 教授の微笑みは清々しいほど純粋な少年のような輝きを放ち、溢れ出す至福の感情の中に身を置く喜びをまるで森林浴でもするかのように全身で感じていた。


 レオンはあれから己を駆り立てるように自らの修行もシバの修行もより厳しく、またも精神が思い詰めるまま行動していた。

「防御してから攻撃に移るまでが遅い! 遊ばれて死にたいのか! 相手の動きを読め! 避けると同時に攻撃できるようにするんだ!」

 シバは息を切らしてへたり込み立ち上がれない。

「どうした、もうだめか!」

「まだだ……」

 それでも続けようとする二人の間にミルバスが慌てて飛び込んできた。

「待ってください! 無理すると体が壊れます! いくらなんでも厳しすぎますよ」

 そう言うとレオンは大人しく下がった。

「向こうで休ませろ」

 ミルバスに支えられながらシバは壁に寄りかかって大きく呼吸する。

「水も飲んでください」

「どうも……」

 慣れない善意にシバは気まずく礼を言った。

「最近、厳しいですね。大丈夫ですか?」

「平気だ、これぐらいやらなきゃ追いつけねぇ」

「隊長は特別ですから目標にすると挫折しますよ」

 シバは困った顔をする。

「そんなにすごいのか?」

「あの年で恐ろしいほどですよ…この国じゃかなう者はいないでしょうね」

 シバは感心して頷いた。

「それぐらいじゃなきゃな……なぁ、他に隊員はいないのか? あいつ偉いんだろ?」

「いますが、今は別の場所で仕事をしています。あの子にとって私たちは足手まといですから……」

 ミルバスは悲しみを湛えてレオンを見た。その視線に含まれる感情に興味はなかったが一番強いと言われる相手に訓練を受けていると思うとシバは困難に挑戦する意欲がさらに強まった。

「俺が強くなってやるから心配すんな。他の二人がだめでも、俺がついて行ってやる」

 情けない事ではあると重々承知していたが子供を利用していることにミルバスは心が痛んだ。ついて行けるとは思っていなかった、ただ少しでも重しになり心を落ち着ける助けになれば……そう考えていた。だが本当にあの強さについて行けるのならどんなにすばらしい事か、実現してくれることを願う厚かましさも今は図々しく見て見ぬ振りし、ミルバスは希望を抱いた。


 休息中もシバは食い入るようにレオンの訓練を見て少しでも得ようとしていた。剣を振る音だけが鳴り、長剣を流麗に扱う姿に見惚れないようにも集中する中で庭と建物をつなぐ扉が開いた。

二人は振り向かなかったがファラベラとローターが庭を進んでくる。

「ミルバス。来たけど、今日からここで訓練?」

 二人は強いまなざしで目から気合が漏れ出るようだった。刑務所という場所で訓練することにも何の不満も恐れもなくミルバスは申し訳なさそうに謝った。

「こんな場所で申し訳ありませんが、隊長が集中して訓練できる場所は限られているので」

「断頭地区のクソに比べたら刑務所だって心地いい場所と変わんない、訓練してくれるだけでありがたいから謝んないでよ」

 ファラベラはさっぱりとした言い方でローターも気にするわけもなくミルバスの指導の下、基礎訓練を始めた。二人の体力は仕方がないが大きな差があった、ローターはシバと大きな差はないがファラベラは完治したとはいえ病気の影響は大きく、レオンとの訓練はまだまだ時間がかかることは誰の目にも明白だった。だがファラベラは一欠けらも諦める意思はなかった、準備運動ですら体力を使い果たしてしまうような状態でも休まずに体を動かすのは執念と言うほかない。レオンが光を失ったことへの怒り、失わせた世界への怒り……それは肉体を滾らせるには十分な熱になり、執念を生み出した。

レオンに対する大きな感情は関わった人間誰しもが持っている、だからこそ誰もが行動しようとするのだが満足する実力を得ることは無いだろうとレオンは疑わない。騎士として体裁など気にしていられない、レオンはファラベラ達を横目で見ながら一人で思い詰めていた。


 そしてレオンは一人でリベロを訪れることにした。館に行き領主に面会を願うとメイドは理由は聞かずに静かに案内した。

「金で雇える兵隊が欲しい。そういう奴らが集まるいい場所を知らないか?」

 そう聞くと領主はメイドに目を遣り、代わりに答えた。

「そういう方々は一つの所にとどまったりしませんから難しいと思います。ですがこの街にも時々訪れますから、酒場に行ってみてはいかがでしょう」

「そうか…」

 酒場と聞くとアテリーネが思い浮かんだ、彼女の強さなら自分について来れるだろうか? レオンはそう考えたがとうにアテリーネの強さを超えていることに今のレオンは知る由もない。

レオンが立ち去ろうとすると領主が付け加えた。

「そうそう、教授についてだが…情報があれば報告するように町に手配書を張っておいた、望むような情報が来るとは思えないが報酬は用意しておきたまえ」

「ああ、十分だ。感謝する」

「私は誰の仲間でもない、協力が必要なら相応の対価を用意が必要だと覚えておけ」

「その時が来たらな……」

 レオンが酒場の扉を開けるとアルコールの匂いが鼻に付き、顔をゆがめながら客を見渡す。昼前だからか漁師がほとんどだったが一人雰囲気が違う外から来たと思われる風貌の者がいた。道着のような服に身を包んでいるが分厚い筋肉に包まれている事はその体の大きさが物語っていた。近づこうとすると酒場の店主にレオンは声をかけられた。

「おい、あんた噂の騎士だろ? そこの客があんたをずっと待ってたんだ、会ってやってくれ」

 店主が指したのはその筋肉質の男だった。レオンは警戒も緊張もせず男に話しかけた。相手は話しかけた子供を見ると酒を置いて特徴を確かめようと注視した。

「細身の長剣……白髪…君が国から来た子供か?」

 静かな声を出す男は寡黙な性格だと感じられ、腕の立つ人間が纏う雰囲気を持つ男にレオンは興味を持った。

「そうだ。俺に用があるそうだな。俺も使える人間を探していたところだ」

 レオンは椅子に座り向かい合う。

「ならちょうどよかったな…願いを聞いてくれるなら俺の命をやる」

 大きな対価にレオンは驚いて目を見開いた。

「それは……大きな願いを持ってきたな」

 レオンが警戒するように眉間にしわを寄せると男は緊張気味に口を開く。

「娘を国で安全に暮らさせてやってほしい」

 想定外の願いはレオンを呆気にとられた表情にした。

「俺達は家族でハンターをしている。金で雇われる君が探している人種だ…雇われれば人も殺す。ここで生きていくには強くなくてはいけないことは君も知っているだろう。だが娘の……ユニコニスにはそれがない、性格的に戦闘には向いてない…それは生きていく手段がない事と同義だ。だから君を待っていた」

 男の言葉には父親としての思いが籠っていた、それが分からないレオンではない。

「俺が受け入れるとなぜ思う?」

 だが慎重に、レオンは疑問をつぶそうとした。

「確証はなかった……だが…すこしでも可能性があるなら試したかったんだ…頼む」

 男は人目もはばからず土下座して床に頭を付けた。それを見せつけられれば疑う余地がない事は明白だった。

「まずユニコニスという娘に会わせろ。危険がないか判断出来たら連れて行こう」

「感謝する!!!」

 求めていた人材はいつも自分の下に来ない、使い捨てに出来るそういう人間。心の痛まない悪人だったはずだが……誰もが何かを求め、己を捨てようとする。なぜ自分の周りのそういう人間が集まってくるのかレオンは頭を悩ませた。

「一つだけ問題がある。俺の母の事だ、俺のじいさんから戦時の事を聞かされて育ったからか国に対する不信感が強い。娘を連れて行くと言ったら納得しないだろう。最悪の場合……戦闘になるかもしれない」

「戦えるのか?」

 彼は答えられなかった。

「説得の方法を考えろ。親子の戦いなんか見たくないからな」

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