イラスト部 完全に呑まれた
イラスト部ルールその肆拾肆 困った時は誰でもいい相談しなさい
「お母さんか!けど……わかってんのか?」
先生が出て行って数分経ったころだろうか、ようやく止まっていた針が動き出したかのようにぼそりぼそりと少しづつ話し始める。
「何て言うか……負けた、わね」
誰と勝負していたのかとも、誰も何も言わない。わかっているからだ、『負けた』その言葉の意味を。
「ん、完全に呑まれた」
「…………それにして、も」
「かがりんの言ってたことよね……」
薄波先輩の肯定の言葉に対し、あの人の言葉に全員が疑問を寄せる。
「ほぼと言うことは少なくとも一人はいたと言うことですよね……」
八神の言葉に三年・一年がじっと考え始める。その中俺はずっと一人で考え込んでいる夢田のことが気になり、肩をつついてみる。
「っ!?どうしたのっ?」
必要以上に方がはねた気もしたが、急に肩をつついたのは俺だ。そこは悪いので謝る。……それにしてもそんなにも驚くようなことをしただろうか。こいつ確かに大きい音とかは苦手だが、こういうことはそこまでだったはずだ。まあいいか。それにしてもだ、
「ずっと考え込んでいただろ、お前にしては珍しく」
「珍しいってどういうこと?」
プクーと頬を膨らまして問いかけてくる。さあ?というと「もう!」と怒りつつもまたさっきのように考え込む。
「あーちゃん、一人で考え込んでも出てこない時は出てこないわよ?」
と木村先輩は夢田に近寄り安心させるように笑って言う。薄波先輩も木村先輩のように近づき
「ん、皆に聞く。そしたらでてくる時もある」
といつもより優しげな声音で言う。
「でも……」
しかし夢田はいつもの元気の良さは鳴りを潜め、小さくつぶやく。
「…………困った時は人に相談、するといい。…………それに」
その言葉に対し福谷先輩は夢田をじっと見る。そして途中で言葉を止め、俺たちを見て
「…………彩夏が静かだと……皆落ち着かない」
福谷先輩に言葉に、周りを見渡す。中井は不安げに眉を下げており、八神はいつものように笑ってはいるがどこかその笑顔には覇気がなかった。……気づかないほど俺は狼狽してたのかよ。その事実に静かに驚く。
「皆……」
そう言って夢田はゆっくりと周りを見渡す。木村先輩はその様子を見てフフッと笑うと
「そうねこの際皆に言っておこうかしら」
そうつぶやいて真剣な目でこちらを見る。中々見ることの無いその真剣な目に俺たちの背筋は知らず知らずのうちに伸びる。
「そんなに緊張しなくても良いわよ?」
そう言って笑うとまたあの真剣な目に戻る。
「イラスト部のルールにも書いていたと思うんだけどね、困った時はいつでも相談しなさい。確かにここは先輩後輩関係ないわ、私たちがというより私があまり好きじゃないのそういう年功序列、みたいなの。どうしても思い出すことがあってね。って、このことは今は関係ないわね。話は戻すけど、先輩後輩関係なく、だから敬語も使わないってことにしてる。けどね?」
そこで一旦言葉を止め、優しげな表情になる。
「このイラスト部での年数は私たちが一年上よ。それは覆しようのない事実。だからある程度のことは慣れてる。私たちを頼りなさい、私たちを使いなさい。この学園は……通ってる私が言うことじゃないかもしれないけど、はっきり言って信じていい大人は少ない。先生は言わないけどこの学園で不登校になった子を……学園にいても一切外には出ない子を知ってる」
「…………だから仲間を頼って」
「ん、全部一人で抱え込む必要はない」
そう言って三年は互いに顔を見合わせお互いに笑った。
「きっと私たちが言えたことじゃないのだろうけど」
「…………でも、言えることなら話してほしい」
「ん」
そう三年が話し終える。
ったくこの人たちは本当にかっこいい。後輩に向かってここまで言える先輩は中々いないだろう。『使いなさい』なんて。そんじゃそこらの男だったらこの人たちの前ではかすんでしまうだろう。きっと俺もその一人のはずだ。
でも人は話せない、話したくないことがある。
きっとだから最後の言葉を入れたのだろう。
『言えることなら話して』
きっと彼女たちは気が付いているから。
話したくない、消してしまいたいのに消えてくれない傷が誰もがあることを。だからこの言葉なんだろう。
本当この人たちは、かっこいい。でも、先輩たちはわかっているのだろうか。俺たちもそう思っていることを。
『仲間を頼って』
いや
『俺たちを、後輩を頼って』
いや
『あなたたちだけで抱え込もうとしないでくれ』
先輩たちは時々自分たちで解決しようとするときがある。
先輩たちは気づいていないとでも思っているのだろうか。
この前に聞いた島田先輩と美術部部長の言葉を彼女たちに伝えたとき、彼女たちは「今は関係ない」「いつか」そう言ってそれ以降話題にすることは無かった。でもそれに関することを俺たちにばれないように、しかし確実にそれについて調べている。何度か島田先輩のところに行っているのを見てしまったことがある。とても周りを気にしていたから何も言ってはいないけど。
先輩、確かにあんたたちの方が一年先輩だ。けど
俺たちもイラスト部だ。
気づくときは気づく。けれど秘密にしているのがわかるから何も言わない。だって何もかも先輩たちの言うとおりだ。そしてこのことについて言えないのは先輩たちだけじゃない。きっと、俺たち全員だ。
そんな事を考えている間に夢田は話すことを決めたらしく、顔付きが先ほどとは打って変わっていた。そしてその顔を俺の方に向ける。……え、俺?
「光君、一つ聞いてもいいかな……?」
いやいや気のせいだろうと思いたかったのだが、そんなこともなく思いっきり名指しされる。しかもあの夢田が少し遠慮をしたように困った顔で言ってきた。その上首をこてんと傾けて。俺自身も少し首をひねりつつうなづく。少しおかしなうなづきになってはしまったが、まあしょうがないだろう。
「ねえ光君」
そしていったん顔を下に向けるが、またこちらに顔を向け
「咲ちゃんにいろいろと聞かれた時何を思ってたの?」
そう聞いてきた。
「何を……って?」
意味がわからなかった。
「光君冷静だった……でしょ?」
「んなわけあるかよ」
動揺しまくりだったというのに、一体何言ってんだこいつは。
「ううん、そんなこと……ない。きっときっと咲ちゃんが言ってたのは光君のこと」
「…………彩夏……説明、出来る?」
福谷先輩の言葉に対し静かにうなづく。
「あの、ね咲ちゃんに言われた時自分の顔が強張っていくのを感じたんだ……。ダメってわかってた……けどいっぱいいっぱいで」
その夢田は俺の方をちらりと見て、ゆっくりと息を吐き言葉を続ける。
「今みたいに光君の方を見たんだ」
それは小さなころの夢田のようだった。そんな俺の気持ちをよそにいつもからは考えられない小さな声で
「光君はね、今みたいに変わらなかった」
そう言って、言葉を止めた。




