第77話 【幻の迷宮】
幻の迷宮が目視できる距離まで近づいてくると、その全貌が明らかになった。天を突き破るほどの高さを誇る巨塔——それが幻の迷宮だった。
入口には魔物の警備隊が配置されている。
「この人数で一気に入ると怪しいな。見た目を魔物に変装して入るか……それともゴリ押しで行くか」
政宗先生が考え込んでいた。
「よし、全員黒いローブで体を覆って入るぞ」
政宗先生は雪乃に黒いローブを25人分作らせ、そこへ【大気マナ利用】スキルを使って魔界の大気中に満ちた魔力を込め始めた。
「それに意味があるんですか?」
「あぁ。人間界の魔力は濃度が薄い。だからそこで育った魔物も弱い。魔界は逆で魔力の濃度が濃いから魔物も強い。俺たちに纏わりついている魔力の濃度が薄いと、それだけでバレる可能性がある。だから今、全員分に魔界の濃度で魔力を込めている」
ちゃんと意味があるのか。俺たちは完成した黒いローブを羽織り、幻の迷宮の入口へ向かった。25人の黒ローブ集団……どう見ても怪しいが、魔界ならどうにかなるかもしれない。
入口のガーゴイルに似た門番に近づくと、先頭を歩いていた政宗先生が呼び止められた。
「おい、お前ら怪しいな」
「俺たちはマント族って言う突然変異の種族でな。皮膚がマントでできてるんだよ」
……それ、かなり無理のある理由じゃないか。
「そうなのか。ほれ、通れ」
えぇぇぇ!これで行けるのか!
俺たちは入口の門を抜け、幻の迷宮の内部へと踏み込んだ。
「うわっ、眩しっ」
中は完全な街として機能していた。外の禍々しい渦巻く空とは打って変わって、人間界のような晴天が広がっている。レンガ造りの建物や木造建築が立ち並び、魔物たちが普通に行き交っている。
「意外と発展してるな」
思わず呟くと、近くにいたリザードマンの老人が話しかけてきた。
「ほぅ……ここは初めてかい。人間界から逃げてきたのかな?ここはの〜、五階層に分かれておってな。一階層ごとの高さが500m、直径が5kmほどある。1年後には人類と全面衝突があるらしいから、それまでに力をつけることじゃな!若き少年よ!」
気前よく教えてくれた。それにしても……この上にも街が続いているのか。
「おい……バレてないよな?」
隣に立っていた蒼真が心配そうに話しかけてきた。周囲の勇者たちも顔を強張らせている。
「もしバレたら俺たち終わりだぞ。ここにいるモンスターはどんなに弱い個体でもレベル80超え、兵士や冒険者クラスはレベル120超えだ。そういう連中が100人以上で一斉に来るんだから、絶対に慎重に行動しろよ」
蒼真の忠告はもっともだ。気を引き締めないといけない。
「お前ら、あそこの路地裏に来い」
政宗先生に促され、レンガ造りの建物の裏へと移動した。傍から見たらかなり怪しい集団だろうが、今は仕方ない。
路地裏に到着すると、政宗先生が座り込んでこれからの方針を話し始めた。
「みんな聞いてくれ。俺たちは25人以上がローブを羽織った謎の集団だ。このローブを外せば人間だとバレて最悪殺される。だからといってこのまま集団行動を続ければ警備に怪しまれて捕まりかねない。そこで提案だが——分かれて行動するのはどうだ」
分かれての行動か……何かあった時に対処できるのかという不安はあるが、確かに今のままでは目立ちすぎる。
「1グループあたり3〜4人だ。目標地点については——蒼真、お前の神眼でそれらしい場所が分かるはずだ。周囲を鑑定してみてくれ」
急に名前を呼ばれた蒼真がビクッとしながら、慌てて周囲の鑑定を始めた。政宗先生の助言で使い方が広がってから、こういった場所の把握にも神眼が使えるようになっていた。
「え〜と……ここは、魔王軍四天王の一人——幻獄の聖魔ヴァルナ=ドレイクが管理している塔らしいです」
四天王!人間界に現れた四天王の戦斧の魔神が、かつて人類最高峰と呼ばれた剣聖ワンドさんに倒されたことは聞いている。それと同格の存在がここを管理しているのか。
「そして、この塔を通過しないと魔王城付近へは行けないそうです。魔界の深部はもともと魔族の土地だったため地形が歪に変形しており、深い魔界とここの間には巨大な断層があるそうで」
「また、この塔は次世代の四天王を決める場でもあって、5階層のうち1階層は居住区ですが、2〜5階層は知性がなく味方でも構わず攻撃するモンスターで溢れているそうです」
完全にダンジョンの構造だ。
「さらに2階層目までは居住区に戻れますが、3〜5階層に入ったら四天王を倒さない限り帰還不可能らしいです」
竜牙が「だったら四天王を無視して魔王城に直行すればいいじゃないか」と言った。
「それが難しいんです。魔王は転生の宝玉というものを各四天王の体内に埋め込んでいて、四天王が生きている限り、魔王が倒された際にその四天王の肉体を乗っ取って復活するか、体を破壊して再生するらしいです。つまり魔王を完全に倒すには、四天王を全員先に始末しないといけない」
用意周到すぎる魔王だ。
「よし、怪しまれないようにパーティ単位で分かれて行動する。次の集合地点は4階層だ。雪乃、日付が分かる時計を25人分作れるか?」
「分かったわ」
雪乃は驚くほどの速さで25人分の時計を生成した。
「今日を1日目として、これが5日目になるまでに全員で4階層に集合するぞ」
「「分かりました!」」
さて、グループ分けだ。蒼真と颯真は外せない。あと一人誰にするか——
「よし、じゃあグループを決めておけ。俺は先に行く」
それだけ言い残し、政宗先生は路地裏を出て2階層へ続く螺旋階段を登っていった。
他の勇者たちがあたふたとグループを組み始める中、俺も蒼真と颯真に声をかけようとしたが、蒼真の周りにはすでに大勢が群がっていた。先に颯真に話しかけた。
「颯真!一緒のパーティになろうぜ」
「おっ、いいぜ!俺も声かけようとしてたところだったんだよ。……それにしても」
「蒼真、めちゃくちゃ人気だな」
「ほんとにね」
神眼は攻撃スキルではないが、それを補って余りある価値がある。相手の詳細が分かれば、自分たちが勝てる敵を選んで効率よくレベルを上げられる。地形の危険度も把握できる。ある意味では一番チートなスキルかもしれない。
「みんな、ごめん!俺は智也と颯真と組むから!」
人混みをかき分けながら蒼真がこちらへ走ってきた。
「サンキュー!蒼真は絶対守るから安心しろ」
「で、あと一人どうする?人数は多い方がいいだろう」
颯真が言う。
「蒼真から見て、誰が合いそうだ?」
「うーん……」
蒼真が顎に手を当てた。
「晴人か彩葉が結構強いと思う。不確定要素を避けるなら晴人かな」
「それぞれのスキルは?」
「晴人は【幸運神】で異常なほどの幸運補正を持つ。彩葉は【幻想支配】で幻覚を現実に近い形で具現化する。彩葉は強いけど幻覚を見続けないといけない面があるから、安定性で言えば晴人の方が無難だと思う」
「分かった。俺が声かけてくる」
晴人に話しかけると、二つ返事で快諾してくれた。こうして俺たちのパーティは、智也・蒼真・颯真・晴人の4人で固まった。
全員が集まり、静かに目を合わせた。
「頑張ろうな」
それだけ言って、俺たちは幻の迷宮の攻略へと踏み出した。




