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第76話 【百手鬼】

政宗先生が謎の悪魔との戦闘を終え、俺たちは幻の迷宮へ向けて歩き続けている。


今の俺のレベルは70程度。これからどんな魔物が出てきても対処できるのか——そんな不安を抱えながら足を動かした。


「幻の迷宮ってどんな見た目なんだろうな!」


颯真が言う。名前的にダンジョンの塔みたいな外観なのだろうか。


「塔みたいな感じじゃないの?」


そんな会話を交わしながら、赤みを帯びた魔界の大地を歩いていると——前方に人影のようなものが見えた。


「なんだ……あいつ」


政宗先生が目を細めて警戒する。近づくにつれてその人影が鮮明になっていく。


「ひっ……!」


思わず情けない声が出た。


それは到底、普通の生き物ではなかった。肥満体型の胴体に身長は3メートルほど。灰色の全身を無数の手が覆い尽くし、本来目があるべき場所は耳から伸びた手に塞がれている。


「みんな気をつけて!今鑑定したら——レベル140の百手鬼だ!」


レベル140。それでも政宗先生がいるから大丈夫——そう思った次の瞬間、政宗先生が口を開いた。


「教育のため、今回は俺は手を出さない。お前たちだけでやれ」


恒一と竜牙が真っ先に飛び出した。剣術と真竜化で応戦しようとした二人だったが、百手鬼の素早い二連撃によってあっけなく吹き飛ばされた。恒一は胴体を大きく凹ませて血反吐を吐きながら倒れ、竜牙は全身を竜化させていたおかげでダメージを幾分か抑えたが、それでも地面に叩きつけられた。


「もう、仕方ないわね!」


琴音が政宗先生の助言で使えるようになった【星霊召喚】を発動し、"治癒の巨星:ヒース"を召喚して二人を回復させた。


それと同時に、遠距離から全員が一斉攻撃を仕掛けた。


凛の【絶対零界】による全身を覆う凍結攻撃。

朱音の【太陽魔導】によるフレアバースト。

大河の【重力皇帝】による圧殺攻撃。

楓の【精霊王契約】による四大元素——火・水・地・風の精霊による複合攻撃。

美月の【武器錬成】によるアサルトライフルの弾幕。

海斗の【海王支配】による水の窒息攻撃と高圧噴流による切断。

陽菜の【世界樹の巫女】による大量の植物の肉体貫通攻撃。

翔の【影世界】による影からの奇襲。

琴音の【星霊召喚】による最上級魔法の連発。

乃愛の【星辰魔導】によるスターバースト。

千尋の【契約神】による服従・強化した配下モンスターの集中攻撃。


そして——政宗先生に教わった魔力ストックを活かした、水と火を融合させた破壊光線。乃愛には及ばないが、俺なりの全力だ。


全員が撃ち終えると、砂埃と煙が立ち込めた。徐々に煙が晴れていく。


「消し飛んだか!」


そう思った矢先、背後に気配を感じた。


振り返った瞬間、百手鬼の張り手が顔面を直撃した。


何も見えない。意識が霞む中で、淡い治癒の光だけが視界に映り、体が感覚を取り戻し始めた。


「治癒はまかせて!」


美咲の【大聖女】が俺を包んでいた。


回復した竜牙が叫んだ。


「こいつ、どうやって殺す!」


魔法は効いているが物理攻撃の方が現状では勇者全員に通りやすい。ただ百手鬼の速度が速すぎて、近距離組でも太刀打ちできていない。


その時、蓮司が口を開いた。


「俺の【戦神化】は、戦闘が長引くほど強くなる。だから——みんなが10分耐えてる間に俺を最大限まで強化して、翔の【影世界】で一気に背後に回り込んで一撃で仕留める。どうだ?」


全員がすぐに賛同した。


美咲と琴音の治癒の巨星:ヒースを中心に、完全な回復体制に切り替える。10秒、20秒が経つごとに負傷者が出て、それをヒーラーが即座に回復する。この消耗戦を10分耐えなければならない。


恒一と竜牙は百手鬼の攻撃を引きつけようとしているが、先ほどの一撃のトラウマからか動きが鈍い。それでも二人は食らいついている。しかし百手鬼の攻撃力は凄まじく、耐久性の高い二人でさえあの状態になるのだ。俺が食らった張り手はまだ力を抜いていたからこそ顔面陥没で済んだ——本気の一撃が普通の勇者に直撃したら即死だ。


そんな状況で修司が前に出た。


「みんな……ごめん。俺、ビビってたんだ。不滅要塞って固有スキル持ってるのに、前に出られなくて。今から俺がこいつを抑える」


修司は百手鬼を正面から抱え込み、そのまま背後に投げ飛ばした。ヘイトが完全に修司へ向いたのを確認すると、修司は四股立ちの姿勢で構え——百手鬼の攻撃を真正面から全て受け止め始めた。


鈍い打撃音が8分間、鳴り続けた。


「最大まで強化された!翔、俺をあいつの背後へ飛ばせ!」


蓮司が叫んだ瞬間、優斗が「ちょっと待った」と炎の魔剣を蓮司へ手渡した。


「いっちょかましてくるわ!」


蓮司は百手鬼の足元に伸びる影へ飛び込み、一瞬で背後に躍り出た。全身全霊の一撃が百手鬼の背中を深々と切り裂く。


背中から黒いガスが噴き出し、百手鬼の巨体がしぼんでいくように崩れ落ちた。その瞬間、クラスメイト全員のレベルが10上昇した。


蓮司は連打を受け続けた修司の状態を見るなり、「美咲!早く!」と叫んだ。美咲が治癒魔法をかけると、修司は完全に回復した。


誰も死なず、百手鬼を攻略できた。


「最後の連携は良かったよ。ただ、全体的に火力がまだ足りないかな」


脇で見ていた政宗先生がそう言った。


「ふざけんな!俺たちがあんな窮地に立たされてたのに助けなかったのか!修司なんかほぼ死にかけてたぞ!?」


恒一が苛立ちをぶつけた。


「死ななかったじゃないか。勇者たるもの、このくらい乗り越えてもらわないと」


政宗先生の実力を全員が知っているから、誰も言い返せない。


確かに疑問はある。過度な痛みで精神が折れる可能性だってあった。なぜ助けてくれなかったのか——そう思う。けれど。


「まぁ不満もあるだろうけど、レベルが10上がったじゃないか。全員レベル80だぞ。王国最強の騎士団でも、それだけのレベルは滅多にいない」


全員が黙り込んだ。


強くなっているのは事実だ。政宗先生は、死ななければ全て良しという考え方なのかもしれない。


この戦いを経て、クラスメイト同士の絆はさらに深まった。しかし政宗先生との間には、見えない溝ができ始めているような気がした。


そのまま前へ進んでいくと——幻の迷宮の入口が、目の前に姿を現した。

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