第72話 【迷い】
目を覚ましてテントの外に出たが、空が常に暗い魔界では朝なのか夜なのかが分からない。昨日より少し明るい気がするから朝なのだろうと判断したが、確証はない。
そこで重大なことに気づいた。
雪乃をどうするか、だ。テントから出てきていないということはまだ寝ているのだろう。できれば魔獣が活動し始める前に移動したいが——そんなに親しくもない女子を起こすのは、地味に気まずい。
俺は起こすのを諦め、雪乃が昨日作ってくれた椅子に腰を下ろした。そして暗い空を見上げながら、これからのことをぼんやりと考え始めた。
「とりあえずマボロシ森に向かって、そこから幻の迷宮か……」
「というか、死ぬかもしれない状況で戦い続けるとか、普通の高校生には無理がありすぎる。特別な何かになれるかもしれないという期待感だけでここまで来たが……この先、魔界から人間界に逃げ帰る勇者も出てくるだろうな」
「俺も逃げるか……?俺も人間だ。死にたくない。魔界は基礎戦闘能力も魔獣の質も、全部が人間界とは桁違いだ。テラミルワームを見ろよ、あれ一体で自然災害と同等かそれ以上の影響力があるぞ」
頭をかきながら独り言が止まらない。
「今俺がまだここにいるのは、勇者としての使命感からなのか。それとも世界を救いたいという気持ちなのか……」
しばらく考えてから、俺は結論を出した。
「まぁ深く考えずに、適当に魔王討伐でもするか」
死ぬかどうかも分からない。でも突き進めば英雄になれる。逃げれば死の恐怖から解放されて自由に生きられる。どちらもあながち悪くない。
それよりも気になるのは政宗先生だ。日本語風の名前、地球の記憶を持っているような素振り、そして規格外の強さ。どう考えても転移者か転生者の類に見える。この先を突き進む理由として「政宗先生の正体を解き明かす旅」というのも悪くない動機かもしれない。
元の地球での生活も、深く考えずに適当に生きていた。この世界でも同じでいい。適当に生きて、適当に戦って、適当に死ぬ。それが自分のスタイルだ。
俺は死ぬも生きるも成り行き任せの勇者として歩き続けることを、なんとなく決めた。
ちょうどその時、政宗先生の声が脳内に響いた。
「えー、聞こえているかな。現在、地形情報と全勇者につけた結界のマーキングをもとに各勇者の現在地を表示する地図を脳内に送る。マボロシ森に集まれ」
地図だ。
同時に脳内に地図が展開された。俺たちがいるのは地獄の峡谷の東、迷いの森という場所らしい。そこから真北にマボロシ森があり、その北西に幻の迷宮がある。シンプルなルートで助かった。
政宗先生の声と同時に雪乃も目を覚ました。
「やっと起きた」
雪乃は自分が作ったテントや椅子を手をかざして消し——作ったものなら消せるらしい——俺たちは軽く言葉を交わしてから北へと歩き始めた。




