第60話 【朝】
「もう朝か……」
智也は目を覚まし、周囲を見渡した。天井の見慣れない装飾が、昨日の出来事が夢ではないことを告げている。異世界に来たことを、改めて実感した。
部屋を出ると、廊下はしんと静まり返っていた。誰もまだ起きていない。窓の外を見ると、空は深い藍色のままだ。
「午前5時ぐらいか……」
眠れなかったわけではない。ただ、目が覚めてしまった。そのまま中央の交流スペースへ降り、ソファに身を沈めた。
「俺の固有スキル『無限魔力炉』って、何なんだろう」
魔力が無限に使えるという話ではなさそうだ。じゃあ何が無限なのか。仮説を立てるとすれば——魔力回復速度が無限、つまり実質的に魔力が枯渇しない?
「それ、魔力消費ゼロってことじゃないか……」
思わず一人で興奮しかけたその時、階段を降りてくる足音が聞こえた。
後藤政宗先生だった。
「お、もう起きてたのか」
「はい……今日だけ、なぜか早く目が覚めてしまって」
「俺は外で素振りでもしてくる」
素振りか。書道部出身の俺には縁のない世界だが、人類最強の素振りというのはどんなものだろう。
「見に行っていいですか?」
「んー、まぁいいよ」
智也は黙って政宗先生について寮の外に出た。空気が冷たく澄んでいる。先生はベンチの前で立ち止まり、どこからか木刀を取り出して静かに構えた。
智也は近くのベンチに腰を下ろし、その様子を見守った。
「人類最強の素振り、か……」
先生が木刀を振った。
その瞬間、空気が弾けた。
素振りの風がジェットコースターの加速時のように顔面に叩きつけてくる。目を細めると、地面に細かな亀裂が走っていた。
「……化け物だ」
素人の俺が見ても、強さの次元が違いすぎると分かる。しかも全力ではなく、軽く流したような一振りに見えた。
その後も素振りを続けていた先生が、10回ほどで手を止めた。
「これ以上やると地面が崩れて寮が巻き込まれそうだな」
「……素振りで?」
智也は苦笑いしながら、先生より先に寮へ戻った。
交流スペースに戻ると、ソファに蒼真が座っていた。うつむいて何か考え込んでいる。
「お、蒼真じゃん。どうした?」
「いや……やっぱりまだ信じられなくて」
「気持ちは分かるけど、とりあえず自分の固有スキルがどんなものか考えてみたら?」
「……そうだな」
蒼真はうつむいたまま続けた。
「俺の神眼ってさ、異世界に来てからずっと色んな対象物の横に小さなボタンみたいなのが見えてるんだよ。昨日からずっと気になってて」
「は?なんでまだ押してないんだよ!絶対神眼と関係あるだろそれ!」
「いや、怖くて……」
「大丈夫だって!」
蒼真は恐る恐るボタンを押すような仕草をした。次の瞬間、目を大きく見開く。
「……すっげぇ」
「何が見えた!?」
「机に向けてやったんだけど——材質、分類、製造元、耐久値……色々な情報が一気に出てきた」
「鑑定スキルじゃん!」
「そうかも……智也にも試していい?」
「どうぞ」
蒼真が俺の方を見て同じ仕草をした。
「名前、レベル、固有スキル、成長倍率……基本情報が全部見える」
「敵の強さも分かるってことだろ、それ。めちゃくちゃ強いじゃないか神眼!」
「色んなもので試してみたい!」
それから二人で寮中を歩き回り、蒼真が目に入るものすべてに神眼を使い続けた。好奇心が尽きる頃には空が白み始め、気づけば6時半になっていた。
他のクラスメイトたちも次々と起き出してきたタイミングで、朝食が運ばれてきた。
「「おぉぉぉ——!!」」
交流スペースの巨大な円形テーブルを埋め尽くすほどの料理が並べられている。パン、スープ、肉、果物——どれも見たことのない食材が並ぶ中、俺たちは我先にと皿に盛り付けて貪るように食べた。昨日の緊張が少しほぐれていくのを感じた。
食事が終わると、寮の隣にある訓練所へ案内された。
他の勇者の固有スキルがどんな効果を持つのか——それが今、一番気になっていた。




