第47話 【要塞都市】
荷物を何も持たず走ること1時間、王都の城門が視界に入った。
「いやぁ……結構疲れるな。空気抵抗ってこんなにきついのか。壁に向かって走ってるみたいだ」
息を整える間もなく、門番に騎士の勲章を見せて駆け足で王城へ向かう。石畳を蹴る音が城壁に反響し、通行人が驚いた顔でこちらを見ていた。王城に辿り着くと入口を守る兵士が前に立ったが、「急ぎの用事だ」と一言だけ告げて通り過ぎた。兵士が振り返る頃には俺はすでに王城の中にいた。
廊下に立っていた執事に声をかける。
「すみません、王様は今どこに?」
「我が主は今、お食事中ですが」
「ありがとう!」
失礼だとは分かっている。それでも立ち止まっている時間はない。食卓へ続く扉を勢いよく開け放った。
豪奢なシャンデリアの光の下、白いクロスが敷かれた長い食卓に王様が座っていた。周囲の侍女や護衛が一斉にこちらを見る。俺は構わず口を開いた。
「お食事中に失礼します!要塞都市奪還作戦の状況を至急報告します。出撃した400名以上の騎士のうち、生存者は10から20名。騎士団長ワンドさんは四天王の一人・戦斧の魔神シルバとの死闘の末、相打ちで戦死されました。現在グラニスに残る戦力は極めて少なく、魔王軍の援軍が来れば即座に陥落します。至急、残存戦力または冒険者の増援を各所に要請してください。猶予は限られています!」
王様が何か言おうとしていた気がした。だが止まれなかった。400人以上が死んで取り戻した街が、また易々と奪われるわけにはいかない。死者たちにそれだけは申し訳が立たない。
「わ、わかった……すぐ手配しよう。急ぎの用事はそれだけか。下がってよい」
「は!」
扉を閉め、俺は来た道を引き返してグラニスへ向けて走り出した。
政宗が去った後、王様は静かに食器を置き、席から立ち上がった。
「あの方、随分と失礼ね」
王女がそう話しかけたが、王様はそれには答えず動き出した。
王都内に存在する三つの巨大冒険者ギルドへ、グラニスへの派遣を要請する書状を認める。王都内の兵士、グラニス周辺地域に展開する騎士への増援命令書も続けて書き上げ、伝書鳩と暗号化された送受信魔法を用いて同時に発信した。
王様直々の要請ということで、各ギルドの冒険者たちは装備を整えグラニスへ向けて爆速で出発した。周辺地域の騎士団も馬車を駆り、およそ1日でグラニスへ到達するという迅速ぶりだった。
その頃、政宗はグラニスへ戻り城壁の上に立っていた。
生き残った騎士たちは体中に包帯を巻いたまま、水も飲まずに城壁の上で地平線を睨んでいた。俺は一人一人に「援軍を呼んだ。もうすぐ来る」と声をかけながら、自分も城壁の縁に立ち夜の草原を見渡した。
空が暗くなり始めて8時間が経った頃だった。
黒一色だった草原の彼方に、小さな光が瞬き始めた。一つ、二つ、十、百——松明の明かりが地平線の際に連なり、大勢の人影がグラニスへ向けて進んでくるのが見えた。
「……とりあえず、これで安心できるな」
冒険者の大群がグラニスの城門をくぐり始めた。それに気づいた三将軍が城門へ降り、冒険者たちをグラニス各所の防衛拠点へ手際よく配置していく。想定より早く騎士たちも到着し、城壁の監視とグラニス内のパトロールが始まった。
街の中では、モンスターの死体の回収と清掃が進んでいった。血と泥に塗れていたグラニスの石畳が、少しずつ本来の色を取り戻していく。
「このまま、魔王軍の援軍さえ来なければ——」
言い終わる前だった。
西側の城壁から、地を揺らすような轟音が響き渡った。




