第46話 【要塞都市奪還⑦】
城の中は、不気味なほど静かだった。
聞こえるのは鎧の擦れる音と足音だけ。静寂が重く空気に漂い、どこかから監視されているような感覚が拭えない。壁に刻まれた古い紋様が、松明の光を受けてゆらゆらと揺れている。
しばらく進むと、両側に無数の像が立ち並ぶ通路に出た。
「生き残った騎士たちよ、この扉の先には大きな広間がある。何かがいる可能性が高い。全員、油断するな」
ワンドさんがそう告げた瞬間、全員の意識が扉へ向いた。
その隙を突いた。
最後尾にいた騎士が、斧を持った銅像の一撃で胴体を両断された。銅像はそのまま連撃へ移ろうとしていた——その軌道に、俺が割り込んだ。
「これ以上死なせるか!」
剣で弾き飛ばし、任意型上級スキル【黒き一撃】を解放する。漆黒のエネルギーが銅像の視界を塗りつぶし、動きが止まった一瞬——【連撃斬】を叩き込んだ。刃が幾重にも重なって銅像を刻み、最後の一撃で粉々に砕け散った。
「流石の精神力だ。仲間が目の前で倒れても、被害の拡大を防ぐために即座に動ける——どこかの騎士団の団長になるのも遠くないな」
ワンドさんの班にいたマッスル将軍が、俺を見てそう言った。その言葉が妙に胸に響いたが、今は感傷に浸っている場合じゃない。
ワンドさんは短く「行くぞ」と言い、扉を開いた。
広間に入ると——そいつが待っていた。
戦斧の魔神、アヴェンタドール・シルバ。クリスクさんを殺した張本人だ。
あの時の怒りが、じわりと胸の奥から込み上げてくる。だが今は感情に任せて動く場面じゃない。俺は奥歯を噛み締め、静かに剣の柄を握り直した。
マッスル将軍が一歩前に出た。「おうおうおう、ご丁寧に待ってるじゃねぇか。なんや、あれなのか——」
言い終わるより先に、ワンドさんがシルバへ斬り込んだ。
シルバはその動きを察知した瞬間、上空へ手をかざした。遥か上空から巨大な戦斧が降下してくる。城の天井など関係なしに突き破り落下し、轟音と共にシルバの手に収まった。天井に大穴が開き、そこから射し込む太陽光が広間を縦に切り裂くように照らす。粉塵が光の柱の中を舞い上がった。
ワンドさんは動じなかった。王国騎士流剣術の中で最難関とされる奥義——【螺旋階段】。
二重螺旋を描く斬撃がうねりながら収束し、マシンガンのごとき速度でシルバへ連撃を叩き込んでいく。一撃一撃が空気を引き裂き、衝撃波が広間の壁を震わせた。
シルバはそれを——全て素手で受け止めた。
「あり得ねぇ……」
思わず声が漏れた。俺はマッスル将軍に小声で聞いた。「加わった方がいいですかね?」
「加わったら殺されるな。そっとしておけ」
シルバが口を開いた。
「はぁ……人類の中で上位に立つ存在だから期待していたが、この程度か。単独でのドラゴン討伐も人間界産のドラゴンだしな。期待しすぎた」
残像すら見えないワンドさんの猛攻の只中で、シルバはしっかりとワンドさんを捉えた。戦斧が一閃——その一振りだけで、ワンドさんの体が砲弾のように後方へ吹き飛んだ。
「人間界最強も、この程度か」
マッスル将軍、マグナス将軍、グロス将軍の三人が前へ出た。
次の瞬間だった。
ありえない速度の雷が、三人の間を通り抜けた。空気が焼ける匂いが一瞬で広がり、青白い閃光がシルバの胴体へ直撃する。
広間が静止した。
シルバも、三将軍も、俺も——誰もが動けなかった。シルバがこの世界に来て初めて、驚愕の表情を見せた。
衝撃の煙が晴れると、そこに立っていたのはワンドさんだった。
三将軍も初めて見る光景らしく、全員が動揺している。
「なんだそれは!」
マッスル将軍が叫ぶと、ワンドさんは静かに答えた。
「今までは一割の力だ。ここから本気で戦う——そして今日、私が人類の最高傑作となる」
ワンドさんの髪がバチバチと音を立て、青白い光が全身を包み始めた。空気がびりびりと震え、広間の石床に放電の跡が走る。立っているだけで、全身の産毛が逆立つような圧があった。
「雷撃即殺」
その言葉と同時に、ワンドさんがシルバを上空へ叩き上げた。ワンドさん自身の雷によってプラズマ化した空気が、青白い幾何学模様を次々と空に刻んでいく。無数の発光する線が絡み合い、まるで天空に巨大な回路が描かれていくようだった。その光景に、この場にいた全騎士が思わず息を飲んだ。
そして雷の速度でシルバが地面へ叩きつけられる。
「グボッ」
血反吐を吐いたのがシルバだと、全員が思った。
違った。ワンドさんだった。
この形態は自身の肉体に膨大な負荷をかけるらしい。それでもシルバの体は、かつてない連撃の速度と重さにより確実にぼろぼろになっていた。
「そろそろ生命力が限界に近い……ここで一気に畳み掛ける!」
「雷神降臨!」
ワンドさんが叫んだ瞬間、その体の崩壊が加速した。皮膚の下で雷が走り、青白い光が全身の血管のように浮かび上がる。今や全力の五倍——いや、それすら超えているかもしれない。自分の体を燃料に変えながら戦っている。
シルバもここで本気を出した。全身に赤黒い紋様が浮かび上がり、大気が歪むほどの膨大なエネルギーが溢れ出す。広間の石床が、その圧力だけでひび割れ始めた。
ワンドさんが動いた。先ほどとは比較にならない速度でシルバを上空へ打ち上げ、二重螺旋の軌道を描きながらグラニス郊外のサザンドラ森へと移動していく。
俺たちは城内でまだ崩壊していない最も高い場所へ走り、その光景を見届けた。
眼下には青白い雷の攻撃跡と赤黒い衝撃の跡が交互に刻まれ、サザンドラ森に近い草原まで二重螺旋の軌跡が燃えるように伸びている。草原での地上戦は両者の攻撃が一面を覆い、何が何だか分からない。やがて戦場は空中へ移り、サザンドラ森の上空へと上昇していった。
「俺らの団長は何をやろうとしてやがる……!」
マッスル将軍が呟いた直後、ワンドさんが雷の出力を更に引き上げた。
天空から雷が収束し始める。点から線へ、線から面へ、面から立体へ——みるみるうちに巨大な龍の輪郭が形成されていく。翼を広げた雷竜が天空に君臨し、その咆哮が大気を震わせた。それに応えるようにシルバの戦斧が膨張し巨大化していく。サザンドラ森全体が雷竜と巨大戦斧の影に覆われた瞬間——両者が激突した。
全騎士が目を離さなかった。
それでも誰一人、衝突の瞬間は見えなかった。速すぎた。
閃光だけが見えた。太陽よりも白く、眩しい光だった。思わず目を覆いたくなったが、それでも目を離せなかった。
光が収まると——サザンドラ森は跡形もなく消えていた。大地がえぐれ、中央には直径およそ300メートルのクレーターだけが残っていた。焦げた土の匂いが、風に乗ってここまで漂ってくる。
俺たちは全力で現場へ向かった。
5分後、クレーターの中心に辿り着いた。
ワンドさんが倒れていた。全身の生命力を雷に変換し尽くし、まるで燃え尽きた蝋燭のように——静かに、事切れていた。
その傍らにシルバがいた。息はある。しかし指一本動かす力も残っていない。
俺たちはシルバにとどめを刺した。
ワンドさんの遺体とシルバの死体を回収し、グラニスへ戻った。
グラニス内に残っていた魔王軍の残党を片付け、倒れた騎士たちの遺体を集めた。胴体を両断された者、酸で溶かされ原形を留めていない者、内部から爆発したような者——全ての騎士の、臓器一つ残さず拾い集めた。それらをグラニスの中央の城に安置し、生き残った騎士たちで静かに黙祷した。
「彼らは等しく、立派な騎士だ」
誰かが絞り出すように言った言葉が、静寂の中に沈んでいった。
その後、魔王軍の援軍が来る可能性を考慮し、マッスル将軍をはじめとする三将軍と残りの騎士たちはグラニスに留まることになった。俺は王都へ戻り、王に残存戦力か冒険者の派遣を要請し、グラニスの防備を固めるよう伝える役を担うことになった。
テレポート魔法でもあれば話が早いのだが。
今回の戦いで俺はシルバに対してほぼ何もできなかった。ワンドさんが強すぎたということでもあるが——正直に言えば、俺の力がまだ届く領域ではなかった。それだけだ。
ただ今できることをやるしかない。
俺は自前の脚力と体力だけで、王都へ向けて走り出した。




