第22話 【教育③】
9日目、馬車が走り出してすぐ、脳内に突然アナウンスが響いた。
《上級スキル【剣の悪魔】を獲得しました》
「……え?」
思わず声が出た。慌てて効果を確認する。
【剣の悪魔】は【剣の才能】に加算し、さらに【剣術】に低倍率で乗算される。加えて攻撃力と素早さにボーナスを与えるという。
ありえないぐらい強いな……。
すぐにマフィスに報告すると、マフィスは少し目を見開いた。
「遂に獲得したか。このスキルは【剣の才能】と同系統の上級スキルだ。獲得条件が未解明のスキルでな、持っている者を俺は片手で数えるほどしか知らない。運がいいぞ」
「そんなに珍しいんですか」
「あぁ。ま、お前なら納得だがな」
マフィスは小さく笑い、また前を向いた。
「ところで今日は何をするんですか?」
「駆け引きの強化と、王国騎士流剣術の基礎である拳術を教えていく」
「剣術……?剣術なら今やってるじゃないですか」
「剣術ではなく拳術だ。拳に術と書いて拳術。これができなければ王国騎士流剣術は取得できない」
「……拳術が剣術の基礎になるんですか?」
「王国騎士流剣術はな、剣と体を一体として扱う流派だ。剣だけ振っていても取得できない。まず今日と明日は駆け引きを仕上げる。拳術は11日目からだ」
夜の稽古が始まった。
「今日からは俺も本気で動く。昨日までは手加減していた」
「……え」
「これまでは癖を直すために俺がゆっくり動いてやっていた。今日からは俺が読ませない動きをする。お前はそれを読め」
マフィスが動いた瞬間、今までとは別人のような圧があった。
重心がぶれない。踏み込む直前の予兆がほとんど見えない。それでも俺は必死に呼吸と視線を追った。
読めない。
何度も踏み込まれ、何度も弾かれた。それでも繰り返すうちに、ほんの一瞬だけ——踏み込む刹那の重心移動が見えた気がした。
「今のは読んでいたな」
「……たぶん」
「その感覚を忘れるな。明日はそれを安定させる」
10日目、馬車の中でマフィスが静かに言った。
「駆け引きの最後に一つだけ教えておく。読み合いには上限がある」
「上限?」
「実力差が大きすぎると、駆け引きは成立しない。どれだけ読んでも、相手の方が速ければ意味がない。駆け引きはあくまで実力が拮抗した相手に対して最大に活きる。過信するな」
なるほど、と思った。赤鬼やシルバに駆け引きが通じなかったのはそういうことか。今の俺にはまだ届かない領域がある。
夜の稽古は昨日の続きだった。
マフィスが本気で動く中、俺は読んだ瞬間に体を合わせることだけを意識した。読めた時は合う。読み外した時は弾かれる。それを黙々と繰り返した。
稽古が終わる頃、マフィスが口を開いた。
「駆け引きはここまでだ。完成はしていないが、実戦で磨け。10日でここまで来たなら十分だ」
「……ありがとうございます」
「礼はまだ早い。明日から拳術が始まる。今までより辛いぞ」
その一言が妙に重く聞こえた。
11日目、馬車の中でマフィスが拳術の説明を始めた。
「王国騎士流剣術は剣と体を一体として扱う。剣が届かない間合いでは拳と蹴りで崩し、崩した瞬間に剣を入れる。だから拳術が土台になる」
「剣を持ちながら拳も使うんですか」
「そうだ。剣だけに頼っていると、懐に入られた瞬間に何もできなくなる。お前も赤鬼に懐に入られて吹き飛ばされただろう」
……確かに。あの時、距離を詰められた瞬間に俺は何もできなかった。
「まず今日は構えから教える。拳術の構えは剣術の構えとは別物だ」
夜の稽古でマフィスが構えを見せた。
重心を低く落とし、両手を前に出して半身に構える。剣術の構えより腰が落ちていて、どっしりとした安定感があった。
「やってみろ」
真似してみると、すぐにマフィスに足を払われてよろめいた。
「重心が高い。もっと腰を落とせ」
何度も払われながら、少しずつ重心の位置を調整していった。
単純な構えひとつにこれほど時間がかかるとは思わなかった。
「今日はこれだけでいい。構えは全ての基本だ。寝る前も確認しろ」
12日目、馬車の中でマフィスが続きを話した。
「拳術で最初に覚えるのは攻撃ではなく捌きだ。相手の拳を受けず、流す」
「受けないんですか」
「受けると力負けする場面が出る。流せば力を使わずに相手の体勢を崩せる。剣術の足さばきと同じ考え方だ」
夜の稽古ではマフィスがゆっくりと拳を出してくるのを、受けずに流す練習をした。
内側から外側へ、あるいは外側から内側へ——腕で弾くのではなく、手首を使って流す。
「力を入れるな。流すだけでいい」
「……こうですか」
「惜しい。手首をもう少し返せ」
地味な練習だったが、剣術の足さばきを覚えた時と同じ感覚があった。
体に染み込めば、これは必ず使えるようになる。
13日目、馬車の中は静かだった。
マフィスがぽつりと言った。
「今日は打撃を教える。拳術の攻撃は力ではなく体重で打つ」
「体重で?」
「腕だけで打っても大した力は出ない。踏み込みと同時に腰を回し、体重を拳に乗せる——剣の踏み込みと同じだ。全身が繋がって初めて威力が出る」
夜の稽古では木に布を巻いたものを相手に、踏み込みと打撃を繰り返した。
最初は腕だけで打っていたが、腰の回転を意識した瞬間に明らかに打撃の重さが変わった。
「今のは良かった。その打ち方を体に叩き込め」
何度も何度も繰り返した。
終わる頃には拳がじんじんと痺れていたが、確実に昨日より打撃が重くなっている感覚があった。
14日目、王都到着の前日。
馬車の中でマフィスが言った。
「今日で稽古は終わりだ」
「……もう終わりですか」
「王都に着いたら俺は騎士を引退する。稽古をつけられるのも今日までだ」
夜の稽古は今までの総仕上げだった。
間合いの管理、足運び、駆け引き、拳術の捌きと打撃——全てを組み合わせながらマフィスと向き合った。
完璧にはほど遠い。それでも2週間前の自分とは別人のように体が動いた。
最後にマフィスが剣を収めながら静かに言った。
「王国騎士流剣術の取得条件はまだ満たしていない。だが土台は十分だ。あとはお前が実戦で積み上げていけ」
「……はい」
「一つだけ言っておく。強くなることと、何のために強くなるかは別の話だ。忘れるな」
マフィスはそれだけ言って馬車に戻っていった。
俺はしばらく夜空を見上げたまま、その言葉を頭の中で繰り返した。
何のために——クリスクの死に、テオの死に、まだ俺は何も返せていない。
それだけは、はっきりしていた。




