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第21話 【教育②】

1日目、騎士団長——名前を聞くとマフィスというらしい——と1対1の決闘をやった。

俺の技量や課題を見極めるためだという。


連撃斬を使いながら応戦したが、結果は惨敗。素振りで無理やり基礎スキルを上げてきたせいで、色々と土台が歪んでいるらしい。

逆に言えば、歪んだ状態でも基礎スキルが40まで育っているのだから、土台を直せば一気に伸びるとのこと。


マフィスは剣を鞘に収め、腕を組みながら口を開いた。


「まず、お前に足りていないところは3つある。1つ目は相手との距離感——間合いの管理だ」


「間合い、ですか」


「お前は連撃斬という強力なスキルを持っているのに、常に相手に近づきすぎて自分の剣筋を自分で殺している。近すぎれば剣は活きない、遠すぎれば届かない。最適な間合いを体に染み込ませることが剣術の基本中の基本だ」


俺は思い当たる節があった。確かに今日の決闘でも、気づいたらマフィスの懐に入りすぎて剣を振る空間がなくなっていた。


「2つ目は重心と足運びだ」


「足……?」


「剣の技術より先に、足が動いていなければ話にならない。お前は踏み込む時に重心が前に傾きすぎていて、攻撃のたびに体勢が崩れている。その崩れた一瞬を狙われたら、実力差に関係なく死ぬぞ」


言われてみれば、決闘中に何度か前のめりになって体が止まる瞬間があった。あの隙をマフィスはことごとく突いてきていたのか。


「3つ目は——駆け引きだ」


「駆け引き?」


「今のお前は『攻撃する』か『避ける』の二択しかできていない。相手の呼吸、重心、視線——そういうものを読んで、動く前に次の展開を予測する。その力が完全に抜けている」


マフィスはここで少し間を置いた。


「逆に言えば、この3つさえ叩き込めば今より遥かに強くなれる。間合い・足運び・駆け引き——この順番で体に覚えさせていく。2週間、覚悟しておけ」


「……よろしくお願いします」


俺は素直に頭を下げた。

強くなれるなら、どんなきつい稽古でも受けてやる。

クリスクの死に、テオの死に——俺はまだ何も返せていないのだから。



2日目、馬車が走り出してすぐ、マフィスが手綱を握りながら後ろを向いた。


「今日は移動しながら間合いについて頭に叩き込め。体で覚えるのは夜だ」


「……座学ってことですか」


「そうだ。間合いというのはただの距離じゃない。相手の武器の長さ、腕のリーチ、踏み込みの速さ——そういった全ての要素が絡み合って初めて間合いになる。お前はそれを感覚ではなく、まず頭で理解しろ」


揺れる馬車の中でマフィスの言葉を聞きながら、俺はその内容を頭の中で整理し続けた。

遠い間合いは相手に踏み込まれた時に対応できる距離。近い間合いは自分が仕掛けられる距離。その境界線を常に意識して動け——シンプルだが、言葉にすると当たり前のことが、体では全くできていなかったのだと改めて気づかされた。


夜、馬車を止めて野営の火を囲む頃にマフィスが立ち上がった。


「続きだ。剣を構えるな。まず歩け」


「……歩く?」


「俺との距離を一定に保ちながら歩き続けろ。俺が前に出たら下がる、下がったら詰める。それだけでいい」


拍子抜けするほど地味な練習だった。しかし実際にやってみると、これが思いのほか難しい。マフィスが動くたびに俺の体は一瞬遅れ、気づくと近づきすぎていたり離れすぎていたりする。


「今近い。それより半歩下がれ」


「……これぐらいですか」


「まだ近い」


それを延々と繰り返すこと1時間。じわじわと感覚が掴めてきた頃、マフィスが剣を抜いた。


「次は剣を持て。今度は俺が斬りかかる。同じように距離を保ちながら、剣が届く寸前で下がれ。防ぐな、避けるな、ただ下がれ」


斬りかかってくる相手から防御も反撃もせず距離だけを保つ——頭では分かるが、体が反射的に剣を合わせようとしてしまう。


「今剣を合わせようとしただろう。余計なことを考えるな。距離だけ見ろ」


「……はい」


何度もやり直した。斬られた回数は数え切れない。

それでも火が小さくなる頃には、マフィスの剣が届く寸前で自然に体が動くようになっていた。


「悪くない。明日も続ける。寝ろ」


馬車に戻った俺の足はがくがくと震えていた。

歩き続け、下がり続け、ただそれだけなのにこれほど疲れるとは思わなかった。


クロエはまだ無言だったが、濡れたタオルを無言で差し出してくれた。

それだけで少し、胸が軽くなった。



3日目、馬車が動き出すなりマフィスがまた口を開いた。


「昨日の続きだ。間合いには2種類ある——攻める間合いと守る間合いだ」


「……違うんですか?」


「同じ距離でも意味が変わる。お前が踏み込める間合いは、相手も踏み込める間合いだ。その距離に入った瞬間、どちらが先に動くかの勝負になる。昨日覚えた距離感の上に、今日はその意識を乗せろ」


馬車が山道を抜けていく間、マフィスは言葉少なにそれだけを繰り返し言い続けた。

シンプルだからこそ深い。俺は揺れる馬車の中で昨日の体の感覚を思い出しながら、その言葉を反芻し続けた。


夜、野営の火が灯ると同時に稽古が始まった。


「昨日との違いを見せてみろ」


マフィスが剣を構え、じりじりと距離を詰めてくる。

俺は昨日叩き込んだ感覚を頼りに、半歩、また半歩と下がりながら距離を保った。


「……ほう」


マフィスが踏み込んだ瞬間、俺は自然に体が動いていた。剣先が届くギリギリの一歩外。


「悪くない。だが今のは守る間合いだ。次は攻める間合いに入ってから斬り込んでみろ」


今度は俺から動いた。昼間頭に叩き込んだ「踏み込める距離」を意識しながら、じりじりと前に出る。そしてここだと感じた瞬間に踏み込んだ。


マフィスに弾かれた。しかし——距離の感覚は合っていた。


「距離は正しい。踏み込みのタイミングも悪くない。これを体に染み込ませろ」


何度も繰り返した。攻める間合いに入って斬り込み、弾かれて距離を取り直し、また入る。

火が燃え尽きる頃には、攻守の間合いの切り替えが少しずつ自然になってきていた。


「今日はここまでだ」


マフィスは剣を収めながらぼそりと言った。


「3日でここまで来るやつは久しぶりに見た」


それだけ言って馬車に戻っていった。


俺はしばらくその場に立ったまま、夜空を見上げた。

クリスク——あんた、こんな人と繋がってたのか。


星が静かに瞬いていた。



4日目、馬車が走り出すとマフィスが手綱を握りながら口を開いた。


「今日から足運びだ。まず頭に入れろ——剣術において足は剣よりも重要だ」


「剣より……ですか」


「剣がどれだけ鋭くても、足が死んでいれば剣は活きない。踏み込み、引き、横へのさばき——全ての動作は足から始まる。お前は今まで上半身だけで剣を振ってきた。だから攻撃のたびに体勢が崩れる」


馬車が山道を進む間、マフィスは足運びの基本をひたすら言葉で叩き込んできた。

踏み込む時は後ろ足で地面を蹴る。引く時は前足から動かす。横にさばく時は体ごと流れろ——シンプルだが、これまで一度も意識したことがなかった動作ばかりだった。


夜、野営の火を囲んでマフィスが地面に線を引いた。


「剣は持つな。まずこの線の上を踏んで体重移動だけ覚えろ」


剣も持たず、ただ線の上を踏みながら体重移動を繰り返す。踏み込んで、引いて、横へさばいて。地味極まりない練習だったが、やってみると自分の体がいかに足を無視して動いていたかがよく分かった。


「踏み込んだ後、すぐ次の一歩が出るか?」


「……出ないですね」


「それが問題だ。踏み込みは攻撃のためだけじゃない。次の動作への繋ぎだ。重心が前に倒れた瞬間、お前は止まる。止まった人間は死ぬ」


何度も繰り返した。踏み込んでは戻り、踏み込んでは戻り。

火が小さくなる頃にはふくらはぎが悲鳴を上げていたが、踏み込んだ後に次の一歩が少しだけスムーズに出るようになってきた。


「悪くない。明日も続ける」



5日目、馬車の中でマフィスが続きを話した。


「昨日は踏み込みを覚えた。今日は引きとさばきだ。攻撃した後、お前はどうする?」


「……距離を取る?」


「取り方が問題だ。後ろに下がるだけなら相手に追われる。横にさばけば相手の剣筋から外れながら次の間合いを作れる。足運びとは攻めるためだけでなく、逃げないためにある」


夜の稽古では昨日の踏み込みに引きとさばきを加えた。

マフィスがゆっくりと斬りかかってくるのをさばきながら距離を取る練習だ。頭では分かるが、体はまだ後ろに下がることしかできない。


「今後ろに下がっただろう。横だ、横へ出ろ」


「っ……」


何度やっても体が後退を選んでしまう。前日に染み込んだ間合いの感覚と足運びを同時に意識するのは、思いのほか難しかった。


それでも繰り返すうちに、体が少しずつさばきを覚え始めた。


「今のは良かった。その感覚を忘れるな」


マフィスにそう言われたのは、稽古を始めて2時間が経った頃だった。



6日目、馬車の中でマフィスは静かだった。

しばらくして、ぽつりと言った。


「今日は俺が何も言わない。昨日までに教えたことを自分で整理しろ」


「……はい」


馬車が揺れる間、俺は目を閉じて頭の中で動きを反芻した。

踏み込みは後ろ足で蹴る。引く時は前足から。さばく時は体ごと流す。間合いを意識しながら足を動かし続ける——言葉にすると単純だが、それを全部同時にやるとなると頭がパンクしそうだった。


夜の稽古が始まった瞬間、マフィスは何も言わずに剣を抜いた。


「来い」


それだけだった。


俺は間合いを測りながら踏み込み、弾かれてさばいて距離を取り、また間合いに入る。

うまくいかない部分もあった。さばきが遅れて剣をもらう場面もあった。それでも3日前と比べれば、足が確実に「考えて動く」ようになってきていた。


しばらくして、マフィスが剣を収めた。


「足運びはここまでだ」


「え、もう終わりですか?」


「お前の足は十分動いている。あとは実戦で磨け。明日からは駆け引きに入る」


マフィスは焚き火を踏み消しながら静かに言った。


「駆け引きが身につけば、お前は別物になる。覚悟しておけ」



7日目、馬車の中でマフィスが口を開いた。


「駆け引きとは何だと思う?」


「相手の動きを読む……とかですか」


「半分正解だ。読むだけでは足りない。読んだ上で、相手に読ませる——それが駆け引きだ」


「読ませる……?」


「例えばお前が右に踏み込もうとしているとする。その時わざと左に重心をかけてみろ。相手は左に来ると思って備える。その瞬間に右へ踏み込む。これが駆け引きだ」


なるほど、と思った。間合いも足運びも、全部この駆け引きのための土台だったのか。


「相手の呼吸、視線、重心——どこかに必ず次の動作の予兆が出る。それを読みながら、自分の予兆は消す。言葉にすれば簡単だが、体に染み込ませるのが一番難しい」


夜の稽古では、マフィスがわざとゆっくりと動いてくれた。


「今俺の重心がどこにあるか見ろ。次にどこへ動くか分かるか?」


「……右?」


「正解だ。では今は?」


「……左、いや——正面?」


「正解。感覚が掴めてきているな」


ゆっくりとした動きの中で相手の予兆を読む練習を繰り返した。最初は全く分からなかったが、繰り返すうちに重心のわずかなぶれや、踏み込む直前の呼吸の変化が少しずつ見えてきた。



8日目、馬車の中でマフィスが続きを話した。


「昨日は読む練習をした。今日は消す練習だ」


「消す……自分の予兆を?」


「そうだ。お前は今、踏み込む直前に必ず右肩が前に出る。それが癖だ。相手がそれを知っていたら、お前の攻撃は全て読まれる」


言われて初めて気づいた。確かにそんな癖があったかもしれない。


「癖を消すのは時間がかかる。だが意識するだけで変わる。今夜は俺がお前の動きを見て癖を指摘し続ける。それを直し続けろ」


夜の稽古は今までで一番地味だった。

動くたびにマフィスに止められ、癖を指摘され、やり直す。それを何十回と繰り返した。


「今また右肩が出た」


「……っ、これですか」


「まだ出てる。もう一度」


終わる頃には精神的な疲労の方が体の疲労より大きかった。しかし稽古の終わりにマフィスがぽつりと言った。


「8日でここまで来るか。筋がいいにもほどがある」


俺は地面に座り込みながら、夜空を見上げた。

あと6日——駆け引きが本当に身につくのか、自分でも分からない。

ただ、確実に昨日より強くなっている感覚だけはあった。


それだけで十分だと思うことにした。

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