第17話 【変化】
翌日、グラニス中に「第1分隊壊滅!第1分隊壊滅!個体名『赤鬼』をAクラスモンスターに指定!繰り返す………」というアナウンスが鳴り響いた。
今日は第5中隊が討伐しにいくようだ。
こりゃあ俺、えげつないクエスト引いたな……。
俺は治療室でおおよその治療を済ませた後、治療費300ゼニーを支払い冒険者ギルドを出ようとした。すると出口でエニグマさんに呼び止められ、赤鬼の報告料としてクエスト報酬と同額の1200ゼニーを受け取った。
「助かります」
そう礼を言って外に出ると、高級そうな馬車が要塞都市の中央へ向かって走り去るのが見えた。
一瞬、クリスクさんに似た人影が馬車の窓から覗いていた気がしたが……気の所為か。
まぁいい。今日は己を高めるために、素振りでもやっておくか。
公園で黙々と素振りを続けていると、ふと気づいた。
今日は騎士達の動きがやけに慌ただしい。あの赤鬼の件が関係しているのだろうか。
気になった俺は素振りを中断し、近くの本屋で新聞を手に取った。
——2日前より魔王軍の進軍を感知。現在グラニス方面へ接近中。これに伴い、グラニス周辺の防衛を強化する。
——また、冒険者の報告を受けたグラニス領主は、サザンドラ森への中隊配備を決定した。
「……やっぱりか」
さっきの馬車のクリスクさんは、監視塔から魔王軍の動きを察知して報告に来たのかもしれない。
そう納得しながら、俺は再び素振りを再開した。結局その日は素振りだけで終わった。
翌日。
せっかく清掃のスキルも手に入れたことだし、清掃系のクエストをバシバシと受けていくことにした。
……もしかすると、あの赤鬼との一件が心の奥底でトラウマになっていて、無意識に安全なクエストばかり選んでいるのかもしれない。
まあ、もういい。あの件は忘れよう。
今日だけで清掃クエストを4つこなし、1500ゼニーを稼いだ。
どうやら街中で「清掃を引き受けてくれる冒険者」として認識され始めたらしく、声をかけてもらう機会も増えてきた。
翌日は5つ、その翌日は3つ、さらにその翌日は6つ、次の日は大きめの案件だったため2つ——この4日間で、なんと1万ゼニーが手元に残った。
「これが一番効率いいんじゃね?」
思わず笑いが漏れた。
この数日で顔見知りも増えた。毎朝決まった時間に広場を掃除している老人のガルドさん、いつも依頼を出してくる食堂のおかみさんのミレア、ひょんなことから一緒に作業することになった新人冒険者のテオ。
みんな気のいい人ばかりで、気づけば声をかけるのが自然になっていた。
ただ日が経つにつれて、街全体がじわじわとピリついてきているのを感じる。子供や老人の姿も日に日に減っていた。中央区画の地下シェルターへの避難が、少しずつ進んでいるのだろう。
人々の表情が硬く、騎士達の目が険しい。あの新聞の記事が頭をよぎった。
そして翌朝。
空襲警報のようなアナウンスが街中に響き渡った。
「警告!警告!一般市民は直ちに避難せよ!騎士・冒険者・全ての戦闘要員は正門に集合!間もなく魔王軍との戦闘を開始する!!」
……来たか。
5日前に新聞で読んだ魔王軍が、ついに到達したのだ。
もっとも、一般市民のほとんどはすでに城壁内の安全区画へ移っている。グラニスは要塞都市だ。いざという時のための備えくらい、最初からある。
俺はDランクの冒険者に過ぎないが、それでも戦闘要員には違いない。
腰の剣に手を添えながら、正門へと向かった。
道中はすでに人で溢れかえっていた。死んだような目をした冒険者、緊張で顔を強張らせた騎士、それでも前を向いて歩く者たち。
ざっと見渡しただけで2000人——いや、それ以上かもしれない。
その時、群衆の中にテオの顔が見えた。
目が合うと、あいつは少しだけ笑って親指を立てた。俺も無言で頷き返した。
城壁の頂上に立った騎士団長が、剣を高く掲げて叫ぶ。
「我々は誇り高き戦士である!魔物共に屈してはならない!たとえオーガだろうとドラゴンだろうと、この城壁を越えさせるな——グラニスを守れぇぇぇぇ!!」
歓声が上がる。地面が揺れるような熱気だった。
俺は隣にいた冒険者に、ずっと気になっていたことを聞いた。
「なぁ……赤鬼と戦った中隊って、結局どうなったんだ?」
男は少し間を置いてから、低い声で答えた。
「120人中、30人生還。残りは……食われたってよ」
俺は何も言えなかった。
あの化け物と30分逃げ回っただけで死にかけた俺が、よく生きて帰れたものだと思う。
ギィィィ——と重い音を立てて、正門の扉が開いた。
「魔物が見えた!進めぇぇぇぇぇぇ!!」
騎士団長の声と共に、人の波が一気に外へとなだれ込んでいく。
俺もその流れに乗りながら、ふと思った。
魔王軍っていったい、どんな奴らなんだろう。




