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EP 8

ヤンデレ姫の密着弓術指導と、100円の悪知恵

ポポロ村の裏手にある、少し開けた広場。

「太郎君、そこはもっと肩の力を抜いて。私が後ろからしっかり支えてあげるから……♡」

「う、うん。わかったけど、キャルル、ちょっと……密着しすぎじゃないかな」

佐藤太郎は現在、人生で初めての『弓術』の特訓を受けていた。

手には、ポポロ村の猟師から借りた小ぶりのクロスボウが握られている。このアナスタシア世界では、一般的な人間でも六歳になればクロスボウを扱えるようになるらしい。

しかし、太郎は生粋の地球人だ。闘気もなければ、アナスタシア世界の平均である『二十馬力』の身体能力もない。正真正銘の『一馬力』である太郎にとって、クロスボウの弦を引き絞るだけでも一苦労だった。

そんな太郎の背後に回り込み、キャルルがぴったりと体を密着させている。

ウサギの柔らかな耳が太郎の頬をくすぐり、背中からは彼女の華奢だが引き締まった体の感触と、ほんのりと甘い香りが伝わってくる。

「太郎君の心音、すごく早くなってる……。私のこと、意識してくれてるの? 嬉しいな……太郎君のトクン、トクンって音、ずっと聞いていたい……♡」

耳元で囁かれる甘く重い声に、太郎は滝のような冷や汗を流した。

(意識するに決まってるだろ! いろんな意味で命の危機を感じるんだよ!)

ヤンデレ全開な彼女の愛情表現に心臓をバクバクさせながらも、太郎はどうにかクロスボウの引き金を引いた。

――バシュッ!

放たれた矢は、十メートルほど先にある藁の的に向かって飛んでいき――ポスッ、という情けない音を立てて、的の端に浅く刺さった。

「うーん、当たったのは当たったけど……威力が全然ないな」

太郎はため息をついた。

的の端に突き刺さった矢は、風が吹けば落ちてしまいそうなほど浅い。

キャルルのようにマッハ1で蹴りを放つ『百馬力』オーバーの猛者や、ルナのような魔法の天才と比べれば、太郎の物理攻撃力は無に等しい。もし昨日のような屈強なゴロツキや、強靭な魔物を相手にこの矢を撃ったところで、虫刺され程度のダメージにしかならないだろう。

「気にしないで太郎君! 太郎君が一生懸命に矢を放つ姿、すっごく凛々しくてかっこよかったよ! もし太郎君を弱馬力だって馬鹿にする奴がいたら、私がそいつの顎を粉砕してあげるから!」

「いや、自分でなんとかする力を身につけたいんだよ……」

太郎は顎に手を当て、考え込んだ。

圧倒的な筋力差や魔力差。これを埋めるにはどうすればいい?

剣や魔法の正攻法で挑んでも絶対に勝てない。ならば、相手の土俵に立たなければいいのだ。

(弓矢の威力が低いなら、矢の『物理ダメージ』に依存しなきゃいいんだ。一馬力の力でも、皮膚をかすらせるか、粘膜に当てさえすれば効果が出るもの……。デバフ(状態異常)だ!)

太郎の脳裏に、経済学部で学んだ『付加価値』の概念と、自身のチートスキルが結びついた。

「スキル、『100円ショップ』!」

太郎が空中にホログラムウィンドウを展開し、食品カテゴリーを開く。

そこからポチポチと三つの商品をカートに入れ、ポイント(銅貨三枚分)を消費して実体化させた。

ポンッ、という音とともに太郎の手のひらに現れたのは、現代日本でお馴染みの調味料たちだった。

「それは……? 昨日みたいな、美味しいお菓子?」

キャルルが首を傾げる。

「いや、これは食べ物だけど、武器だ」

太郎が取り出したのは、『おろし本わさび(チューブ)』、『超激辛からし(チューブ)』、そして『ハラペーニョ入りタバスコ』である。

太郎は藁の的に刺さった矢を回収すると、その矢尻にわさびとからしをたっぷりと塗りたくり、仕上げにタバスコをドバドバと振りかけた。

その瞬間。

「ひんっ!?」

キャルルがウサギの耳をピンと立て、両手で鼻を塞ぎながら数メートル後ろへ飛び退いた。

獣人族の中でもトップクラスの嗅覚を持つ月兎族の彼女にとって、その矢尻から放たれる刺激臭は、もはや生物兵器に等しい劇物だったのだ。

「た、太郎君! な、なんですかそのツーンとする凶悪な匂いは! 嗅いだだけで目が、目が痛いですぅ!」

「ごめんごめん、キャルルには刺激が強すぎたね」

太郎は顔を引きつらせているキャルルに苦笑しながら、手元の『特製デバフ矢』を見つめた。

「僕には闘気も魔力もない。でも、これならどうかな。どんなに皮膚が硬い魔物でも、目や鼻の粘膜にこの『激辛ワサビタバスコ矢』がかすりでもしたら……」

想像するだけで恐ろしい。人間の何十倍もの嗅覚や痛覚を持つ魔物なら、たった100円の調味料のブレンドが、致死性の毒にも等しい激痛を引き起こすはずだ。

「なるほど……!」

鼻を塞ぎながらも、キャルルの瞳がキラキラと輝き始めた。

「正面から力で挑むのではなく、知恵と工夫で相手の弱点を突く……。やっぱり太郎君はすごい! 私、そんな賢くて悪知恵の働く太郎君のことも、大好き……♡」

「あ、悪知恵って言うなよ。弱者の生存戦略だよ」

照れ隠しに笑う太郎だったが、これでようやく自分なりの『戦い方』のビジョンが見えてきた。

【勇気】と【知恵】、そして100円ショップの品を使った【悪知恵】。これらを組み合わせれば、格上の相手にも一泡吹かせることができるはずだ。

***

同じ頃、ポポロ村から数キロ離れた深い森の中。

「くそっ、くそぉぉぉぉっ! あのジャージの小僧め、あのイカれた女どもめぇっ!」

昨日の悪徳役人が、大木を殴りつけながら狂乱の声を上げていた。

リーザの『剥ぎ取りの舞』によって身ぐるみすべてを奪われた彼は、現在、情けないことに白のパンツ一丁という極めて滑稽な姿である。

雇ったゴロツキたちは、ルナの催眠植物とキャルルの飛び蹴りによって恐怖のどん底に突き落とされ、役人を置いて一目散に逃げ散ってしまった。

「俺を……この帝国特命徴税官様をコケにしおって! 絶対に許さん! 法律もガオガオンも知るか! あの村ごと、跡形もなく消し去ってやる!」

役人は、パンツの裏側に隠し持っていた『真っ黒な魔石』を取り出した。

それは、帝国の闇市場で大金を叩いて密輸した、違法な召喚魔石。

彼自身の魔力は微々たるものだが、この石にはあらかじめ強力な魔獣が封じ込められており、石を砕くだけで対象を召喚できるのだ。

「いでよ! そしてあの忌々しい村を血の海に沈めろ!!」

役人が魔石を地面に叩きつけると、黒いモヤが爆発的に膨れ上がり、周囲の木々をなぎ倒しながら『それ』が姿を現した。

ライオンの屈強な下半身に、巨大な鷲の上半身と翼。

鋭い嘴と、鋼鉄すら引き裂く鉤爪を持った凶暴な魔獣――『グリフィン』である。

「ギャオォォォォォォォォッ!!」

森を揺るがす恐ろしい咆哮が響き渡る。

グリフィンの目は血走り、周囲のあらゆる命を蹂躙しようとする殺意に満ちていた。

「行け! あの村を――」

役人が命令を下そうとした、その瞬間。

腹を空かせ、暴走状態にあったグリフィンは、目の前にいる『パンツ一丁の小太りな肉塊』を見下ろし……躊躇なく、その巨大な嘴を開いた。

「え? あ、ちょ、待っ――ギャアアアアアアアアッ!?」

哀れな悪徳役人の悲鳴は、グリフィンの咀嚼音によって呆気なくかき消された。

完全に制御を失い、血の味を覚えた巨大な魔獣は、ポポロ村の豊かな匂いを嗅ぎつけ、巨大な翼を広げて空へと舞い上がった。

100円ショップの悪知恵を手に入れた太郎と、ヤバすぎる三人のヒロインたちの元へ、最悪の危機が迫っていた。

読んでいただきありがとうございます。

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