EP 6
暴力反対! 経済学と法律で悪徳役人を完全論破
「……なるほど。この世界、魔法や魔物がいるファンタジーのくせに、法律や経済のシステムはやたらとしっかりしてるんだな」
ポポロ村の村長宅。
佐藤太郎は、リビングの片隅にある書棚から分厚い本を引っ張り出し、パラパラとページをめくっていた。
表紙には『ルナミス法律全書』と記されている。
前の村長が残していったものらしいが、経済学部の学生である太郎にとって、その国のルール(法律と税制)を知ることは、身を守るための最大の武器になる。
特に興味深かったのは、この世界には『聖獣機神ガオガオン』という絶対的な調停者が存在し、一部の極悪な搾取や環境破壊、不当な権力の乱用に対しては、ガオガオンのシステムが自動的に『焼却(死刑)』の判決を下すというルールだった。
「これ、うまく使えば……」
太郎がブツブツと呟いていると、外からドタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「太郎君! 大変だよ!」
キャルルが血相を変えて飛び込んでくる。その後ろには、リーザとルナも続いている。
「どうしたの? キャルル」
「ルナミス帝国から、臨時の徴税官って名乗る役人が来てるの! なんだかんだ理由をつけて、村の備蓄と税金を根こそぎ持っていこうとしてて……!」
太郎が外に出ると、広場には装飾過多な服を着た、いかにも小悪党といった風貌の小太りの男が立っていた。背後には、槍を持った護衛の兵士を数人引き連れている。
「ふん! このポポロ村はルナミス帝国の庇護下にあるのだ! 今回の『特別国境警備税』として、金貨100枚をただちに納めよ! 払えぬなら、そこのウサギ女と人魚を奴隷として売り飛ばす!」
役人の男が、下劣な笑みを浮かべながら叫んだ。
金貨100枚。日本円にしておよそ100万円だ。
庶民の平均年収が金貨300枚程度のこの世界において、小さな辺境の村に突然ポンと出せる金額ではない。
「なっ……! ふざけないで! 私たちはレオン・ハート獣人王国とアバロン魔皇国との緩衝地帯にいる中立の村よ! 帝国にそんな税を払う義務はないわ!」
キャルルが猛抗議するが、役人は鼻で笑った。
「うるさい! 帝国の決定がすべてだ! 逆らうなら反逆罪で村ごと焼き払うぞ!」
その言葉を聞いた瞬間。
キャルルのウサギ耳が、スッと後ろに倒れた。
空気が、凍りついた。
「……そう。焼き払うんだ。私の、大切な村を。太郎君とご飯を食べる、この村を」
キャルルの声から一切の感情が消え去った。
彼女はゆっくりと腰を落とし、足元の『特注安全靴(タローマン製)』に闘気を集中させ始める。
靴の周囲で、空気が陽炎のように歪み、パチパチと紫色の放電現象すら起き始めた。
(あ、ヤバい。キャルルがマジで殺る気だ)
「月影流――」
「ストォォォォォップ!!」
キャルルがマッハ1の飛び蹴りを発動する寸前、太郎は全身で彼女に飛びつき、その肩をガシッと掴んだ。
「た、太郎君? 邪魔しないで。あいつの顎を粉砕して、脳髄ごと彼方へ蹴り飛ばしてくるから」
「ダメだダメだ! 帝国の役人を殺したら、それこそ村が戦争の火種になるだろ!」
「でも!」
「僕に任せて。あんな三流の詐欺師、指一本触れずに追い返してやるから」
太郎はキャルルの前に立ち塞がり、スゥッと深呼吸をした。
気が小さく、喧嘩もしたことがない太郎だが、理不尽に弱者が虐げられるのを見過ごすほど腐ってはいない。
それに、相手の土俵が『暴力』ではなく『金と法律』であるなら、経済学部で鍛えたこの頭脳の出番だ。
「おい、そこのジャージの小僧。なんだ貴様は?」
役人が太郎を小馬鹿にしたように見下ろす。
「村長補佐の、佐藤太郎です。先ほど『特別国境警備税』として金貨100枚を要求されましたが、その徴収命令書を見せていただけますか?」
「ふん、字も読めぬ平民が偉そうに! これが帝国の正式な命令書だ!」
役人は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、太郎の目の前に突きつけた。
太郎は一瞥し、鼻で笑った。
「なるほど。ご苦労なことですが、お引き取りください。この命令書は無効です」
「な、なんだと!?」
太郎は小脇に抱えていた『ルナミス法律全書』をバサリと開き、役人の顔の前に突きつけた。
「ルナミス法律全書、第4章第12条。『緩衝地帯に指定された村落からの臨時徴税は、ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオン・ハート獣人王国の三カ国による【合同署名】を必須とする』。……あんたの命令書には、帝国の末端の部署の印鑑しか押されていない。他二カ国の署名はどこにありますか?」
「うっ……! そ、それは……緊急の事態ゆえ、特例として……!」
役人が冷や汗を流し始める。
「特例? 法律全書第1章第3条『特例措置には皇帝陛下の御璽を必要とする』。御璽もない。つまりこれ、あんたが勝手にでっち上げた偽造書類ですよね?」
「き、貴様ぁ! 屁理屈を並べ立ておって!」
太郎の畳み掛けは止まらない。大学のゼミで教授から詰められる時のプレッシャーに比べれば、この程度の小悪党など赤子も同然だ。
「さらに経済的な観点から言わせてもらいましょうか。この村の世帯数と平均所得から算出して、突発的に金貨100枚(税率数百パーセント)の負担を強いることは、明らかに租税の原則である『公平性』と『課税の根拠』を逸脱しています。これは完全な『搾取』だ。……あんた、知ってますか?」
太郎はわざと声を低くし、凄みを聞かせた。
「女神ルチアナ様が聖獣機神ガオガオンに組み込んだ『第2法』。……『富を不当に独占し弱者を搾取し続ける権力者には、容赦なく炎の鉄槌が下る』。この違法な搾取命令書の事実をギルド経由で中央監査局に流せば、ガオガオンの超AIが確実に事態を捕捉する。……あんた、空からピンポイントで焼き払われますよ?」
「ガ、ガオガオンの……焼却処分、だと……っ!?」
『聖獣機神ガオガオン』の名を出された瞬間、役人の顔面から血の気が完全に引き、土気色になった。
ガオガオンの裁きは絶対無謬。帝国の権力だろうがなんだろうが、不正と判定されれば0.0001秒で焼き尽くされる。それはこの世界に生きる者にとって、本能的な恐怖だった。
「も、もしこのまま強行するなら、僕は今すぐこの通信石で中央に……!」
太郎が、100円ショップで出したただの『おもちゃのトランシーバー』を取り出し、アンテナを伸ばした。
「ひ、ひぃぃぃっ! や、やめろ! わ、わかった! 今日のところはこれくらいにしておいてやる!! 撤収だ! 撤収ぅぅっ!!」
役人は腰を抜かしかけながら兵士たちに怒鳴り散らし、脱兎のごとく村から逃げ出していった。
背中が見えなくなったところで、太郎はふぅ、と大きく息を吐き、トランシーバーをポケットにしまった。
「……はぁ、ビビった。足震えてたよ」
強がってはいたが、太郎の背中は冷や汗でびっしょりだった。
「太郎君……!」
背後から、キャルルが猛烈な勢いで抱きついてきた。
「すごい! すごいよ太郎君! 暴力なんて使わずに、言葉と知識だけであんな悪党を追い返しちゃうなんて! かっこいい……すごく、かっこよかった……♡」
ウサギの耳を太郎の頬に擦り付けながら、キャルルの目がハートマークになっている。
「プロデューサー! さすがですわ! あのポンコツ役人が落としていったお財布(銀貨入り)は、私がありがたくスパチャとして吸い込んでおきましたわ!」
いつの間にすったのか、リーザが戦利品の財布を掲げてドヤ顔をしている。
「あらあら。もしあのまま彼らが襲ってきたら、私がゴーレムさんたちを召喚して、彼らの内臓をすり潰して肥料にするつもりでしたのに。太郎様は本当に平和主義で優しいですわね」
ルナがおっとりと、サイコパスな発言を微笑みながら口にした。
「ルナさん、それが一番ダメだからね!?」
太郎は三人のヒロインの極端な反応にツッコミを入れつつ、空を見上げた。
どうやら、自分にもこの村でできる『戦い方』があるらしい。
100円ショップのスキルと、現代の知識。
剣も魔法も使えない主人公の、知恵と悪知恵によるポポロ村防衛戦が、ここに幕を開けたのだった。
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