EP 4
善意の経済テロリスト、エルフのお嬢様を物理で止める
「さあ、ここが私の家です! 遠慮せずに入ってくださいね」
キャルルに案内されて到着したのは、ポポロ村の中心に建つ一際大きな木造建築だった。
村長宅というだけあって、周囲の家よりも立派な造りをしている。
太郎の背後には、先ほど『100円ショップ』スキルで召喚した魚肉ソーセージを、まるで高級な葉巻のように大事そうに咥えたリーザがペタペタとついてきていた。
「お邪魔します……」
太郎が恐る恐る玄関をくぐり、リビングと思われる広い板間の部屋に足を踏み入れた瞬間だった。
「あらあら? お客さまでしょうか。初めまして」
ふわりと、春の風のような心地よい声が響いた。
部屋の奥、見事な木彫りのテーブルの席で、優雅に紅茶を傾けている少女がいた。
輝くような金髪に、透き通るような白い肌。そして何より目を引くのは、その長く尖った耳。
身に纏っているのは、まるでおとぎ話のお姫様が着るような、フリルとレースがふんだんにあしらわれた最高級のドレスだ。
(エ、エルフだ……! 本物のエルフがいる!)
太郎は内心で大いに興奮した。ファンタジーの王道、美しき森の妖精。
芋ジャージの駄女神、マッハで飛び蹴りする安全靴ウサギ、雑草を食う地下アイドル人魚と、ここまで規格外の存在ばかりに出会ってきた太郎にとって、彼女は初めて見る『正統派ファンタジー』の体現者のように思えた。
「初めまして。僕は佐藤太郎と言います。ええと、迷い込んでしまって……」
「太郎様ですね。私はルナ・シンフォニアと申します。世界樹の森から参りましたの。どうぞ、お見知りおきを」
ルナはおっとりと微笑み、優雅にお辞儀をした。
その所作には気品が溢れており、周囲の空気が浄化されるような錯覚すら覚える。
「ルナさん! 私のプロデューサーさんに挨拶なんていいから、見てくださいまし! この魔法のお肉を!」
リーザが魚肉ソーセージを突き出しながら自慢げに言った。
ルナはパチクリと瞬きをし、ソーセージと、そして太郎の着ている安物のジャージを交互に見つめた。
「あらあら……太郎様は、もしかしてひどくお金に困っていらっしゃるのですか? リーザさんに、そんな……得体の知れない貧相なお肉しか買ってあげられないなんて」
「え、いや、これは100円の……」
太郎が言い訳をする間もなく、ルナは悲しげに目を伏せ、胸の前に両手を組んだ。
「可哀想に……。見知らぬ土地でその日のパンにも困る生活。でも、ご安心くださいませ。私、お友達が困っているのを見過ごすわけにはいきませんわ」
ルナは立ち上がると、部屋の隅に置かれていたソフトボール大の庭石(おそらく漬物石代わり)を両手で持ち上げた。
そして、ニコリと微笑みながらそれにふわりと息を吹きかける。
「えいっ」
ピカーーーーーンッ!!
「うおおっ!?」
太郎は思わず目を覆った。
ルナの手にあったただの鈍色の石が、まばゆい黄金の輝きを放ち始めたのだ。
重量感のある、正真正銘の『純金』である。
「錬金術!? マジで石を金に変えたのか!?」
「ええ。ほんの歓迎の印ですわ。どうぞ太郎様、これを市場で換金して、リーザさんに美味しい特上のお肉を買ってあげてくださいな」
ルナが慈愛に満ちた笑顔で、ソフトボール大の純金を太郎に差し出す。
これほどの大きさの純金なら、日本円にして数千万、いや億単位の価値があるかもしれない。太郎は経済学部の学生として、その莫大な価値にゴクリと喉を鳴らし、思わず手を伸ばしかけた。
その瞬間だった。
「とぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
部屋の入り口から、弾丸のような速度で何かが飛んできた。
キャルルだ。
彼女は空中で見事な弧を描き、タローマンの特注安全靴を履いた足で、ルナの後頭部に強烈な回し蹴りを炸裂させた。
「ひでぶっ!?」
『正統派ファンタジー』を体現していたはずの美しきエルフのお嬢様は、変なカエルが潰れたような悲鳴を上げ、純金を手放したまま部屋の端までスーパーボールのようにバウンドして吹っ飛んでいった。
「エ、エルフのお嬢様に何してんの!?」
太郎がパニックになって叫ぶと、キャルルはスタッと見事に着地し、腰に手を当てて怒り心頭の表情を作った。
「だーかーらー! あんたは偽金を流通させるんじゃないわよ、このポンコツエルフ!!」
「……へ? 偽金?」
太郎は床に転がった黄金の塊を見つめた。どう見ても本物の純金にしか見えない。
「太郎君、騙されちゃダメだよ! ルナの石を純金に変える能力は、『3日』しか持たないの! 3日経つと、ただの石ころに戻っちゃうんだから!」
「…………えっ?」
太郎の顔から、スッと血の気が引いた。
「ちょっと待って。ってことは……もし僕がこの純金で高額な買い物をしたとして、3日後に商人の金庫の中でこれが石に戻ったら……?」
「間違いなく詐欺罪で手配されて、衛兵に捕まって地下牢で一生塩漬けね」
キャルルが容赦のない現実を突きつける。
太郎の頭の中で、大学の講義で学んだ『経済の基本』がガラガラと音を立てて崩れ落ちる音がした。
「ふざけんな! 市場にそんな時限爆弾みたいな偽金が流れたら、貨幣への信用が失墜して取引が停止するだろ! 信用収縮で地域経済が崩壊するぞ! 君は経済テロリストか!!」
太郎が青ざめて叫ぶと、部屋の隅で頭に大きなたんこぶを作ったルナが、涙目でふらふらと起き上がってきた。
「い、痛いですわぁ……キャルルさん、乱暴ですのよ……。でも太郎様、私、悪気はありませんでしたの。ただ太郎様のお役に立ちたかっただけで……」
「悪気がなくても経済は死ぬんだよ!!」
「うぅ……。もし偽金が嫌だというのなら、別の確実な方法がありますわ」
ルナはコホンと咳払いをし、真面目な顔でとんでもない提案を口にした。
「太郎様の『腎臓』を市場で売りましょう」
「…………は?」
「私、強力な回復魔法が使えますの。ですから、太郎様が闇医者に腎臓を摘出させて売却した直後に、私がすぐさま完全再生させますわ。これを繰り返せば、元手ゼロで無限に腎臓を売ってお金持ちになれますわよ!」
天然の笑顔で放たれた最悪の錬金術に、太郎は戦慄した。
「コンプライアンス違反だろ! 絶対ダメだ!! そもそも臓器密売で捕まるわ! どんだけ倫理観バグってんだよ!」
「ええ〜? エコでサステナブルなビジネスモデルだと思いましたのに……」
「人間の体をリサイクル資源みたいに言うな!」
激しくツッコミを入れる太郎の横で、キャルルがやれやれと肩をすくめた。
「太郎君、わかったでしょ? この子、世界樹の次期女王候補で魔法の天才なんだけど、常識が壊滅的でナチュラルに世界を滅ぼしかけるのよ。ほら、あそこの地下室への扉を見て」
キャルルが指差した先には、何重にも厳重な南京錠がかけられた分厚い鉄の扉があった。
「あそこ、ルナの実家(世界樹)から毎月『お小遣い』として送られてくる純金100kgが塩漬けにされてるの。あんなの市場に流したら、ポポロ村周辺の物価が爆上がりしてハイパーインフレが起きるからね。絶対に開けちゃダメだよ」
「…………」
太郎は言葉を失った。
この村には、爆弾が多すぎる。
マッハで飛び蹴りをしてくる、ヤンデレ気質のウサギ村長。
欲望に忠実で、すきあらばタダ飯を食おうとする地下アイドル人魚。
そして、天然の善意で経済を破壊し、臓器密売を提案してくるエルフのお嬢様。
(僕……ここで、生きていけるのかな……?)
強力すぎる個性のヒロイン3人に囲まれ、太郎はすでに胃の辺りにキリキリとした痛みを感じ始めていた。
100円ショップのスキルと、経済学部で学んだ知識。それだけを武器に、太郎の過酷でカオスな異世界同居生活が、幕を開けたのである。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




