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EP 3

地下アイドル人魚姫と、インテリスポンサーの誕生

鬱蒼とした森を抜けると、ふわりと暖かな風が太郎の頬を撫でた。

視界が開けた先に広がっていたのは、のどかな田園風景と、木やレンガで造られた素朴な家々が立ち並ぶ集落だった。

「ここが私の治める村、ポポロ村です!」

キャルルはウサギの耳をピンと立て、誇らしげに胸を張った。

ポポロ村は、人間族のルナミス帝国、魔族のアバロン魔皇国、そして獣人族のレオン・ハート獣人王国の三カ国が接する『緩衝地帯(バッファーゾーン)』に位置する中立の村落だという。

道中、キャルルから「前の村長がゲートボール大会で知り合った貴婦人と『駆け落ちラビリンス』にバックレて失踪したため、冒険者だった自分が村長に担ぎ上げられた」という波乱万丈すぎる行政事情を聞かされ、太郎は異世界にも高齢者の駆け落ちがあるのかと妙な感心をしてしまった。

「のどかで良いところだね。空気が美味しいや」

「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいです。太郎君さえよければ、村長宅の空き部屋を使ってくださいね。お客様は大歓迎ですから!」

キャルルの案内で村の中心部、少し大きめの立派な一軒家――村長宅へと向かっていると、不意に、奇妙な音が風に乗って聞こえてきた。

『♪ガンガンガン! アタマガガン!』

「……ん? なんだ、この歌声」

「ああ……またやってるんですね。放っておいていいですよ、太郎君」

キャルルがやれやれとため息をつく中、太郎は声のする方へ目を向けた。

村長宅の前のちょっとした広場。そこに、古い木製のみかん箱がポツンと置かれており、その上に一人の少女が立っていた。

青みがかった美しい髪に、透き通るような白い肌。儚げな美少女……と言いたいところだが、その服装がすべてをぶち壊していた。

どこかの安売りデパートで買ったような、絶妙にダサいエンジ色の『芋ジャージ』。足元には、健康サンダル。

さらに、手にはマイク代わりなのか、なぜか大根を握りしめている。

観客はゼロ。

いや、よく見ると広場の端にいる数羽の鳩と、パンくずの所有権を巡って凄まじい眼力で睨み合いながら歌っている。

少女はみかん箱の上でターンを決め(健康サンダルがキュッと鳴った)、高らかに歌い上げた。

『♪視界が回るよ 39度! インフルエンザ大魔王(ウィルス) やっつけろ!』

『♪今だ! 必殺! タミフルパーンチ!』

「おお……」

太郎は思わず立ち止まった。異世界に来て早々、まさか現代日本の医薬品名を聞くことになるとは思わなかったからだ。

少女の歌は続く。どうやらここからがサビらしい。

『♪くらえええ! コウ・セイ・ザイ! ビーム!(キラッ☆)』

少女が大根を天に掲げ、ウインクを決めた。

やり切った表情でポーズをとる少女。

しかし、その直後、太郎の口から無意識のうちに極めて冷静なツッコミが飛び出していた。

「いや、インフルエンザに抗生剤は効かないんだけど」

「…………ふぇ?」

広場に静寂が落ちた。

みかん箱の上でポーズを決めていた少女が、ピタリと固まる。

太郎はコンビニ店員時代、風邪薬のコーナーでよくお客さんに説明していた知識を引っ張り出し、淡々と続けた。

「タミフルパンチはまだ分かるよ。抗ウイルス薬だからね。でも、抗生剤(抗菌薬)は細菌をやっつけるための薬であって、インフルエンザみたいな『ウィルス』には全く効果がないんだ。むしろ無闇に使うと耐性菌を生むリスクがあるから、そのビームは医療現場では推奨されないね」

「…………」

少女は目をパチクリとさせ、大根を下ろした。

そして、みかん箱から降りると、ペタペタと健康サンダルを鳴らしながら太郎の目の前までやってきた。

間近で見ると、ジャージのあちこちに継ぎ接ぎがあり、ほんのりと野草(雑草)の匂いがする。

「あ、あの……貴方様は、お医者様ですの?」

「いや、ただの経済学部の大学生だけど。というか、君は?」

「私はリーザ! 海中国家シーランから来た人魚姫にして、絶対無敵のスパチャアイドルですわ!」

リーザと名乗った少女は、誇り高く胸を張った。

しかし、その直後、彼女の瞳がキラリと獲物を狙う猛禽類のように鋭く光った。

「タミフル……コウセイザイ……その完璧なまでの現代知識。そして、その理路整然としたインテリジェンスな響き! わかりましたわ、貴方様からは強烈な『スポンサー』の匂いがします!」

「え? スポンサー?」

リーザはガバッと太郎の足元に崩れ落ちた。

そして、アスファルト――いや、土の地面に額を擦り付けるような、見事なスライディング土下座を敢行したのだ。

「プロデューサー! 私をトップアイドルに鍛え上げて……いえ、どうか私を養ってくださいませぇぇぇぇっ!!」

「ええええええっ!?」

太郎は突然足元にすがりついてきた人魚姫(芋ジャージ)に悲鳴を上げた。

「もう限界なんですの! 今日のお昼ご飯なんて、近所の公園で摘んだ『食べられる雑草サラダ』と、パン屋さんでタダでもらった『パンの耳』だけなんですのよ!? タンパク質が圧倒的に足りてませんわ! 貴方様のそのインテリジェンスな知識とお財布で、私に美味しいご飯(できれば特上のお肉)を投資してくださいませ!」

あまりの悲壮感と、アイドルとしてのプライドを粉々に投げ捨てた強欲な懇願に、太郎は完全に引いていた。

「ちょ、ちょっと待って! 僕はさっきこの世界に来たばかりで、お金なんて一銭も……」

言いかけて、太郎はハッとした。

自分の手持ちのスキル『100円ショップ』。

ポイントはまだ残り700P(銅貨7枚分)ある。100円ショップには、食料品だって売っている。

「……パンの耳と雑草しか食べてないって、本当?」

「はいぃぃ……。昨日はパチンコ屋さんの床で拾った銀玉を磨いて食料品に換えようとしたら、店長さんに顔面を殴られましたわ……」

「アイドルがパチンコ屋で銀玉拾うなよ!?」

太郎が激しくツッコミを入れると、横で見ていたキャルルが困ったように笑った。

「リーザちゃん、またタダ飯をたかろうとして……。太郎君、無理しなくていいんですよ? この子、図太いから放っておいても雑草食べて生きていけますし」

「いや、流石に可哀想すぎるだろ……」

太郎はため息をつき、頭の中でスキルを起動した。

食品カテゴリーから、腹に溜まりそうなものを検索する。

『ミニ羊羹』『魚肉ソーセージ(3本入り)』『コーンポタージュの素』。

「ほら、とりあえずこれでも食べなよ」

太郎が空中に手をかざすと、ポンッと光の粒子が弾け、リーザの目の前に現代日本のチープだが美味しい食料品が出現した。

「こ、これは……ッ! 魚の肉が、オレンジ色のビニールに包まれて棒状になっている奇跡の食べ物!? それにこの、甘くて黒い四角い塊は!?」

「魚肉ソーセージと羊羹だよ。100円だけど、カロリーはあるから」

リーザは震える手で魚肉ソーセージを受け取ると、包装の金具を歯で食いちぎり、野生動物のような勢いで貪り食い始めた。

「んんんんっ! 美味しい! 美味しいですわプロデューサー!! このジャンクで化学調味料の味がする素晴らしいお肉、最高ですわぁぁぁ!」

「……人魚姫なのに魚肉ソーセージでそこまで感動できるの、ある意味すごいな」

涙を流しながら羊羹を丸呑みするリーザを見て、太郎は確信した。

この世界は、色々とヤバい。

しかし同時に、自分の持つ『100円ショップ』のスキルが、この異世界において強烈な切り札(主に胃袋を掴む意味で)になることも理解し始めていた。

「さぁ、プロデューサー! 腹ごしらえも済みましたし、私の『投げ銭(スパチャ)口座』の開設手続きをお願いしますわ!」

「なんで僕がマネージャー業務までやらなきゃいけないんだよ!」

ポポロ村の青空に、太郎の嘆きと的確なツッコミがこだまする。

こうして、気が小さく争いを好まない経済系大学生・佐藤太郎は、マッハで飛び蹴りをするウサギ村長と、強欲な地下アイドル人魚姫に囲まれ、波乱万丈な異世界生活の第一歩を強引に踏み出すことになったのである。

読んでいただきありがとうございます。

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