EP 2
サバイバル開始! 100円ショップの真価とマッハの飛び蹴り
「あ、あ、あああああああ――ッ!?」
理不尽な健康サンダルキックによって空中に放り出された佐藤太郎は、見知らぬ青空から真っ逆さまに落下していった。
しかし、地面に激突してトマトのように潰れるかと思いきや、太郎の体は奇妙な浮遊感に包まれ、ふわりと減速した。そのまま、鬱蒼と茂る巨大な木々の枝葉をクッションにするようにして、ドサリと柔らかい草むらに着地したのだ。
「い、痛っ……いや、痛くない。生きてる……?」
太郎は恐る恐る体をさすりながら立ち上がった。
折れた骨もないし、出血もない。しかし、周囲を見渡せば、そこは明らかに日本の風景ではなかった。
見上げるほど巨大な広葉樹、見たこともない紫色のシダ植物、そして空には、地球のものよりもひと回り大きな太陽が輝いている。
「本当に異世界に飛ばされたのか……。はぁ、マジでふざけんなよ、あの芋ジャージ女神……」
太郎は大きなため息を吐き、草むらにどっかりと座り込んだ。
夜勤のバックレを押し付けられた挙句、楽しみにしていた唐揚げ弁当とビールを取り上げられ、異世界の森に放り出される。これ以上の理不尽があるだろうか。
「ぐぅぅ〜……」
緊張が解けたせいか、腹の虫が盛大に鳴った。
よく考えれば、大学の昼休みに学食でうどんを食べて以来、何も口にしていない。
「お腹空いたな……唐揚げ弁当、食べたかったのに」
愚痴をこぼしながら、太郎はルチアナが最後に投げつけてきたものを思い出した。
「えーと、たしか……スキル『100円ショップ』だっけ?」
太郎が声に出して念じると、目の前の空間に半透明のホログラムウィンドウがフワリと浮かび上がった。
そこには、見慣れた現代日本の100円ショップ――大手チェーンの『ダ○ソー』や『セ○ア』で見かけるような、日用品、食品、文房具、DIY用品といったカテゴリーのアイコンがずらりと並んでいた。
さらに、画面の右上にはピコンと光る通知アイコンがある。
【 初回転生特典:1,000 P付与されました 】
※ 1P = 銅粒1枚(1円相当)としてご利用いただけます。
「……は? 転生特典?」
太郎は思わず声を荒げた。
「いやいやいや! 僕、死んでないから! トイレのドア開けたらコタツ部屋があっただけで、トラックに轢かれてないから! なんで勝手に死んだ扱いになってるんだよ!」
見えない女神への文句をひとしきり叫んだ後、太郎は気を取り直してパネルを操作した。
文句を言っても腹は膨れない。まずは食料の確保だ。
「ええと、食品カテゴリー……おっ、あるある。缶詰とかレトルト食品がいっぱいだ。とりあえず火を起こして、温かいものが食べたいな」
太郎はパネルをタップし、商品をカートに入れていく。
『焼き鳥缶(たれ味)』、『500mlペットボトルのお茶』、そしてアウトドア用品のコーナーから『CR対応ターボライター』を選択。
合計金額は300P。購入ボタンを押した瞬間、空中にポンッと小さな光の粒子が集まり、太郎の膝の上に三つの商品が実体化した。
「おお……! マジで出てきた。これは便利だな」
太郎は周囲から手頃な枯れ枝や落ち葉を拾い集めると、100円のターボライターでカチッと火をつけた。
魔法も何もない異世界の森で、現代の文明の利器が火打石の苦労をあっさりと過去のものにする。
小さな焚き火を作り、その傍で焼き鳥缶を開けて温める。
やがて、醤油と砂糖の焦げる甘辛い匂いが、森の空気にふわりと漂い始めた。
「うん、美味い……!」
缶詰の焼き鳥を口に運んだ太郎は、そのチープだが安心する味にホッと息をついた。
お茶で喉を潤し、少しだけ心が落ち着いてきたその時だった。
――ガサッ、ガサガサッ。
背後の茂みが不自然に揺れた。
風ではない。何かが意図的に葉をかき分けて近づいてくる音だ。
「……え?」
太郎が振り返ると、そこには身長1メートルほどの、緑色の肌をした醜悪な小人たちが三匹立っていた。
手には錆びた刃物や粗末な棍棒を握りしめ、黄色く濁った目で太郎――いや、太郎の手にある焼き鳥缶を見つめて涎を垂らしている。
「ゴ、ゴブリン……!?」
ゲームや漫画で見た知識が、太郎の脳裏に警鐘を鳴らす。
「ギャギャギャ! ニンゲン! ウマソウ!」
「シネ! シネ!」
ゴブリンたちが奇声を上げながら、棍棒を振り上げて飛びかかってきた。
「うわああああっ!?」
太郎は腰を抜かし、無様に後ずさった。
100円ショップのスキルを開こうとするが、焦ってうまく操作できない。仮にカッターナイフやハサミを出したところで、喧嘩すらしたことのない自分が勝てるわけがない。
(終わった……僕の異世界生活、開始10分で終了!?)
太郎が目を閉じた、まさにその瞬間だった。
「そこまでですっ!!」
凛とした、しかしどこか甘さの残る少女の声が上空から響き渡った。
「え……?」
太郎が目を開けると、木々の隙間から一筋の影が降臨するのが見えた。
クラウチングスタートのような姿勢で空中の木の幹を蹴り飛ばした『それ』は、一瞬にしてトップスピードに達する。
「必殺! 流星脚ぅぅッ!!」
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!
空気を切り裂く轟音。マッハ1を超えた飛び蹴りが、先頭のゴブリンの顔面にクリーンヒットした。
巡航ミサイルが直撃したかのような凄まじい衝撃波が発生し、ゴブリンの体は文字通り吹き飛び、背後の大木を三本へし折りながら彼方へと消し飛んでいった。
残された二匹のゴブリンは、あまりの出来事に完全にフリーズしている。
その間に、着地した影――一人の少女が、トンファーのような武器を構え、残りのゴブリンの顎と腹部に容赦のない連撃を叩き込み、一瞬で沈黙させた。
静寂が戻った森の中。
砂埃が晴れた後に立っていたのは、ウサギの耳(獣耳)を生やした、とびきり可愛い美少女だった。
ふわりとした髪に、動きやすい現代風のラフな服。しかし、その足元には、異世界には似つかわしくない無骨な『特注の安全靴(ブランド名:タローマン)』が輝いている。
少女はトンファーを腰に収めると、腰を抜かしている太郎の方へと駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
覗き込んでくる少女の顔は愛らしく、ほのかに甘い香りがした。ウサギの耳がピクピクと動いている。
「あ、ああ……だ、大丈夫。助けてくれてありがとう……」
太郎は呆然としながら答えた。
(それにしても、随分ラフな格好だな。それにあの安全靴……あんなので蹴られたら、そりゃゴブリンも消し飛ぶよな)
少女――キャルルは、ホッと安堵の笑みを浮かべた後、太郎の服装をまじまじと見つめた。
「貴方は人間ですよね? どこから来たんですか? なんだか、とても不思議な格好をしていますけど……」
太郎は自分の格好を見下ろした。
白いTシャツの上に、大学に行くときに適当に羽織っただけの安物の紺色ジャージだ。
「ああ、これ? ただのジャージだよ。近所のディスカウントストアで買ったやつ」
「――ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間、キャルルのウサギ耳がピンッと垂直に立ち上がり、目をまん丸にして驚愕した。
「ジャ、ジャージ!? それってまさか……ルチアナ様が神界で身に纏っているという、伝説の『聖衣』の事ですか!?」
「…………はい?」
太郎は完全に思考が停止した。
(伝説の聖衣? ジャージが? ……あの芋ジャージ駄女神、アナスタシア世界の住民に一体何を教えてんだ!?)
太郎が顔を引きつらせていると、キャルルは尊敬の眼差しを向けながら、優しく手を差し伸べてきた。
「事情は分かりませんが、ここは危険です。もし行くあてがないのなら、私の村へ来ませんか? ポポロ村という、安全な場所にご案内します」
差し出された手は、細くて白いが、先ほどの蹴りを放った確かな強さを秘めているように見えた。
「え? いいの?……うん、すごく助かるよ」
太郎はその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
右も左も分からない異世界。理不尽な転生と、チープな100円ショップのスキル。
不安だらけのスタートだったが、このマッハで飛び蹴りをする安全靴の美少女がいれば、少しは生き延びられるかもしれない。
そうして佐藤太郎は、ヤバすぎるヒロインたちが待ち受ける『ポポロ村』へと足を踏み出すのだった。
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