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第一章「ポポロ村の出会いと、100円の奇跡」

第1話 夜勤バックレからの、ダメ女神(芋ジャージ)による理不尽転生

「はぁ……まったく、ふざけんなよ……」

築四十年の木造アパート、二階の角部屋。

経済学部二年の佐藤太郎(さとう たろう)は、ちゃぶ台の前にドカッと座り込み、深いため息を吐き出した。

手にあるのは、アルバイト先のコンビニでもらってきた廃棄寸前の『特盛り唐揚げ弁当』と、帰り道に奮発して買った冷えた缶ビールだ。

本来なら、今日の夜はシフトが入っていなかった。大学の課題を終わらせて、のんびりゲームでもして過ごす予定だったのだ。

しかし、夕方に店長から泣きの電話が入った。同じシフトに入っていた同僚の大学生が、「どうしても外せない急用ができた」と言ってバックレたらしい。

その『急用』とやらが、SNSにアップされていた彼女とのデート写真のせいで嘘だとバレバレなのが、余計に太郎の神経を逆撫でした。

「どうせ今頃、おしゃれなレストランで飯でも食ってんだろ……。うう、畜生。羨ましい……。僕なんて、二十年間彼女なしの記録を絶賛更新中だっていうのに」

ぼやきながら、太郎は缶ビールのプルタブに指をかける。

――プシュッ!

炭酸の弾ける小気味良い音が、静かな六畳間に響いた。

きつね色に揚がった大ぶりの唐揚げ。マヨネーズがたっぷり添えられたそれに箸を伸ばそうとした瞬間、太郎の下腹部にツンとした感覚が走った。

「あ……ションベンしたくなったな」

ビールの最初の一口と、唐揚げの最高の一口を堪能するためには、万全のコンディションで臨むべきだ。

太郎は箸を置き、立ち上がって部屋のドアへと向かった。

ドアノブを回し、トイレへと続く短い廊下に出ようと一歩を踏み出す。

「――なんだ、ここ?」

太郎の視界に飛び込んできたのは、見慣れた薄暗いトイレのドアではなかった。

そこは、やけに生活感に溢れた謎の和室だったのだ。

部屋の真ん中には、季節外れの巨大なコタツが鎮座している。その上には、みかんの皮、空き缶、そして灰皿には細いメンソールタバコの吸い殻が山盛りになっていた。

そして、コタツに下半身を突っ込み、だらしない姿勢で寝そべっている女が一人。

ピンク色の、見るからにダサい芋ジャージ。足元にはなぜか健康サンダルを履きっぱなしだ。

女は大型の薄型テレビを食い入るように見つめ、手にしたペンライトをブンブンと振り回していた。

テレビの画面の中では、キラキラした衣装を着たイケメンアイドル――朝倉月人(あさくら つきと)が、持ち歌である『月曜日の社畜』を熱唱している。

『満員列車は嫌だ〜♪ 寿司詰めギュー詰め〜♪』

「……えっと、誰?」

太郎が思わず声をかけると、芋ジャージの女はビクゥッと肩を震わせ、スローモーションのように振り返った。

「え? あ? な、何よ……あんた」

「いや、こっちが聞きたいんだけど。なんで僕のアパートのトイレの前に、コタツ部屋があるの? あんた、誰だ?」

女は慌ててテレビの電源を切り、コタツから這い出した。

よく見れば、顔立ちは驚くほど整っていて、絶世の美女と言っても過言ではない。しかし、その全身から漂う『休日の干物女』オーラが、美しさを完全に台無しにしていた。

「ち、ちょっと待ってね……。ええっと、カンペ、カンペ……」

女はコタツの上をガサガサと漁り、一枚の画用紙を取り出した。さらに、ポケットから目薬を取り出すと、ポツン、ポツンと両目に数滴垂らし、わざとらしく瞬きをして見せた。

目薬の雫が、まるで感動の涙のように頬を伝う。

「こほんっ! ――よくぞ参られました、勇敢なる魂を持つ若者よ」

女は突然、芝居がかった厳かな声を出した。

「私の名前は女神ルチアナ。この世界の神格公務員……じゃなくて、世界神です。私は、貴方のその気高い行動に深く感動しました! 猛スピードで突っ込んでくるトラックに轢かれそうになっていた可哀想な猫を、自らの身を挺して助け出すなんて……!」

ルチアナはカンペをチラチラと盗み見ながら、目薬の涙を拭う仕草をした。

太郎は、半ば呆れ果てた顔でその茶番を眺めていた。

「は? 猫? トラック?」

「そうです! 貴方のその自己犠牲の精神、まさに異世界の英雄にふさわしい! そこで私は、貴方を特別な世界『アナスタシア』へ転生させることに――」

「いや、待って。ストップ。全然身に覚えがないんだけど」

太郎は冷静に突っ込んだ。

「僕はさっきまで、アパートで唐揚げ弁当を食おうとしてただけだ。トラックなんか走ってないし、猫も助けてない。っていうか、今からトイレに行こうとしてドアを開けただけなんだけど。頭おかしいのか? おばさん」

ピキッ。

太郎の言葉の最後の部分を聞いた瞬間、ルチアナの額に青筋が浮かんだ。

「お、おば……っ!? おばさんじゃないわよ!! 私は永遠の17歳よ!!」

「どう見ても、コタツで酒飲んでアイドルに熱中してる疲れたおばさんだろ。いいから、元の部屋に戻してよ。ビールがぬるくなるし、唐揚げも冷める」

太郎の極めて真っ当な要求に対し、ルチアナはギリッと歯を食いしばった。

「きいいいっ! また言ったわね! この私がわざわざ『ゴッドチューブ』の視聴率稼ぎ……じゃなくて、世界を救うために召喚してあげたっていうのに! 本当は超有能なチートスキルを渡そうかと思ってたけど、あんたみたいな無礼者にはコレで十分よ!」

ルチアナはコタツの脇にあった、商店街の福引きで使うような『ガラガラ(抽選器)』を勢いよく回した。

カランコロン、と出てきたのは、くすんだ銅色の玉だ。

ルチアナはその玉を掴むと、野球のピッチャーばりのフォームで太郎の顔面に向かって力いっぱい投げつけた。

「痛っ! なんだよ、いきなり!」

玉が太郎の額に命中して弾けた瞬間、太郎の脳内に無機質なシステム音声のようなものが響いた。

『――ユニークスキル【100円ショップ】を獲得しました』

太郎は目をパチクリとさせた。

「……100円ショップ? なにそれ。剣の才能とか、すごい魔法とかじゃないの?」

「ふふん! その名前の通り、100円の品を出せるスキルよ! あっちの世界には現代の物資なんてないんだから、せいぜいタッパーとか洗濯バサミでも出して魔王に立ち向かいなさいな!」

「はぁ!? なんで僕が魔王なんかと戦わなきゃいけないんだよ! グダグダ言ってないで、早く元の世界に戻せよ、ババア!」

太郎は苛立ちのあまり、ついに言ってはいけない一言を放ってしまった。

その瞬間、コタツ部屋の空気が凍りついた。

ルチアナの表情から一切の感情が消え去り、瞳の奥にどす黒い炎が宿る。

「……私は、永遠の、17歳よおおおおおおおおっ!!」

ルチアナは芋ジャージとは思えないほどの身体能力でその場から跳躍した。

空中で鮮やかな弧を描き、そのまま太郎の顔面に向かって、ピンク色の健康サンダルを履いた足で強烈なドロップキックを放った。

「おっふうううううっ!?」

顔面に健康サンダルのブツブツとした刺激と、女神の理不尽な怒りをモロに受けた太郎は、そのまま後方へと吹き飛ばされた。

開いていたドアの向こう側が、いつの間にか底なしの青い空へと変化している。

「あ、あ、あああああああ――ッ!?」

「せいぜい異世界で苦労しなさい! あ、視聴率のために派手に動き回るのよー!」

コタツ部屋からルチアナの無責任な声が響く中、太郎の体は重力に引かれ、見知らぬ大地――アナスタシア世界へと、真っ逆さまに落下していった。

まだ一口も食べていない唐揚げ弁当と、開けたばかりの缶ビールへの未練を胸に抱きながら。

読んでいただきありがとうございます。

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