EP 4
女神の時給800円労働! 100均ポップアップストアとヤンデレ現場監督
ルナミス帝都の中心部、多くの人々が行き交う中央広場。
美しい石畳と噴水が彩るその優雅な景観の中に、明らかに異質な空間が一つだけ誕生していた。
地面に敷かれた真っ青な『ブルーシート(100均)』。
その上に並べられた折りたたみ式の『キャンプ用テーブル(500円商品)』。
そして、テーブルの上に山積みになっているのは、プラスチック製の『孫の手』、『肩たたき棒』、『頭皮用ワイヤーマッサージャー』といった、現代日本における安価なリラクゼーショングッズの数々である。
「……ねぇ、太郎。なんで私が、こんな青空の下で立ちっぱなしで働かなきゃいけないのよ?」
その安っぽいテーブルの裏側に立たされていたのは、エンジ色の芋ジャージの上に、100円ショップの店員がよく着ている『緑色のエプロン』を身につけた世界神・ルチアナだった。
「なんでって、お前がガチャで100万円の借金を作ったからだろ。時給800円(銅貨8枚)で雇ってやるって言ったのは僕だぞ」
佐藤太郎は、商品を綺麗に並べ直しながら冷たく言い放った。
「そ、そうだけどぉ! 私、神様よ!? なんでこんな庶民向けの露店で、こんな変な棒を売らなきゃいけないのよ! ほら、日差しが強くてお肌が焼けちゃう! 足も疲れた! もう帰っていい!?」
ルチアナがエプロンを脱ぎ捨ててブルーシートの上に座り込もうとした、その瞬間だった。
――カチャッ。
ルチアナの後頭部に、冷たく重い金属の筒がピタリと押し当てられた。
「ルチアナさん? 今、なんて言ったのかな?」
「ヒッ!?」
ルチアナの背筋が、文字通り凍りついた。
振り返るまでもない。彼女の背後には、『現場監督』として太郎に任命されたキャルルが、ウサギの耳をピーンと立てて仁王立ちしていた。
その手には愛用のダブルトンファーが握られ、安全靴のつま先でトントンと石畳を叩きながら、極上のヤンデレスマイルを浮かべている。
「太郎君がせっかく用意してくれたお仕事だよ? サボるなんて、太郎君への反逆だよね。……もし次に『疲れた』とか『帰る』とか甘えた口を叩いたら、その綺麗な顎の骨、粉々に粉砕してあげるからね♡」
「ひぃぃぃぃっ! は、働きますぅ! 喜んで働かせていただきますぅぅっ!」
ルチアナは弾かれたように立ち上がり、ビシッと直立不動の姿勢をとった。
神の威厳は、ヤンデレ姫の物理的な暴力(殺気)の前に完全に屈服していた。
「よし、じゃあ開店だ。ルチアナ、しっかり声を出して客を呼べよ。笑顔を忘れるな」
太郎が指示を出すと、ルチアナは涙目で頷き、広場を行き交う人々に向けて声を張り上げた。
「い、いらっしゃいませぇーっ! 安くて便利な日用品、いかがですかぁーっ!」
最初は、誰もブルーシートの怪しげな露店に見向きもしなかった。
しかし、ルチアナの声が広場に響き渡ると、道行く人々の足が次々と止まり始めた。
「……おい、見ろよあの売り子の娘」
「なんだあの美しさは……。まるで女神様じゃないか」
「あんなボロい服と変な前掛け(エプロン)をしてるのに、隠しきれない気品があるぞ……!」
無理もない。ルチアナは中身こそ救いようのない駄女神だが、その容姿だけは『神格』として完璧にデザインされた超一級品の美貌を持っている。透き通るような肌、黄金比で構成された顔立ち、そして「永遠の17歳」を自称するだけの謎のあどけなさとオーラ。
それは、帝都の厳しい任務で心身をすり減らしている非番の近衛騎士や、研究室に引きこもりがちな魔導学者といった『ちょっとオタク気質で孤独な男たち』の心に、強烈に突き刺さったのだ。
「あ、あの! お嬢さん! それは、何を売っているんだい?」
一人の若い騎士が、顔を真っ赤にしてルチアナの前にやってきた。
「えっ? あ、これはですね……」
ルチアナが助けを求めるように太郎を見ると、太郎はスッと『孫の手』と『頭皮マッサージャー』を彼女の手に握らせた。
(アイドルみたいに可愛く実演しろ。売れなかったら時給減らすぞ)
太郎の無言の圧力に、ルチアナはビクッと震え、慌てて営業スマイルを作った。
「こ、これはですねっ! 疲れた体を癒やしてくれる、魔法の道具なんですっ♡」
ルチアナは『孫の手』を背中に回し、自分の背中をかく仕草をしてみせた。
「こうやって、手の届かない背中をカキカキできる優れものなんですよぉ! さらに、こっちの針金みたいなやつは……」
ルチアナは『頭皮マッサージャー』を自分の頭にスポッと被せ、上下に動かした。
「はふんっ♡」
頭皮のツボを刺激されたルチアナから、ゾクゾクするような艶っぽい吐息が漏れた。
「こ、これ、すっごく気持ちいいですぅ……。騎士様も、日頃の任務でお疲れですよね? これで頭をマッサージしたら、天国に行けちゃいますよっ☆」
上目遣いで、首をコテンと傾けるルチアナ。
ドッギュゥゥゥゥゥン!!!
若い騎士の心臓が、物理的な音を立てて撃ち抜かれた。
「か、買います!! そ、それ、全部ください!!」
「えっ? 全部!?」
「俺も買うぞ! その『肩たたき棒』っていうのを百本くれ!」
「お嬢さん、僕にも! 君が触ったその孫の手を言い値で買わせてくれぇぇっ!」
たちまちのうちに、ブルーシートの露店は、目を血走らせた帝都の男たちによって黒山の人だかりと化した。
「ちょ、ちょっと! 押さないで! 順番に並んでぇっ!」
ルチアナが悲鳴を上げるほどの熱狂ぶりである。
(……なるほど。これはイケるな)
ブルーシートの端でソロバン(100均)を弾きながら、太郎はニヤリと悪徳商人の笑みを浮かべた。
現代日本の地下アイドルやコンセプトカフェのビジネスモデルと同じだ。
彼らは『孫の手』や『肩たたき棒』という商品の実用性を求めているのではない。絶世の美少女(女神)から直接手渡しで商品を受け取り、一言二言会話を交わすという『体験』に価値を見出しているのだ。
「ルチアナ! ただ商品を渡すだけじゃダメだ! 買ってくれたお客さんの手を両手でしっかり握って、『お仕事頑張ってくださいね♡』って念を込めろ!」
太郎が鬼のような指示を飛ばす。
「えええっ!? わ、私が平民の男の手を握るの!?」
「サボったら顎粉砕だぞ」
「ヒィッ! 握りますぅ!」
ルチアナは涙目になりながらも、商品を買ってくれた客の手をギュッと両手で包み込んだ。
「あ、ありがとうございますっ! お仕事、頑張ってくださいねっ♡」
「おおおおおおっ!! 女神様ぁぁぁっ!!」
「俺、明日から魔物の巣窟に単身突撃してくる!!」
「もう一周並ぶ! 財布の中身が空になるまで並ぶぞおおっ!!」
広場は完全に『ルチアナの握手会(物販会場)』と化していた。
100円(銅貨1枚)で仕入れた孫の手やツボ押し棒が、銀貨1枚(1000円相当)のぼったくり価格で飛ぶように売れていく。利益率は相変わらずの1000%だ。
「おい、もっと商品を並べろ! 在庫を切らすな!」
「太郎様、売上が凄まじい勢いで伸びておりますわ」
太郎の指示で、ルナが次々と100均アイテムをホログラムパネルから実体化させ、段ボールから補充していく。
「あわわわ……手が、手が千切れそう……! もう笑顔の筋肉がピクピクしてるわよぉ……!」
ルチアナは押し寄せるオタクたちの波に揉まれ、完全に疲労困憊になりながらも、背後のキャルルの殺気に怯えて必死に営業スマイルを振り撒き続けた。
***
数時間後。夕暮れ時。
「本日の営業は、これにて終了でーす! 皆さん、ありがとうございました!」
太郎が閉店を宣言すると、列に並んでいた男たちからは落胆の声が上がったが、皆満足げな顔で孫の手や肩たたき棒を握りしめて帰っていった。
「……お、終わったぁ……」
ルチアナはブルーシートの上に大の字になってぶっ倒れ、白目を剥いてゼェゼェと荒い息を吐いていた。
「疲れた……もう一歩も動けない……。私の美貌が、こんな安い日用品を売るために消費されるなんて……」
「お疲れ様、ルチアナ。よく頑張ったな」
太郎はチャリン、チャリンと売上金を計算しながら、ルチアナの胸の上に『小さな麻袋』をポイッと放り投げた。
「……なにこれ?」
ルチアナが重い体を起こして麻袋を開けると、中には銅貨がジャラジャラと入っていた。
「今日のバイト代だよ。5時間働いたから、時給800円(銅貨8枚)×5時間で、4000円(銅貨40枚)だ」
太郎は、悪魔のように冷徹な笑顔で宣告した。
「よ、よんせんえん……?」
ルチアナは、手のひらに乗った銅貨の重さと、自分の借金『100万円』という途方もない数字を頭の中で計算した。
1000000 ÷ 800 = 1250。
「……あと、1250時間もこの労働を続けなきゃいけないの……?」
ルチアナの瞳から、ポロポロと絶望の涙がこぼれ落ちた。
「そういうことだ。明日も朝9時に広場集合だからな。遅刻したら時給減らすぞ」
太郎が容赦なく告げる。
「うわああぁぁん! ガチャなんて……二度とガチャなんて回さないわよぉぉぉっ!!」
広場に響き渡る駄女神の悲痛な叫び。
しかし、太郎は知っていた。ギャンブル依存症の「二度とやらない」ほど信用できない言葉はこの世にないということを。
太郎の『借金返済エンタメ・ビジネス』は、まだ始まったばかりであった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




