EP 5
【就活お祈り野菜の誤爆】「折れたスのトラウマと、泣き崩れる世界神」
「……ちくしょう、ちくしょう! あの泥棒天使め、私の太客と大トロを奪って、のうのうと笑いやがって……っ!」
ルナキンの厨房の隅。
元人魚姫のリーザは、ブツブツと恨み言を呟きながら、まかない用の野菜を包丁でザク切りにしていた。
先ほどの『カツ丼10杯ヤラセチャレンジ』で満腹にはなったものの、精神的な屈辱(と胃薬代の天引き)は彼女の心に暗い影を落としている。
「おい、リーザ。手が止まってるぞ」
「ヒッ!? タ、タクミ様! ちゃんと働いてますわよ!」
「ルチアナが、お前の作ってるまかない用のサラダを少し食べたいそうだ。適当に小皿に取り分けて持って行ってやってくれ」
俺がそう伝えると、リーザは「はーい」と気の抜けた返事をして、ボウルの中の野菜を適当にトングで掴んだ。
その時、彼女の目に『第三ビニールハウス』から適当に間引いてきた野菜の山が映った。
普通のレタスに混じって、一枚だけ、なぜか『ズーン……』と暗いオーラを放ち、葉っぱの先が力なく折れ曲がっているレタスがある。
「あら? なんか元気のないレタスですわね。まぁ、ドレッシングをかければ誤魔化せますわ!」
リーザは何も考えず、そのシナシナのレタスを千切って、ルチアナ用の小皿に盛り付けた。
俺が100均で出した『すりおろしオニオンドレッシング』をたっぷりとかけ、ルチアナの待つボックス席へと運んでいく。
——この時のリーザは、自分の『適当な仕事』が、天界のトップを精神崩壊に追い込むことになるとは、夢にも思っていなかった。
「お待たせいたしましたー! まかない特製・フレッシュグリーンサラダですわ!」
「おっ、サンキュー! いやー、二郎系ラーメンの後は、やっぱり生野菜で血糖値のスパイクを抑えないとね!」
ジャージ姿のルチアナは、ご機嫌な様子でフォークを手に取った。
向かいの席では、ラスティアが「私はお腹いっぱいだから遠慮しとくわ」と、食後のメロンソーダをすすっている。
「どれどれ。ポポロ村の無農薬野菜、いただきまーす!」
ルチアナは、サラダの頂上に乗っていた『葉先の折れ曲がったレタス』をフォークで刺し、大きな口を開けてパクリと頬張った。
シャキッ。
瑞々しい音が響いた、その瞬間である。
——ピタッ。
ルチアナの動きが、彫像のように完全に停止した。
フォークを持ったまま、瞬き一つしない。
いや、それだけではない。彼女の瞳孔が限界まで開き、その目に映る光が、急速に『虚無』へと吸い込まれていくのが分かった。
「ルチアナ? どうしたのよ、固まっちゃって。そんなに美味しいの?」
ラスティアが不思議そうに顔を覗き込むが、返事はない。
なぜなら今のルチアナの脳内(精神世界)では、この世で最も恐ろしい『テキスト』が、直接脳髄に語りかけていたからだ。
『——拝啓、第3種惑星創造神格公務員・ルチアナ様』
真っ白な空間に、無慈悲な明朝体の文字が浮かび上がる。
『この度は、「銀河神・第一級統括ポスト昇格試験」にご応募いただき、誠にありがとうございました。
厳正なる書類選考および、第三次面接の結果をお知らせいたします』
「え……? あ、ああ……っ」
現実世界のルチアナの口から、ヒュッ、と息を呑む音が漏れた。
『慎重に協議を重ねました結果——
【誠に残念ながら、今回はご希望に添いかねる結果となりました。】』
「あぁっ……!」
『ルチアナ様のこれまでのアナステシア世界でのご尽力には深く感謝申し上げるとともに、ルチアナ様の今後のより一層のご活躍とご健勝を、心より【お祈り申し上げます】。
——天界人事局・昇格審査委員会より』
通称、お祈りメール。
前世の就職活動において、数多の就活生の心をへし折り、トラウマを植え付けた絶望の定型文。
ルチアナが口にしたのは、ポポロ村の第三ビニールハウスで栽培されている怪異野菜——**『折れたス(中途採用・お祈り種)』**だったのだ。
食べた者の脳内に「人生で一番欲しかったポジションからの不採用通知」をテレパシーで直接送り込み、精神を再起不能レベルまで破壊するという、特級呪物指定の生野菜である。
カランッ……。
ルチアナの手からフォークが滑り落ち、皿に当たって乾いた音を立てた。
「ウ……ウウッ……」
「ルチアナ? ちょっと、マジでどうしたの!?」
「ウワァァァァァァァァァァァァンッ!!!」
突如、世界神ルチアナがファミレスの床に崩れ落ち、大粒の涙をボロボロとこぼして幼児のように泣き叫び始めた。
「なんでよぉぉぉっ! 筆記試験、あんなに頑張って勉強したのにぃぃっ! 面接官のゼウスのジジイには『君の企画書は素晴らしいね』って言われたのにぃぃぃっ! 完全な手応え(フラグ)だったじゃないのよぉぉぉっ!」
「えっ!? は!? な、なに泣いてるのよあんた!」
ラスティアがパニックに陥り、オロオロと立ち上がる。
だが、ルチアナの泣き声は止まらない。床をバンバンと拳で叩きながら、日頃の不満と絶望をぶちまける。
「私の管理してる世界だけ、ずっと予算カツカツで! 私の給料なんて、推しのアクスタ買ったらスッカラカンなのに! 銀河神になれば、お給料三倍になるって聞いたから……っ! 徹夜で神界の志望動機書いたのにぃぃぃぃっ! なんで『お祈り』すんのよぉぉっ! 私の時間を返せぇぇぇっ!!」
「お、落ち着きなさいよ! 鼻水出てるわよ世界神!」
大号泣するジャージの神と、慰めるゴスロリ魔王。
あまりにもカオスな光景に、厨房から様子を見に来た俺は、ルチアナの食べかけのサラダを見てすべてを悟った。
「……おい、リーザ」
「は、はいっ! 何でしょうタクミ様!」
「お前、このサラダに『折れたス』を入れたな」
俺が底冷えするような声で問うと、リーザはビクッと肩を震わせた。
「お、折れたス? なんですのそれ! 私はただ、第三ビニールハウスにあった、ちょっと元気のないレタスを……」
「それが『折れたス』だ。食べた者に『就活のお祈りメール』の幻覚を見せて精神を破壊する魔植物だ。俺が『危険だから隔離して育てろ』って言っただろ」
「ひぃぃぃっ! ごめんなさいですわぁぁっ!」
俺はため息をつき、ポケットから銅貨を取り出した。
「インストール——『100均の保湿ローション配合・超高級やわらかティッシュ』」
俺は箱ティッシュを召喚し、床で泣きじゃくるルチアナの鼻にポンッと押し当てた。
「ほら、チーンしろ。鼻水垂らしてたら推し(月人君)に笑われるぞ」
「ズビィィィィィッ! タクミくぅぅぅん! 祈られた! 私、お祈りされちゃったのぉぉっ! 私のキャリアアップがぁぁっ!」
「はいはい、ヨシヨシ。神界の人事に見る目がないだけだ。泣きたいだけ泣け」
俺は100均の極上ティッシュで、世界神の涙と鼻水をひたすら拭き続けた。
ニャングルがカウンターの奥で、「アカン、あの野菜だけはジュネーヴ条約で禁止せな、世界が滅ぶで……」とガタガタ震えている。
「……う、うぅ……ん……」
その頃、ルナキンの外の駐車場。
資源ゴミとしてキャルルに縛られ、転がされていた悪徳コンサルのゲスマンが、意識を取り戻しつつあった。
「お、俺は……一体……。そうだ、店に入った途端、とんでもないプレッシャーで……」
ゲスマンがフラフラと立ち上がり、店の方を睨みつける。
屈強なゴロツキの部下たちも、呻き声を上げながら目を覚まし始めていた。
「ふざけやがって……! どんな罠を仕掛けたのか知らんが、舐めるなよ。俺のバックには巨大商会がついているんだ! 力ずくで店をぶっ壊して、全員土下座させてやる!」
怒りに顔を真っ赤にしたゲスマンが、再びルナキンへと殴り込みをかけようと拳を握りしめる。
だが、彼らはまだ気づいていなかった。
店の奥では、メンタルを完全に崩壊させた世界神が暴れ、それに八つ当たりされる羽目になる『強欲アイドル(リーザ)』の怒りのボルテージが限界に達しつつあることに。
モブの襲撃など一顧だにされない、俺たちのドタバタな日常。
次なる大炎上の火種は、すでに導火線に火がついていたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「お祈りメールのトラウマ、えげつなすぎるww」
「世界神ルチアナの給与事情と就活事情(涙)」
「ファミレスの床で大号泣する神様、シュールすぎるでしょ(笑)」
「モブのゲスマン、完全に眼中になくて草」
と、ルチアナの悲惨すぎる不採用通知(誤爆)に笑っていただけましたら、ぜひ画面下(または上)にある
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次回、第19話「【空飛ぶ特定班とGlock変身】モブの瞬殺と、泥沼の口論」
コンサルが再び暴れようとするも、キュララの配信&重火器で一瞬にして背景処理!? そして店内では、神と人魚の口論がヒートアップ! お楽しみに!




