EP 2
ルナキン飲み会! 人魚姫の顔面ゆで卵割りと、赤紙の束
ルナミス帝都の大通りに面した、庶民派ファミリーレストラン『ルナキン』。
帝都民の胃袋を安価で満たすこのファミレスのボックス席に、佐藤太郎と四人のヤバすぎる美少女、そして芋ジャージ姿の駄女神がギウギウに詰め込まれていた。
「ぷはぁーっ!! やっぱ昼間からタダで飲む酒は最高ねぇっ! 太郎、アンタももっと飲みなさいよ!」
「僕は未成年(地球基準)だからお茶でいいよ。……というか、なんでファミレスなんだよ。レンタカーで乗り付けたくせに」
太郎が呆れ顔で100円ショップのウーロン茶をすすると、ルチアナはジョッキに入った茶色い液体をガブガブと煽りながら笑った。
「仕方ないじゃない! 高級店に行こうって言ったら、太郎が『ルナキンか吉野家の二択だ』って言うんだもん! まぁ、ここの飲み放題のお酒も悪くないわね!」
テーブルの上には、山盛りのフライドポテトやソーセージの盛り合わせ、そしてルチアナが頼んだ『サケスキー』というアルコール度数の高い安酒のジョッキが何個も並んでいる。
そんなルチアナの隣で、異様なまでに甲斐甲斐しく動いている影があった。
芋ジャージ姿の地下アイドル人魚姫、リーザである。
「ささ♡ 女神様! サケスキーのおかわり、お持ちしましたわよ! さぁさぁ、グイッといっちゃってくださいませ!」
「お? 気が利くわね〜、青髪の子! いいわよいいわよ、私、世界神だからいくらでも飲めちゃうのよね〜♡」
リーザは満面の笑み(キャバクラのナンバーワンのような完璧な営業スマイル)を浮かべ、ルチアナの空いたグラスに次々と安酒を注ぎ足していく。
普段は他人の食べ物まで強奪する超強欲なリーザが、自ら他人に酒を注いで回るなど、異常事態以外の何物でもない。
「ねぇ太郎君。リーザちゃん、どうしちゃったの? なんだかすごくご機嫌取りしてるみたいだけど……」
キャルルが太郎の袖を引っ張りながら、ひそひそ声で尋ねる。
「……あいつの目を見てみろよ。完全に『獲物』を狙う目だ」
太郎が視線で促した先。リーザの視線は、ルチアナの顔ではなく、彼女の足元に置かれた『超高級そうなブランドバッグ』に釘付けになっていた。
(なるほど……。リーザの奴、ルチアナを『金持ちの太客』だと勘違いして、酔い潰して財布をスるか、お小遣いを巻き上げるつもりだな)
太郎は額に手を当てた。
ルチアナが着ているのは小汚いエンジ色の芋ジャージだが、足元にあるバッグだけは、帝都の貴族が持つようなハイブランドの品だった。リーザの『貧乏人特有の嗅覚』が、あのバッグの価値に反応したのだろう。
「ほらほら女神様! 今日は無礼講ですわ! 私の歌うアイドルソングに合わせて、イッキ! イッキですわーっ!」
「うぇーい! ワシャハハハ! 世界神の飲みっぷり、見せてやるわぁ〜!」
リーザの巧みなコールに乗せられ、ルチアナは限界を超えてサケスキーを胃袋に流し込んでいく。
そして、三十分後。
「……むにゃ。もう、ガチャは回さ……ないわよぉ……すぅ……」
ドンッ! という音とともに、ルチアナはテーブルに突っ伏し、見事に完全な泥酔状態へと陥った。
「ふふふ……チョロい。チョロすぎますわ」
リーザの営業スマイルが、突如として『悪代官』のような極悪な笑みへと変わった。
彼女は素早い動きでルチアナの足元からブランドバッグを引き寄せると、周囲の目を盗むようにしてバッグの留め具に手をかけた。
「おいリーザ、犯罪だぞ。やめとけ」
太郎が注意するが、リーザの耳には届かない。
「ご心配なく、プロデューサー! これは私のお酌に対する正当な『チップ』ですわ! この高そうなバッグの中には、きっと金貨がザックザク……ん?」
リーザがバッグを開け、中身を覗き込んだ瞬間。
彼女の動きが、ピタッと止まった。
「……リーザ?」
太郎が首を傾げる。
リーザは震える手で、バッグの中から『それ』を取り出した。
金貨ではない。札束でもない。
それは、分厚い束になった『真っ赤な封筒』の山だった。
「……『最終督促状』……『差し押さえ予告』……『大宇宙ローン・返済滞納のお知らせ』……?」
リーザが、赤い封筒に書かれた文字を一つ一つ、乾いた声で読み上げていく。
「え?」
太郎が思わず身を乗り出す。
「……プロデューサー。このバッグ、よく見たら裏側に『質屋・大黒堂(レンタル品)』ってタグが付いてますわ」
リーザの声から、先ほどまでの強欲さが完全に消え失せていた。
彼女はバッグの中身をテーブルの上にひっくり返した。
出てきたのは、数枚の小銭(銅貨)と、穴の空いた靴下、そして『エンジェルスマートフォン・課金限度額到達のお知らせ』という絶望的な通知書の束だけだった。
静寂が、ルナキンのボックス席を包み込んだ。
ルナミス帝都の一等地で、大いなる世界神の真実が白日の下に晒された瞬間である。
「…………」
リーザは、赤い督促状の束と、テーブルに突っ伏してよだれを垂らしながら寝ているルチアナを交互に見つめた。
そして。
「……お仲間、ですのね」
リーザの瞳から、一筋の熱い涙がこぼれ落ちた。
それは、明日のパンの耳すら買えず、公園の冷たいベンチで震えながら夜を明かしたことのある者だけが持つ、深く、重い『貧困の連帯感』だった。
「リーザちゃんが泣いてる……! よっぽど自分と重なるものがあったのね……!」
キュララがエンジェルスマートフォンでその様子を動画に収めながら、もらい泣きをしている。
「……太郎様。これは、あまりにも不憫ですわ。いっそ私の魔法で、彼女の存在ごと苦しみのない無の世界へ還してあげた方が……」
ルナがおっとりと恐ろしい慈悲を提案するが、太郎は無言で首を横に振った。
リーザは涙を拭うと、テーブルの上に置かれていたサラダの盛り合わせから、『ゆで卵』を一つ手に取った。
そして、ゆっくりとルチアナの頭を掴み、その顔面を上へと向けさせた。
「……食べて、生きてくださいませ。同志」
――ガシャァッ!!
「ふぎゃあっ!?」
鈍い音とともに、リーザはルチアナの美しき女神の額に、全力でゆで卵を叩きつけた。
突然の強烈な物理的衝撃に、泥酔していたルチアナが悲鳴を上げて目を覚ます。
「い、痛ぁっ!? なによ!? 隕石でも落ちてきたの!?」
ルチアナが涙目で混乱している隙に、リーザは神速の手さばきで、額でヒビを割ったゆで卵の殻をツルンッ!と剥き取った。
「あーん、ですわ!」
「え? むぐっ!?」
リーザは剥きたてのゆで卵を、ルチアナの口の中に強引にねじ込んだ。
「モゴッ!? モゴゴゴゴッ!?」
白身と黄身が口いっぱいに広がり、ルチアナは目を白黒させながら必死に咀嚼する。むせ返りそうになる彼女の背中を、リーザはバンバンと力強く叩いた。
「栄養をつけなさい! 借金取りから逃げるには、体力が必要ですのよ! どんなに生活が苦しくても、空腹だけは敵ですわ! 噛んで! 飲み込むのですわぁっ!」
「んぐっ、ごっくん……! げほっ、ごほっ! な、なんなのよアンタ!? 殺す気!?」
涙目になりながら咳き込むルチアナの肩を、リーザはガシッと抱き寄せた。
「女神様。見栄を張る必要はありませんわ。私たちは、魂の底から通じ合った『貧乏姉妹』ですのよ」
「……は?」
ルチアナは口の周りに黄身をつけたまま、ぽかんと口を開けた。
「リーザがアンタのバッグの中身をぶちまけたんだよ」
太郎が、テーブルの上に散乱している赤い督促状の束を指差した。
「ああっ!? ちょ、見ないで! それは私のプライベートなトップシークレット……!」
慌てて督促状をかき集めようとするルチアナだったが、太郎は素早くその中の一枚を抜き取り、冷ややかな目で文面を読み上げた。
「……『大宇宙管理局・カスタマーハラスメント部より最終通告。ソシャゲガチャの過剰な課金および、無計画なリボ払いによる負債総額100万円について、直ちに返済せよ』……か」
太郎の絶対零度の視線が、ルチアナを射抜く。
「なるほど。レンタカー代も払えないくらい、首が回らなくなってるってわけだ」
「ち、違うのよ! これは、その……世界を平和にするための必要経費というか……!」
ルチアナがしどろもどろになって後ずさりする。
「お前なぁ……」
太郎は深く息を吸い込み、ホログラムパネルを展開した。
この救いようのない駄女神に、経済と労働の厳しさを、骨の髄まで叩き込んでやる必要がある。
ルナキンの店内に、太郎の怒りのオーラが静かに、しかし確実に満ち始めていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




