第三章「駄女神降臨! 借金地獄と100均バイト、からのマグローザ漁船行き」
高級魔導車と、タカリに来た芋ジャージ駄女神
「ふぅ……今日もいい天気だな」
ルナミス帝都の一等地、鉄骨タワーマンションの1301号室。
ベランダから帝都の街並みを見下ろしながら、佐藤太郎は大きく伸びをした。
ゴルド商会との提携による『100均コスメ』の独占販売ビジネスは大成功を収め、彼らの口座には莫大な資金が流れ込み続けている。
「太郎君、お出かけの準備できたよ♡」
リビングに戻ると、キャルルがタローマン製の安全靴の紐をキュッと結び終えたところだった。ウサギの耳が楽しげに揺れている。
「プロデューサー! 今日のランチはギルドの近くにある、回らないお寿司屋さんでよろしいですわね!?」
リーザはすでにヨダレを垂らし、目を『¥』マークに輝かせている。
「あらあら、お寿司も良いですけれど、私は太郎様が作ってくださる豚汁とおにぎりが一番好きですわ」
ルナがおっとりと微笑みながら、世界樹の杖を片手に上品に立ち上がった。
「はーいみんな、お待たせっ☆ 帝都のトレンドリーダー、キュララちゃんも準備完了だよっ!」
キュララがフリフリの私服姿で、エンジェルスマートフォンを片手にウインクを決める。
今日の予定は、冒険者ギルドへの訪問だ。
ビジネスが軌道に乗ったとはいえ、太郎の身分はまだこの世界では不安定なままである。今後のためにも、身分証代わりになるギルドの登録更新や、帝都での冒険者事情の視察をしておこうという話になったのだ。
「それじゃあ、行こうか。キュララ、戸締まりよろしく」
「はーいっ!」
五人は連れ立ってエレベーターに乗り、マンションの一階、ガラス張りのエントランスへと降り立った。
オートロックの自動扉を抜け、帝都の眩しい日差しを浴びようとした、まさにその瞬間だった。
――キキィィィィィィィィッ!!
けたたましいスキール音と、魔力エンジンの重低音が響き渡り、一台の車がエントランスの目の前に急停車した。
それは、黒光りする流線型のボディに、純金であしらわれた装飾が眩しい『超高級魔導車』だった。馬ではなく、高純度の魔石を動力にして走る、帝都でも一握りの大貴族しか乗れないような代物だ。
「な、なんだ!?」
太郎が身構える。
「太郎君、下がって!」
キャルルが瞬時に太郎の前に飛び出し、ダブルトンファーを構えた。足元の安全靴から、チリチリと銀色の闘気が立ち上る。
「あらあら。私たちの命を狙う刺客でしょうか。それなら、この一帯を更地にして肥料に変えて差し上げますわ」
ルナが笑顔で世界樹の杖を掲げ、恐ろしい魔法の詠唱に入ろうとする。
「ちょっと待って! ここ私のマンションの前だから! 爆破しないでよ!」
キュララが慌ててルナを止める。
「みんな、ちょっと待って! 攻撃しちゃダメだ!」
太郎は三人のヤバすぎるヒロインたちを制止し、目を細めてその高級魔導車のナンバープレートを見つめた。
「あれ……ナンバープレートの端っこに、『わ』って書いてある。それに、ドアの下の方に小さく『帝都魔導レンタカー』ってステッカーが……」
「レンタカー?」
キャルルがウサギの耳を傾ける。
「ああ。超高級車に見えるけど、あれ、見栄を張るための『貸し出し用』の車だ」
経済学部の学生らしい、太郎の冷静な観察眼が光った。
シューゥゥ……。
太郎たちが戸惑っていると、魔導車の後部座席のガルウィングドアが、大げさな排気音とともにゆっくりと上に開いた。
中から、ドライアイスの煙のような過剰なスモークがモクモクと溢れ出す。
「ふふふ……よくぞここまで生き延びたわね、選ばれし勇者よ」
スモークの中から、芝居がかった威厳に満ちた声が響く。
そして、スラリと伸びた白い脚が車外へと踏み出した。
ペタッ。
アスファルト……ではなく石畳の地面を踏みしめたのは、ピンク色の『健康サンダル』だった。
視線を上に移せば、そこには絶妙にダサいエンジ色の『芋ジャージ』。
手にはピアニッシモ・メンソールの細いタバコを挟み、もう片方の手にはコンビニ袋のようなエコバッグをぶら下げている。
顔立ちだけを見れば、間違いなく絶世の美女。
世界神(第3種惑星創造神格公務員)、永遠の17歳こと、女神ルチアナであった。
「……久しぶりね、太郎。私がわざわざ会いに来てあげたわよ!」
ルチアナは健康サンダルを鳴らしながら、ババーン! と効果音がつきそうなドヤ顔でポーズを決めた。
静寂が、エントランス前を包み込んだ。
超高級リムジン(レンタカー)と、芋ジャージに健康サンダル。そのあまりにも脳がバグるような致命的なミスマッチに、太郎だけでなくヒロインたちも完全に言葉を失っていた。
「……何よ。感動で声も出ないってわけ? 感謝しなさいよね!」
ルチアナがフフンと鼻を鳴らす。
太郎は、数秒間ルチアナの姿を無表情で見つめた後。
「あ、駄女神様じゃないですか。それでは、ごきげんよう」
クルッ。
太郎は完璧な『回れ右』を決め、マンションのオートロックの扉へと踵を返した。
「ちょちょちょちょちょっ!? なんで帰ろうとしてるのよ!! 待ちなさいよ!!」
ルチアナが慌てて駆け寄り、太郎のジャージの裾をガシッと掴んだ。
「なんでって、用事がないからですけど」
太郎は冷ややかな、絶対零度の視線をルチアナに向けた。
「大方、僕が帝都でビジネスを当てて小金持ちになったって噂を聞きつけて、タカリに来たんでしょ?」
「ひっ!?」
図星を突かれたのか、ルチアナの肩がビクッと跳ねた。
「ち、違うわよ! 私はいちおう世界神として、異世界人の太郎がちゃんとアナスタシア世界で適応できているか、視察に来ただけだもん! 積もる話もあるでしょ!?」
ルチアナは目を泳がせながら必死に弁明する。
「レンタカーの高級車で乗り付けて見栄を張るあたり、絶望的にお金がない証拠だよね。それに、そのエコバッグの中にタッパーがいくつも入ってるの、僕の目には見えてるんだけど?」
「うっ……! そ、それは……!」
太郎の容赦のない観察眼とロジックに、女神の威厳(元から無いが)はズタズタに引き裂かれていく。
「……それに、私、喉が渇いたの。お腹も空いたの……」
ついに言い逃れを諦めたのか、ルチアナは潤んだ瞳で太郎を見上げ、モジモジと身をよじり始めた。
「ねぇ太郎〜。太郎きゅん? 私、昨日から水道水しか飲んでないの。ちょっとだけでいいから、美味しいご飯とシュワシュワしたお酒、ご馳走してくれないかなぁ? ねっ? 女神のお願い♡」
あざとくウインクを決めてくるルチアナ。
しかし、太郎の表情は微塵も崩れなかった。
(はぁ……やっぱりそういうことか。つまり、タダで飲み食いして、あわよくば食料をタッパーに詰めて持ち帰る気満々ってわけだ)
太郎は心の中で深々と、特大のため息を吐いた。
「プロデューサー、この芋ジャージの女、誰ですの? なんだか、私と同類の『極貧』の匂いがプンプンしますわよ!」
リーザが鼻をヒクヒクさせながら、ルチアナを警戒して睨みつける。
「なんだか知らないけど、あー君に気安く触らないでよね。おばさん」
キュララが腕を組んで冷たく言い放つ。
「お、おばさんじゃないわよ! 私は永遠の17歳よ!!」
ギャーギャーと騒ぎ始めたルチアナとキュララを横目に、太郎はこめかみを揉んだ。
(そうは行くかよ、駄女神。僕をこの理不尽な世界に蹴り落とした恨み、そしてタダ飯を食おうとするその厚かましさ……きっちり『経済の基本』を体に叩き込んでやる)
太郎の脳内で、ルチアナを合法的に労働力として搾取するための、新たな『悪知恵』が静かにスパークし始めていた。
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