EP 8
お賽銭型掃除機の大破壊! 律儀に待機するスライムと無駄に長い変身バンク
「ふはははは! まんまと引っかかったな、小娘!」
ルナミス帝都の郊外にひっそりと建つ、バルバトス男爵の豪奢な別邸。
その地下牢に縛り付けられたリーザを見下ろし、小太りの悪党貴族・バルバトス男爵は下劣な笑い声を上げていた。
「ゴルド商会に媚びを売り、この私をないがしろにした罪は重い。さぁ、あの『魔法のコスメ』の製法をすべて吐いてもらおうか! 言わないというのなら、痛い目を見ることになるぞ!」
男爵が鞭を片手に脅しをかけるが、椅子に縛り付けられたリーザは、キョロキョロと周囲を見回しているだけだった。
「……あの、男爵様?」
「なんだ、もう怯えたか?」
「『特上霜降り焼肉・食べ放題』の会場はどこですの?」
リーザの真っ直ぐな瞳に、男爵は鼻で笑った。
「馬鹿め! そんなものがあるわけないだろう! お前を誘い出すための罠に決まっている!」
「…………ふぇ?」
リーザの表情から、スッと感情が消え去った。
「な、ない……? 無料の焼肉が、ない……? 私の、ハラミとカルビが……嘘だった、と?」
「当たり前だ! さぁ、早く製法を――」
「万死に値しますわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
地下牢を揺るがすほどの、リーザの絶叫が轟いた。
空腹を極限まで焦らされた挙句、それが嘘だと知った極貧の地下アイドル人魚姫の怒りは、まさに神の逆鱗に触れたも同然だった。
バチンッ! と、リーザを縛っていた極太のロープが、彼女の腕力(怒りによるステータス異常バフ)であっさりと引きちぎられる。
「食べ物の恨みは恐ろしいと知りなさい! 貴方のすべてを吸い尽くして、慰謝料として請求してやりますわ!」
リーザはどこからともなく『お賽銭箱型掃除機』を取り出し、スイッチを最大出力(MAX)に押し込んだ。
ギュイィィィィィィィィィィィィンッ!!!!
ブラックホールもかくやという、凄まじい吸引力が地下牢に吹き荒れた。
「な、なんだこの掃除機は!? ぎゃあああっ! 私の、私の服がぁっ!」
男爵の着ていた高級なベルベットの服が、一瞬にして糸くずのように分解されて吸い込まれていく。
しかし、リーザの怒りはそれだけでは収まらなかった。
「足りませんわ! 焼肉食べ放題の元を取るまで、吸って吸って吸いまくりますわ!!」
掃除機のノズルが、地下牢の壁に向けられる。
ズゴゴゴゴゴッ! という轟音とともに、壁のレンガが、鉄格子の扉が、そして地下室を支える太い大黒柱までもが、文字通り『根こそぎ』掃除機の内部へと吸い込まれていった。
「あ、アホな!? 建材まで吸い込む気か!? や、やめろぉぉぉっ! 屋敷が、私の別邸が崩れるぅぅぅっ!!」
男爵の悲鳴は、瓦礫の崩落音にかき消された。
***
「……えーと。地図の座標だと、ここがバルバトス男爵の別邸のはずなんだけど」
太郎たちが、空飛ぶ絨毯(ルナの魔法)に乗って目的地に到着した時。
そこにあるはずの立派な三階建ての豪邸は、跡形もなく消え去っていた。
見渡す限りの『更地』である。
屋敷の塀も、庭の美しい木々も、噴水も、すべてが物理的に消滅し、ただの土の広場と化している。
そして、その更地の中央で。
「あ、プロデューサー! 皆様も! ちょうど焼き上がったところですわ〜♡」
芋ジャージ姿のリーザが、屋敷の残骸(数本の木材と男爵の高級家具の破片)で焚き火を作り、のんきに『焼き芋』を焼いていた。
「リーザちゃん……あんた、本当に屋敷ごと吸い尽くしたのね」
キャルルが呆れたようにため息をつく。
「あらあら。お肉は食べられなかったようですけれど、お芋が美味しそうに焼けておりますわね」
ルナがおっとりと拍手をする。
太郎は額に手を当て、焚き火の傍らでガタガタと震えている『白いパンツ一丁の小太りなおじさん』を見下ろした。
屋敷も、財産も、服もすべてを吸い取られ、完全に放心状態となっているバルバトス男爵その人である。
「……だから言っただろ。よりによってリーザを人質に取るなんて、バカな真似をするから……」
太郎が深く同情していると、男爵がハッと我に返り、血走った目で太郎たちを睨みつけた。
「き、貴様らぁぁっ! 私の……私の全財産をぉぉぉっ! 許さん、絶対に許さんぞぉぉぉっ!」
男爵はパンツの裏地に隠し持っていた、最後の切り札である『緑色の魔石』を握りしめた。
「ええい! こうなったら道連れだ! いでよ、すべてを溶かし尽くす最凶の化身! 『バイオスライム』よ!!」
男爵が魔石を地面に叩きつけると、ドロドロとした緑色の粘液が間欠泉のように噴き出し、瞬く間に体高三メートルを超える巨大なスライムへと姿を変えた。
ズブブブ……と不気味な音を立てるその体は、触れるものすべてを溶かす強酸の性質を持ち、物理攻撃も魔法攻撃も吸収してしまうという、極めて厄介なモンスターだ。
「ギャハハハハ! 食い殺せ! あの忌々しいジャージの小娘も、お前らも、全員溶かして私の養分にしてやる!!」
男爵が狂ったように笑い声を上げた、その瞬間。
「そこまでよ! 悪事を働く悪い子たちは、キュララちゃんと愉快な仲間たちがやっつけるんだからっ☆」
上空から、天使の羽を広げたキュララが舞い降りてきた。
彼女の周囲には、何台もの小型の魔導ドローンカメラが飛び回り、様々なアングルから彼女の姿を捉えて全世界へと生配信している。
「みんなー! 緊急配信だよっ! 悪党貴族が街でモンスターを暴れさせようとしてるの! 今からこのキュララちゃんが、正義の鉄槌を下しちゃうよ! スパチャよろしくねっ☆」
キュララはカメラに向かってバッチリとウインクを決めると、天高く右手を突き上げた。
「いくよっ! キュララ〜、マジカル超変身〜っ★!!」
キュララの叫びとともに、彼女のエンジェルスマートフォンから、無駄に壮大でテンポの遅い『変身BGM』が流れ始めた。
シャララララ〜ン♪ という効果音とともに、キュララの周囲にピンクとゴールドの光の粒子が渦を巻き始める。
「光の精霊よ、私に力を……! きゅるるんっ☆」
ゆっくりとした動作で腕をクロスさせ、光の粒子が少しずつ、本当に少しずつ、彼女の体に『聖騎士の鎧』を形成していく。
まずは右足のブーツが完成し、カメラに向かってウインク。
次に左手のガントレットが完成し、ウインク。
胸当てが完成する前に、無駄にキラキラしたエフェクトが画面を埋め尽くす。
「な、何を悠長なことをやっているんだあいつは!?」
男爵が目を剥いた。
「今だ、バイオスライム! あの無防備な天使を今すぐ溶かせ!! 隙だらけだぞ!!」
男爵の命令を受け、バイオスライムがキュララに向かってドロドロと進み出た。
……が。
スライムはキュララの目の前でピタリと止まると、体の一部を器用にニュッと腕の形に伸ばし……どこから取り出したのか、一本の『タバコ』を口(のような部分)に咥えた。
そして、指先から小さな酸の火花を出して器用に火をつけ、スゥゥゥ……と深々と煙を吸い込み、プハァ〜ッと紫煙を吐き出した。
「…………は?」
男爵の頭に、巨大なハテナマークが浮かんだ。
「何をしているんだお前はぁぁっ!? 攻撃しろ! なぜタバコを吸って待っているんだあぁぁっ!?」
男爵が発狂したように叫ぶ。
しかし、バイオスライムは「まぁまぁ、落ち着けよ」とでも言いたげに、プルプルと体を揺らしながらタバコの灰を地面に落とし、律儀にキュララの変身が終わるのを待機し続けた。
「……男爵さん。あんた、分かってないな」
遠くからその様子を傍観していた太郎が、ため息まじりに同情の声を投げかけた。
「は?」
「『変身バンク』の最中は、絶対に攻撃しちゃいけないんだよ。それはモンスターの世界でも暗黙の了解なんだ。あのスライム、見た目はグロいけど、かなり空気の読めるイイ奴だと思うよ」
「そんなふざけたルールがあるかぁぁぁっ!!」
タバコを吸うスライム。発狂するパンツ一丁の男爵。そして、すでに三分以上が経過しているのにまだ胸当てまでしか完成していない、無駄に長い変身バンクを披露し続けるキュララ。
焼き芋を貪り食うリーザと、それに付き合ってお茶を飲むエルフ。
(うん、この世界のシリアスライン、もう完全に崩壊してるな)
太郎は、100円ショップのスキルを開く準備をしながら、このカオスすぎる茶番劇の終わりを静かに待つのであった。
読んでいただきありがとうございます。
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