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EP 7

悪党貴族の罠! 強欲の貧乏神、特上焼肉食べ放題で釣られてあっさり拉致される

ルナミス帝都の裏通り。

華やかな大通りから一本外れた薄暗い路地で、男たちが息を潜めていた。

彼らは帝都の下級貴族――オロチ会長が言うところの『タチの悪い悪党貴族』――に雇われたゴロツキたちである。

「ターゲットが来たぞ。あの青髪で、エンジ色の妙な服(芋ジャージ)を着た女だ」

「マジかよ。あんな貧相な小娘が、今帝都を騒がせている『幻の魔法コスメ』の利権を握る組織のメンバーなのか?」

「ああ。だが、間違いない。他のウサギ女やエルフは隙がないが、あいつは毎日この時間になると、一人でパン屋の裏口を徘徊して『パンの耳』を漁っているらしい。……狙うならあいつしかいない」

ゴロツキのリーダー格が、ニヤリと陰湿な笑みを浮かべた。

彼らの雇い主である悪党貴族は、ゴルド商会の超VIP枠から漏れたことで激怒し、製造元である太郎たちを力ずくで脅し、コスメの製法と利権をすべて奪い取ろうと画策していた。

そこで最も与しやすそうな、見るからに貧弱で隙だらけの少女――リーザ・シーラン・リヴァイアサンに白羽の矢が立ったのである。

「おい、例の『罠』を用意しろ」

男の一人が、路地の角からヒョイと顔を出し、歩いてくるリーザの目の前に一枚のチラシを差し出した。

そこには、デカデカとこう書かれていた。

『本日限定・特上霜降り焼肉! 食べ放題無料ご招待チケット』

「…………ふぇ?」

路地に落ちている銀貨や試供品を探して地面を這いずり回るように歩いていたリーザが、ピタッと足を止めた。

彼女の瞳が、チラシの『特上焼肉』と『無料』という文字に釘付けになる。

「む、無料……!? お肉が、タダで……しかも食べ放題ですの!?」

「あ、ああ、そうだ。お嬢ちゃん、運がいいな。もしよかったら、俺たちの馬車でその会場まで案内するぜ?」

ゴロツキたちが、リーザを囲むように路地からヌッと姿を現した。

普通なら、どう見ても怪しい男たちに囲まれれば警戒して逃げるか、悲鳴を上げる場面だ。

しかし、雑草とパンの耳で飢えを凌いできた極貧の地下アイドル人魚姫にとって、そんな常識は通用しなかった。

「行きますわ!! 今すぐ! 0.1秒でご案内してくださいませ!!」

「えっ」

リーザは男たちに警戒するどころか、自らゴロツキの腕をガシッと掴み、目を血走らせて猛烈な勢いで迫った。

「早く! 私の胃袋はすでにスタンバイOKですのよ! 牛の部位ならハラミとカルビを所望しますわ! さぁ、早く馬車をお出しなさいな!!」

「お、おう……じゃあ、乗れ」

ゴロツキたちは、あまりにもあっさりと罠(?)に引っかかったリーザに戸惑いながらも、彼女を窓に黒いカーテンが引かれた怪しい馬車へと押し込んだ。

「フフフ、チョロい小娘だぜ。これでコスメの製法は俺たちの雇い主の――」

「運転手さん! 早く! 焼肉が焦げちゃいますわよ!!」

馬車の中からリーザが壁をガンガンと叩いて急かす音が響く。

こうして、悲壮感も緊迫感も一切ないまま、リーザの『拉致事件』はあっけなく完了したのである。

***

それから一時間後。

タワマンの最上階、1301号室。

「た、大変よ! 太郎!!」

バンッ! とリビングの扉が勢いよく開き、キュララが血相を変えて飛び込んできた。

彼女の背中には白い羽がバタバタと羽ばたき、エンジェルスマートフォンを握りしめている。

「どうしたの、キュララ。そんなに慌てて」

佐藤太郎は、ソファに座って100円のドリップコーヒーを優雅にすすっていた。

その隣では、キャルルがタローマン製安全靴のツヤ出し(100均の靴磨きセットを使用)を念入りに行っている。

「私の配信のリスナー(特定班)からタレコミがあったの! リーザちゃんが、街角で怪しい男たちに黒い馬車に押し込まれて、そのまま郊外にある『バルバトス男爵』って悪党貴族の屋敷に連れ去られたって!」

「バルバトス男爵……あー、オロチ会長が言ってた、うちの化粧品の利権を狙うタチの悪い下級貴族か」

太郎はコーヒーカップをコトリとテーブルに置いた。

「……で? 太郎、どうするの!? 早く助けに行かないと、リーザちゃんが拷問されて、コスメの製法(100均スキル)を吐かされちゃうわよ!」

キュララがパニックになって叫ぶが。

「へぇ。あの子、拉致されたんだ」

キャルルは靴を磨く手を止めず、心底どうでもよさそうに呟いた。

「あらあら。今日の夕飯は三人分でよろしいのですわね?」

キッチンでお茶を淹れていたルナも、おっとりと微笑んでいる。

「ちょ、ちょっと! あんたたち、同居人が誘拐されたのよ!? なんでそんなに冷静なの!?」

キュララが目を丸くして二人にツッコミを入れる。

「いや、キュララ。冷静にもなるさ」

太郎は深く、それはもう深いため息を吐きながら、哀れみすら感じる目で窓の外――バルバトス男爵の屋敷があるであろう郊外の空を見つめた。

「よりによって、リーザを人質に取るなんて……。あの男爵、自分のやってる事の恐ろしさが全く分かってないんだな」

「……え?」

「いいかい、キュララ。リーザはただのアイドルじゃない。彼女のユニークスキルは『貧乏神』だ」

太郎は顔を引きつらせながら説明を始めた。

「悪運耐性がMAXで、どんな理不尽な状況でも死なない代わりに……彼女の持つ『お賽銭箱型掃除機』は、対象の能力、運気、全財産、電子マネー、隠し財産、さらには建物の建材に至るまで、ありとあらゆるものを根こそぎ吸い上げて没収する、歩くブラックホールみたいなもんだ」

「えっ……」

「そんな爆弾を、自ら『自分の屋敷(アジト)』に招き入れるなんて……戦略的に見たら、自分の金庫室に戦術核兵器をデリバリーしたのと同じだ。……むしろ僕たちは、拉致されたリーザじゃなくて、これから身ぐるみ剥がされる誘拐犯たちの身を案じてあげるべきだと思うよ」

太郎の極めて冷静な、しかし絶望的な解説を聞いて、キュララはピタッと固まった。

「そ、そういえば……あの子、この前ファミレスで『お小遣いくださいまし!』って掃除機を暴発させた時、店長さんの服からパンツまで一瞬で吸い込んで丸裸にしてたわね……」

キュララの顔からスッと血の気が引く。

「……ねえ、太郎。もしリーザちゃんが男爵の屋敷で暴れたら、あの貴族、どうなるの?」

「パンツ一丁で、借金まみれになって放り出されるんじゃないかな」

太郎は遠い目をして答えた。

「それだけならまだマシよ。リーザちゃん、最近『お金持ちの家の柱って高く売れるんですのね』って、建築資材の相場まで調べ始めてたから……。最悪、屋敷ごと解体されて更地にされるかも」

キャルルがボソリと恐ろしい補足を付け加える。

「…………」

リビングに、重苦しい沈黙が落ちた。

本来なら「囚われのヒロインを救出に行く」という胸熱なシチュエーションのはずが、今この部屋にいる全員が、悪党貴族への深い同情と哀れみで心を一つにしていた。

「……はぁ。一応、様子を見に行こうか。悪党とはいえ、リーザに屋敷を完全破壊されてホームレスにされるのは流石に不憫だし」

太郎が立ち上がると、キャルルも嬉しそうに立ち上がった。

「うんっ! 太郎君とお出かけ、嬉しいな♡ もし悪党が太郎君を睨んだら、その眼球ごと顔面を蹴り飛ばしてあげるからねっ!」

「私も行くわ! 悪党が更地にされてパンツ一丁で泣き叫ぶところなんて、絶対配信映えするもん! 特定班に身元を洗わせて、社会的にも抹殺してやるわ!」

キュララがエンジェルスマートフォンのカメラを起動し、悪魔のような笑みを浮かべる。

「あらあら、私も同行いたしますわ。もし男爵様がお怪我をされたら、私の魔法で強制的に回復させて、もう一度リーザさんに吸い取られる無限ループを楽しんでいただきますのよ♡」

ルナがおっとりと、最もサイコパスな発言を口にした。

(やっぱり、この村(シェアハウス)の連中が一番ヤバいな……)

太郎は額の汗を拭いながら、心中で深く突っ込んだ。

こうして、微塵も緊張感のない『人質救出(誘拐犯の保護)作戦』が、タワマン最上階からゆるゆるとスタートしたのである。

読んでいただきありがとうございます。

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