EP 6
踊る貴族と大物商人。盤上を支配する『悪知恵』の証明
「……いやはや。おみゃーさんの仕掛けた盤上には、完全に一本取られたがや」
ルナミス帝都の一等地。ゴルド商会が所有する超高級な迎賓館のVIPルームにて、オロチ会長は深いソファに身を沈めながら、愉快そうに喉を鳴らした。
巨大なマホガニーのテーブルを挟んで、佐藤太郎は出された高級な紅茶に口をつけていた。彼の隣では、護衛として同行したキャルルが、オロチや周囲のボディーガードたちに対して隙のない警戒の視線を向けている。
テーブルの上には、封蝋が押された高級な羊皮紙の手紙が、文字通り『山』のように積み上げられていた。
「これ、全部帝都の貴族どもからワシのところに届いた手紙だでよ」
オロチは太い指で手紙の山をトントンと叩いた。
「『金に糸目はつけないから、例の魔法コスメを最優先で回してくれ』『妻と娘が欲しがって発狂しそうだ』……朝から晩まで、有力貴族からの催促が引っ切り無しだがや」
オロチの縦に細く割れた蛇の瞳が、ニヤリと笑みの形に歪む。
「ワシらとの卸売契約が決まった後も、おみゃーさんは市場にほとんど商品を流さなかった。ただ生産が追いついていないだけかと思っとったが……違ったな。わざと供給を絞って、貴族どもを飢えさせたんだ。ブランド価値を極限まで高める『品薄商法』……ただの若造が思いつく手口じゃにゃあ」
「買い被りですよ、オロチ会長。僕はただ、少しでも商品を高く、長く売るための工夫をしただけです」
太郎は冷静に返しつつ、内心ではホッと胸を撫で下ろしていた。
目論見通りだ。意図的な品薄によって市場の飢餓感を煽ったことで、『キュララ・コスメ』は今や帝都で最も手に入らない幻のステータスシンボルとなっていた。
「さぁて、市場の需要は最高潮に達しとるがや。おみゃーさん、ここからどう動くつもりだ?」
オロチが、試すような視線を送ってくる。ここが、本物の商人としての価値を測る最終テストだ。
太郎はコトリとティーカップを置き、真っ直ぐにオロチの目を見据えた。
「――『市場の二極化』を行います。ここからが、ゴルド商会と結んだ卸売契約の真骨頂です」
「ほう?」
「現在、コスメはキュララの配信サイトで少量の『抽選販売』のみ行っています。これは平民や下級貴族でも運が良ければ手に入る、いわば『話題作り』と『宣伝』のためのルートです。……しかし、これとは別に、ゴルド商会にだけ特別に『超VIP向けの確約枠』を毎月定期納品します」
太郎の言葉に、オロチの眉がピクリと動いた。
「オロチ会長。この特別枠のコスメを、貴方の手から直接、帝都の有力な高位貴族たちへ『恩着せがましく』融通してやってください」
「……!」
「彼らは金ならいくらでも持っています。通常価格の百倍、金貨数十枚で売りつけても喜んで買うでしょう。……ですが、本当の狙いは目先の利益じゃない」
太郎は身を乗り出し、声を一段低くした。
「『あの手に入らない幻のコスメを、ゴルド商会のオロチ会長の口利きなら手に入れられる』。この事実こそが重要なんです。高位貴族たちは化粧品を手に入れると同時に、貴方に対して莫大な『借り』を作ることになる。……オロチ会長、貴方はこの商品を武器に、貴族社会における政治的な影響力を盤石なものにできるはずです」
VIPルームに、恐ろしいほどの静寂が落ちた。
オロチのボディーガードたちすら、一馬力のただの若造の口から飛び出した、あまりにも狡猾で完璧な『政商』としての戦略に、息を呑んでいる。
数秒の沈黙の後。
「――っ、カッカッカッカッカッカッ!! ガハハハハハハハハハハハッ!!」
オロチは天を仰ぎ、腹の底から豪快な大爆笑を爆発させた。
「すげぇ! どえりゃあすげぇ若造だがや! ワシに商売の利益だけじゃなく、高位貴族の首輪を握るための『政治のカード』まで渡してくるとはな!」
オロチは立ち上がり、ドスドスと太郎の元へ歩み寄ると、その肩をバシバシと力強く叩いた。
「痛っ、痛い痛い!」
「おっと、すまんにゃあ。あまりにも見事な悪知恵に、年甲斐もなく興奮してしまったがや!」
「オロチ会長! 気安く太郎君に触らないでください。いくら取引相手でも、次やったらその腕の骨、粉砕しますよ」
キャルルが太郎を庇うように間に割って入り、タローマン製の安全靴からチリチリと危険な闘気を放つ。
「カッカッカ! 頼もしい護衛姫様だでよ。安心しろ、この太郎君はもはや、ワシらゴルド商会にとって絶対に失えん『最高のビジネスパートナー』だ。傷つけるような真似は絶対にせんがや」
オロチは上機嫌で席に戻ると、太郎に向かって深く、敬意を込めた笑みを向けた。
「太郎君。おみゃーさんの提案、そっくりそのまま乗らせてもらうがや。超VIP枠の販売はワシに任せろ。売上はきっちり折半して、あんたらの口座に振り込んどくでよ」
「ありがとうございます。これで、お互いに無駄な争いをせず、最大の利益を生み出せますね」
太郎も笑みを返し、深く息を吐いた。
たった100円の化粧品。それが、現代の経済知識という魔法を通すことで、巨大な権力を動かす最強の武器へと化けたのだ。
これにて、ゴルド商会との強力なパイプは完全に盤石なものとなった。
「ただ、一つ忠告しとくがや」
商談が終わり、太郎たちが部屋を出ようとした時、オロチが真剣な顔つきで声をかけてきた。
「ワシが超VIP枠を握ったことで、そこから弾かれた『タチの悪い下級貴族』や『悪党』どもが、焦って力ずくであんたらから製造権を奪おうと動くかもしれん。……帝都の裏社会は、魔物の森よりよっぽどおっかないでよ。護衛はしっかりつけやぁよ」
「力ずくの強奪、ですか」
太郎は、オロチの親切な忠告を聞いて――横に立つキャルルを見上げた。
キャルルは「悪い虫が来たら、全員ミンチにしてあげるね♡」と、ウサギの耳を揺らして極上のヤンデレスマイルを浮かべている。
さらにタワマンの部屋には、催眠植物で人間を肥料にしようとするエルフと、敵の財産を根こそぎ吸い尽くす貧乏神人魚、そして映えのためなら極太レーザーをぶっ放すSNS女王が待機しているのだ。
「……お気遣いありがとうございます。でも、たぶん大丈夫だと思います」
太郎は引きつった愛想笑いを浮かべた。
「むしろ、僕たちに手を出そうとする悪党の身の安全の方が、心配なくらいですから」
その予言は、数日後、最悪の(あるいは最も滑稽な)形で的中することになる。
太郎の『悪知恵』と、ヒロインたちの『規格外の暴力』の前に、帝都の悪党貴族が絶望の淵に立たされるカウントダウンが、静かに始まっていた。
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