EP 5
経済学の基本! 幻のコスメを生み出す『品薄商法』の極意
「よし、今日の出荷分は限定五十セット。梱包材のプチプチも100円ショップで出せるから助かるな」
タワマンの最上階、広々としたリビングの一角で、佐藤太郎は黙々と作業を進めていた。
テーブルの上に並べられた100均コスメを、丁寧に緩衝材で包み、小箱に詰めていく。
「ちょっと! あー君! なんでたったの五十セットなのよ!?」
ドタドタと足音を立てて、キュララが血相を変えて詰め寄ってきた。
手にしたエンジェルスマートフォンには、彼女の販売サイトの管理画面が映し出されている。
「見てよこれ! 昨日の配信のアーカイブを見た帝都の貴族令嬢たちから、今この瞬間も注文が殺到してんのよ!? 予約待ちの数はすでに一万件を超えてるの! それなのに、なんでたった五十セットしか発送しないの!? バカなの!? 死ぬの!?」
「そうですわ、プロデューサー!」
キュララの後ろから、リーザがヨダレを撒き散らしながら加勢してきた。
「一万件の注文を全部さばけば、銀貨一万枚……つまり金貨百枚(約百万円)以上の売上ですわよ!? 今すぐ全財産を突っ込んで、魔法のコスメを大量召喚してくださいませ! 私、今夜はどうしても回らないお寿司が食べたいんですの!」
「落ち着けって、二人とも」
太郎はプチプチをテープで止めながら、冷静にため息をついた。
「たしかに、今すぐ一万個の商品を出して売りさばけば、目先の金は手に入る。でも、それをやったらこのビジネスは……数週間で完全に『死ぬ』よ」
「……はぁ? なんでよ。売れる時に売るのが商売の基本でしょ?」
キュララが納得いかないという顔で腕を組む。
「経済学とマーケティングの観点から説明するよ」
太郎は手を止め、真剣な顔で二人に向き直った。
「キュララ、この化粧品が入ってる容器をよく見てみて」
「ん? これ? 軽くて落としても割れないし、変な素材だけど、すごく可愛いわよね」
「そう、可愛い。でも、高級感はないだろ? 帝都の錬金術師が作る魔法の化粧品みたいに、宝石の粉が塗ってあったり、純金で装飾されたりはしていない」
太郎の指摘に、キュララはハッとした。
「今のところ、この100均コスメが爆売れしてるのは、キュララっていう『トップインフルエンサーの強烈な宣伝効果』と、異世界にはない『圧倒的な発色と品質』のおかげだ。でも、もしこれを一万個、二万個と無計画に市場に流したらどうなる?」
太郎は指を一本立てた。
「街を歩けば、平民の女の子も、屋台のおばちゃんも、みんな同じこの安いプラスチックの容器を持っている状態になる。……そうなった時、プライドの高い『貴族の令嬢』たちは、果たしてこれをありがたがって使うかな?」
「…………あっ」
キュララが、目を見開いた。
「使わないわね……。あいつら、自分たちが『特別な存在』だって誇示するために、平民には手が届かない高価なものや、希少なものを好むんだから」
「その通り。市場に商品が溢れかえって『誰でも持っているありふれた物』になった瞬間、このコスメの価値は暴落する」
太郎は経済学の基本、需要と供給のバランスについて語り始めた。
「だから、意図的に供給を絞るんだ。注文が一万件あっても、あえて月に数百セットしか市場に出さない。そうすれば、手に入らなかった貴族たちはどう思う?」
「……『お金を積んでも手に入らない、幻の魔法コスメ』として、喉から手が出るほど欲しくなる……!」
キュララがゴクリと喉を鳴らした。
「正解。これを『品薄商法』……あるいは『ブランディング』による希少価値の創出と言う。いいかい? 良い商品は、無理に客を追いかけちゃダメだ。供給をコントロールして、お客様の方から『売ってください』と足を運ばせる状況を作る。それが、長く太く稼ぐための極意なんだよ」
太郎の理路整然とした説明に、リビングが静まり返った。
「……なるほどね」
数秒後、キュララがニヤリと小悪魔的な笑みを浮かべた。
「私のファンクラブ限定で売ってる『キュララちゃん直筆サイン入り・激レア聖騎士タペストリー』と同じ理屈ね。いつでも買えると思われたら、スパチャの勢いが落ちるもの。あー君、あんた本当にただの大学生? 中身は腹黒い悪徳商人じゃないの?」
「悪徳商人じゃない。ちゃんとしたマーケティングだよ」
太郎が苦笑すると、横で聞いていたリーザがハッと顔を上げた。
「わかりましたわ、プロデューサー! 要するに、市場から商品を消し去れば価値が上がるんですわね!」
リーザが『お賽銭箱型掃除機』をガシャンと構えた。
「でしたら、一度売ったコスメを私が夜な夜なこの掃除機で貴族の屋敷から吸い上げて回収し、翌日また高値で売りつけましょう! 究極のエコ&マッチポンプ・ビジネスですわ!!」
「それはただの窃盗だ! 犯罪だから絶対にやめろ!」
太郎が慌ててストップをかける。
「あらあら、それなら私に良い考えがありますわ」
今度はお茶を飲んでいたルナがおっとりと手を挙げた。
「私がゴーレムさんたちを召喚して、帝都にある他の錬金術師の化粧品工房をすべて物理的に粉砕・更地にすればよろしいのですわ。そうすれば、市場の化粧品は私たちの物だけになり、完全な独占市場が完成しますわね♡」
「独占禁止法違反というか、普通に凶悪テロだから!! 頼むから君たちはまともに商売をしてくれ!!」
太郎は頭を抱え、胃薬(100均)を召喚したくなった。
「ふふっ、太郎君ったら大変そう」
背後から、キャルルが太郎の首にそっと腕を絡めてきた。
「でも、市場の心理を完全に手玉に取る太郎君……すごく知的で、かっこいいよ。私の心も、太郎君の『品薄商法』で焦らされてるみたい……早く私だけを見てくれないと、暴走しちゃうかも……♡」
「キャ、キャルル、首絞まってる! 闘気が乗ってて痛い!」
ヤンデレウサギの愛情表現(物理)に締め落とされそうになりながらも、太郎の作戦は完璧に進行していた。
***
数日後。太郎の予測は、恐ろしいほどの精度で的中することになる。
『幻のコスメ』の噂は、ルナミス帝都の貴族社会を瞬く間に席巻した。
手に入れたごく一部の令嬢たちが夜会で見せた、圧倒的な美しさと発色。それは既存の魔法化粧品を完全に過去のものとするほどの衝撃を与えた。
「金貨十枚出す! なんとしてもあの『キュララ・コスメ』を手に入れなさい!」
「なぜ私の分がないのです!? 平民の娘が持っているというのに!」
「ゴルド商会は何をしているの!? 彼らなら手に入れられるはずでしょう!」
意図的な品薄によって飢餓感を煽られた貴族たちの熱狂は、やがて巨大なうねりとなり、独占卸売契約を結んだばかりの『ゴルド商会』へと凄まじい圧力となって押し寄せることになる。
一馬力の大学生・佐藤太郎が描いた経済のシナリオは、大陸のドンすらも自らの手のひらの上で踊らせようとしていた。
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