EP 4
大陸屈指のドン襲来! 巨大商会とのヒリヒリするビジネス交渉
「……よし、とりあえず第一陣の発送リストはこれで全部だな」
昨晩の『神バズり』から一夜明けた、タワマン最上階のリビング。
佐藤太郎は、テーブルの上に山積みになった注文書と格闘していた。
キュララの配信で紹介した『100均コスメ』は、一夜にしてルナミス帝都の若い女性や貴族令嬢たちの間で爆発的なブームを引き起こした。
用意したお試し価格(銀貨1枚)の在庫は一瞬で完売。
太郎の『100円ショップ』スキルのポイント残高は、これまでの人生で見たこともない桁数にまで膨れ上がっている。
「いやー、マジで笑いが止まんないわね! 私のチャンネル登録者数も一夜で三十万人増えたし、スパチャの額も過去最高よ!」
キュララが、エンジェルスマートフォンの画面を見ながらホクホク顔でソファに寝転がっている。
「プロデューサー! これなら今日のお昼は、回らないお寿司屋さんの特上ランチが食べられますわね!」
リーザがヨダレを垂らしながら太郎の肩を揉んでくる。
「みんな、浮かれるのは早いよ。ビジネスはここからが本番だ。急激に需要が高まったからといって、無計画に商品を市場に流せば……」
太郎が経済学部の学生らしい苦言を呈そうとした、その時だった。
『――ピンポォォォン』
部屋のインターホンが、重々しい音を立てた。
「あれ? 宅配便かな? オートロック開けるねー」
キュララが軽い調子で解錠ボタンを押す。
数分後。
ガチャリと開いた玄関の扉の向こうに立っていたのは、宅配業者ではなかった。
「……どえりゃあ見晴らしのええ部屋だがや。さすがはトップ配信者のお嬢ちゃんと言ったところだでよ」
ドカッ、と重低音のような声が響いた。
そこに立っていたのは、昭和のパチンコ屋の社長を彷彿とさせる、ド派手な金色のスーツ(ファンタジー世界には似つかわしくないほど悪趣味な成金趣味)を着こなした、恰幅の良い五十代ほどの男だった。
首には極太の金のネックレス。指にはこれ見よがしな宝石の指輪。
しかし、最も目を引くのはその『目』だ。
男の瞳孔は、縦に細く割れた『蛇』そのもの。爬虫類特有の、冷酷で底知れない知性を感じさせる視線が、部屋の中をねっとりと舐め回した。
背後には、いかにも腕の立ちそうな屈強なボディーガードたちを数名従えている。
「な、なんだお前ら! 不法侵入だぞ!」
太郎が身構え、キャルルが瞬時にトンファーを握りしめて太郎の前に飛び出した。
「待て待て、物騒なもん向けんでちょうよ。ワシは怪しいもんじゃにゃあ。……ちぃとばかし、商売の話をしに来ただけだがや」
男はニヤリと笑い、名刺代わりとばかりに、懐から分厚い『純金のプレート』をテーブルに放り投げた。
そこには、大陸全土にその名を轟かせるメガコーポレーションの紋章が刻まれている。
「ワシは『ゴルド商会』の会長、オロチちゅうもんだ。以後、お見知りおきを」
「ゴルド商会の……会長!?」
キャルルとキュララが同時に息を呑んだ。
ゴルド商会と言えば、食料から武具、不動産に至るまで、大陸中のあらゆる物流と経済を牛耳る超巨大組織だ。ゴルドの商人手形があれば、どの国でも顔パスで入国できるというほどの絶対的な権力を持っている。
「その大陸のトップが、なんでこんなところに……」
太郎が冷や汗を流しながら尋ねると、オロチ会長はズカズカと部屋に上がり込み、勝手にソファにどっかりと腰を下ろした。
「決まっとるがや。おみゃーさんらが昨日の配信で売っとった『化粧品』……あれの事だでよ」
オロチの蛇の目が、スゥッと細められる。
「ワシの商会が抱えとる貴族の得意先から、『なんとしてもあの魔法の化粧品を手に入れろ』って、朝からドえりゃあ催促の嵐でよ。調べさせてもらったが、どうやら仕掛け人はそこのジャージの兄ちゃんらしいな?」
「……それが何か?」
太郎は震える膝を必死に抑え込みながら、オロチの視線を正面から受け止めた。
「単刀直入に言うがや」
オロチはボディーガードの一人に顎で合図をした。
ドンッ! と、革袋がテーブルの上に置かれる。中からは、ジャラジャラと眩いばかりの金貨が溢れ出した。
「これでおみゃーさんの持っとる『化粧品』の在庫、全部ワシに譲るんだわ。もちろん、今後の生産ルートと独占販売権もゴルド商会が買い取る。金額に不満があるなら、この倍でも三倍でも出したるがや。……悪いにゃあ話じゃあないだろう?」
圧倒的な金の力。
ルナが作った『三日で消える偽金』ではない。正真正銘、本物の金貨の山だ。
キュララやリーザの目が『¥』マークになりかけている。
しかし、太郎は即座に首を横に振った。
「お断りします」
「……ほぅ?」
オロチの眉がピクリと動いた。
「商品を卸すことは構いません。ですが、独占販売権や供給ルート(100均スキル)をお渡しすることは絶対にできません。……舐めてもらっては困ります。商人が、自分の『飯を食う種』を他人に丸投げすると思いますか?」
太郎の声は、震えていなかった。
経済学を学ぶ者として、供給元を独占されることが何を意味するか、痛いほど理解している。
一度権利を渡してしまえば、あとはゴルド商会に生殺与奪の権を握られるだけだ。自分たちは使い捨ての駒に成り下がる。
「……おみゃーさん」
オロチの声のトーンが、一段階下がった。
その瞬間。
部屋の空気が、急激に重く、冷たくなった。
オロチの全身から、常人とは桁違いの『闘気』と、修羅場をくぐり抜けてきた商人特有の『殺気』が膨れ上がったのだ。
「ひっ……!」
キュララが怯えて後ずさりし、キャルルですら冷や汗を流して身構える。
一馬力の太郎にとっては、まるで巨大な大蛇に睨みつけられたカエルのような、息をするのも苦しいほどのプレッシャーだ。
「ええ度胸しとるがや。……ワシの提案を断るっちゅうことは、ゴルド商会を敵に回す気かね?」
オロチの蛇の瞳が、太郎を射抜く。
『イエス』と言えば、明日にはこの帝都で社会的に――あるいは物理的に――抹殺されるかもしれない。大陸の経済を牛耳る男には、それだけの力がある。
(怖い……! 逃げ出したい! 謝って金貨をもらえば、楽になれるかもしれない……!)
太郎の心臓は早鐘のように打ち鳴らされている。
だが、太郎は『理不尽には絶対に屈しない』という、折れない芯を持っていた。
「……ゴルド商会を敵に回す気は、ありませんよ」
太郎は、オロチの殺気に耐えながら、真っ向から見つめ返した。
「ですが、商売の主導権を握るのは、貴方でも僕でもない。……選ぶのは『お客様(市場)』です」
「なんだと?」
「僕たちが扱っている化粧品は、キュララの『配信』という独自のネットワーク(D2C)を通じて、直接お客様に届けることができる。つまり、ゴルド商会の既存の物流網を通さなくても、商品は売れるんです」
太郎は、震える声に必死で力を込めた。
「もし貴方が力ずくで僕たちを潰そうとするなら、僕たちは帝都から姿を消し、別の国からゲリラ的に商品を売りさばくだけです。……でも、それではお互いに損だ。貴方は貴族からの要望に応えられず商会の信用を落とす。僕たちも安定した商売ができない」
太郎は一歩前に出て、オロチの目を真っ直ぐに見据えた。
「独占権は渡さない。でも、ゴルド商会を『最優先の特別顧客』として、定期的に一定数の商品を卸す(卸売)契約を結ぶことなら可能です。そうすれば、貴方は貴族たちに顔が立ち、莫大な利益を得られる。僕たちも、巨大な商会という心強いビジネスパートナーを得られる。……これが、商売ってもんじゃないですか?」
静寂が、部屋を包み込んだ。
オロチのボディーガードたちが、無礼な若造を斬り捨てようと武器に手をかけた。キャルルが太郎を庇うように動く。
一触即発の空気。
太郎の背中は、冷や汗でぐっしょりと濡れていた。
数秒の沈黙の後。
「――っ、ガハハハハハハハハハハハハハッ!!」
突如として、オロチの全身から放たれていた恐ろしい殺気が霧散し、腹の底からの豪快な大爆笑が部屋に響き渡った。
「会長……?」
ボディーガードたちが戸惑う中、オロチは涙を流さんばかりに笑いながら、バンバンと自分の膝を叩いた。
「いやぁ、傑作だがや! どこの馬の骨とも分からん若造が、このワシの圧力を真っ向から跳ね除けて、逆に取引を吹っかけてくるとはなぁ!」
オロチは立ち上がると、太郎の前にズンッと歩み寄った。
そして、ニヤリと人の悪い、しかしどこか嬉しそうな商人の笑みを浮かべた。
「おみゃーさん……いや、太郎君と言ったな。あんた、商売のイロハがよう分かっとるがや。最初からワシの要求を突っぱねて、自分の身を守るための『妥協点』を提示するつもりだったんだろ?」
「……ええ。貴方ほどの商人が、僕たちみたいな素人に最初から本気で潰しにかかるとは思えませんでしたから。これは、僕の度胸と価値を測るための『テスト』ですよね?」
太郎が答えると、オロチは満足げに頷いた。
「大正解だでよ。ただのラッキーでバズっただけの素人なら、金の力で脅して権利を全部巻き上げるつもりだったが……あんたみたいな『本物の商人』の目をしとる奴から無理やり奪い取るのは、商売の神様に怒られるでな」
オロチは太い腕を伸ばし、太郎に向かって大きな手を差し出した。
「ゴルド商会は、あんたらとの『定期納品契約』を喜んで結ばせてもらうがや。これから、ドえりゃあ長い付き合いになりそうだでよ。よろしく頼むわ、太郎君」
太郎はほっと胸を撫で下ろし、その分厚い手としっかりと握手を交わした。
「こちらこそ、よろしくお願いします。オロチ会長」
「ワッハッハ! ええ面構えだ! おい、この金貨は契約の『手付金』として置いていくがや! 足りなくなったら何時でも言うてこい!」
オロチは豪快に笑いながら、ボディーガードたちを引き連れて嵐のようにタワマンの部屋を去っていった。
「…………はぁぁぁぁっ」
扉が閉まった瞬間、太郎は全身の力が抜け、その場にへたり込んだ。
「た、太郎君! 大丈夫!?」
キャルルが慌てて駆け寄ってくる。
「腰が抜けた……。一歩間違えたら、殺されてたかもしれない……」
太郎は膝をガクガクと震わせながら、テーブルの上に残された金貨の山を見上げた。
「でも、勝ったわね! あんた、あの大陸一のドンと対等に交渉しちゃったじゃない!」
キュララが興奮した様子で太郎の背中をバシバシと叩く。
一馬力の最弱主人公、佐藤太郎。
彼は剣も魔法も使えないが、『経済知識』と『覚悟』という武器を使いこなし、この異世界で最も巨大な権力の一つであるゴルド商会を、見事に味方へと引き入れることに成功したのである。
読んでいただきありがとうございます。
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