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EP 2

配信部屋の汚部屋掃除と、100均味噌の胃袋掌握術

「さあさあ、適当に座っていいよー! ちょっと散らかってるけど〜」

キュララ・アルセルラは、悪びれる様子もなくガチャリとリビングの扉を開けた。

ルナミス帝都の一等地にある鉄骨マンション、その最上階。家賃は間違いなく目玉が飛び出るような金額だろう。

どんな煌びやかな生活空間が広がっているのかと、佐藤太郎は少しだけ期待して足を踏み入れた。

「…………えっ」

太郎は絶句した。

「ちょっと散らかってる」どころの話ではない。

広々としたリビングの床には、脱ぎ捨てられたフリフリの衣装やカラーウィッグが地層のように重なっている。高価そうな配信用のマイクや照明機材のコードが知恵の輪のように絡み合い、テーブルの上には「魔法のエナジードリンク」らしき空き瓶や、得体の知れないデリバリー容器の残骸が散乱していた。

一言で言えば、完全な『汚部屋(スラム)』である。

「うわぁ……相変わらず泥棒が入った後みたいですわね」

リーザが呆れたように鼻をつまむ。

「あらあら。足の踏み場を探すのが宝探しのようで楽しいですわね」

ルナはおっとりと微笑んでいるが、ドレスの裾が汚れそうで見ていてヒヤヒヤする。

「キュララちゃん……。あんた、またお掃除サボってたのね」

キャルルがジト目で睨むと、キュララは「てへぺろっ☆」とあざとく舌を出した。

「だってぇ、最近毎日配信が忙しくて、片付ける暇がないんだもーん。それに、画面に映る背景のとこだけは綺麗にしてるから問題なしっ!」

「問題大ありだよ!」

太郎の口から、無意識のうちに鋭いツッコミが飛び出していた。

太郎は生粋のきれい好きというわけではないが、長く一人暮らしをして、さらにはコンビニバイトでバックヤードやトイレの清掃を徹底的に仕込まれてきた身である。この無秩序な空間は、彼の精神的なアレルギーを激しく刺激した。

「配信部屋ってこんな感じなのかもしれないけど、生活環境が荒れると心も荒れるんだぞ! 僕、掃除得意だから任せてよ!」

「え? ええっ?」

キュララが止める間もなく、太郎は腕まくりをして動き出した。

床に散らばった衣装を手際よく拾い集めて種類別に畳み、絡まったケーブルを結束バンド(100円ショップスキルで即座に召喚)で綺麗にまとめ、テーブルの上のゴミを猛スピードで分別していく。

「ほら、リーザ! 突っ立ってないでそこの空き瓶まとめて! キャルルは床の拭き掃除お願い!」

「は、はいっ! プロデューサー!」

「うんっ! 太郎君との共同作業、頑張るね♡」

太郎の的確な指示と異常な手際の良さに巻き込まれ、ものの三十分後には、足の踏み場もなかったスラム部屋が、モデルルームのようにピカピカの空間へと生まれ変わっていた。

「うそ……私の部屋、こんなに広かったんだ……」

キュララは呆然と部屋を見回した。

「あー君、あんたただのシュールなギャグ要員じゃなかったのね。なんか、オカンみたい……」

「オカンって言うな。生活の基本だよ」

太郎が額の汗を拭っていると、キュララの腹が『きゅるるぅ〜』と可愛らしい音を立てた。

それに呼応するように、リーザの腹も『ギュルルルルッ!』と獣のような爆音を鳴らす。

「あはは、すっかり夕飯の時間だね。よーし、お掃除の打ち上げも兼ねて、今日はパーッと出前取ろっか! 特上寿司とか、高級焼き肉弁当とかあるよ! リスナーのみんなが奢ってくれるから、遠慮しなくていいよ〜っ☆」

キュララがエンジェルスマートフォンを取り出し、配信アプリを立ち上げようとする。

「駄目駄目!」

太郎は慌ててキュララのスマホを覆い隠した。

「毎日そんな脂っこいデリバリーや出前ばっかり食べてたら、胃腸がぶっ壊れるよ! それに、リーザみたいに普段雑草とかパンの耳しか食べてない子が、いきなり特上寿司なんて食べたら胃痙攣を起こす!」

「胃痙攣……! そ、それは困りますわプロデューサー!」

リーザがブルブルと震え上がった。

「今日は僕に任せて。胃に優しい、温かいものを作ってあげるから。……台所と冷蔵庫、借りるよ?」

「えっ? あ、うん。いいけど……大したもの入ってないよ?」

太郎がキッチンの大型冷蔵庫を開けると、キュララの言う通り、中はスカスカだった。

しかし、奥の方に少しだけしなびた大根とニンジン、そしていつ買ったのか分からない豚肉の切れ端が眠っているのを発見した。

「うん、これだけあれば十分だ。『豚汁』ができるな」

太郎はすぐさま『100円ショップ』のホログラムパネルを展開した。

(異世界にはない決定的な味の決め手……それは『発酵調味料』と『ダシ』だ)

太郎は食品カテゴリーから、『無添加あわせ味噌(ダシ入り)』を100P(銅貨1枚)で購入。ポンッと手のひらに見慣れたパッケージの味噌が現れた。

さらに、冷蔵庫にあった卵を使い、もう一品作ることにした。

トントントントンッ……。

キッチンから、小気味良い包丁の音が響き始める。

ごま油で豚肉と根菜を炒め、水を入れて煮立たせる。そこに100円のダシ入り味噌を溶き入れると、部屋中に芳醇な大豆と鰹ダシの香りが爆発的に広がった。

「くんくんっ……! た、太郎君! なんですかこの、お腹の底からキュゥゥって鳴っちゃうような、ホッとするいい匂いは!」

キャルルがウサギの耳をピンと立て、キッチンにへばりついてきた。

「えへへ、味噌の匂いだよ。もうすぐできるから座ってて」

手際よく卵焼き器(これもキッチンになかったため100均で召喚した)で、甘めの『厚焼き玉子』を焼き上げる。さらに、炊飯器の余りご飯を使って、ふっくらとした『塩おにぎり』を大量に握った。

一人暮らしとコンビニ弁当作りで培った、無駄のない調理スキル。

あっという間に、リビングのテーブルに『豚汁』『甘い卵焼き』『塩おにぎり』の、完璧な日本の定食セットが並べられた。

「さあ、できたよ。冷めないうちに食べて」

太郎がエプロン姿(100均)で促すと、四人の美少女たちはゴクリと喉を鳴らして席についた。

「それじゃあ……いただきますっ」

キュララが、豚汁のお椀に口をつける。

ズルッ、と汁をすすった瞬間。彼女の背中の白い羽が、ビクゥッ!と大きく跳ねた。

「…………ッ!!?」

キュララの瞳孔が開き、手がお椀を持ったまま震え始める。

豚肉のコクと、根菜の甘み。そして何より、異世界には存在しない『味噌』の深い旨味と、鰹ダシの暴力的なアミノ酸が、ジャンクフードばかりで疲弊しきっていたキュララの胃袋と脳髄に、優しく、しかし強烈に染み渡っていく。

「お、おいしぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ……!!」

キュララはアイドルとしての「映え」や「あざとさ」を完全に忘れ、素の叫び声を上げた。

「なにこれ!? 見た目は地味な茶色いスープなのに、信じられないくらい深い味がする! 胃の粘膜に……細胞の一つ一つに、ジワーッて温かいのが染み込んでくるよぉっ!」

「本当に……。この『卵焼き』という黄色いお料理も、フワフワで甘くて……まるで食べる宝石ですわ……」

ルナが両手で頬を押さえ、トロンとした表情でうっとりと卵焼きを咀嚼している。

「世界樹の森のどんな宮廷料理より、心が安らぎますわぁ……」

「ハフッ! ムシャムシャ! ズルズルズルッ!」

リーザに至っては言葉すら発さず、野生の獣のような速度でおにぎりと豚汁を交互に胃袋へと流し込んでいた。

「お、おかわり! プロデューサー、おにぎりとお汁、おかわりですわぁっ!!」

「はいはい、ゆっくり食べなよ。鍋にまだいっぱいあるからさ」

太郎は苦笑しながら、リーザの空になったお椀を受け取った。

「す、すごいね太郎君……」

隣に座るキャルルが、熱い視線で太郎を見つめてきた。

「お掃除も完璧で、こんなに美味しいご飯までパパッと作れちゃうなんて。太郎君、まるでお嫁さん……じゃなくて、最高の旦那様みたい。私、太郎君となら今すぐ籍を入れてもいいよ……♡」

「籍は入れないけど、口に合ってよかったよ」

太郎がリーザにおかわりを渡して席に戻ると、豚汁を三杯平らげたキュララが、ふうっと満足げなため息をついてお腹をさすっていた。

「ぷはぁ〜……食った食った。マジで最高だったわ」

キュララはテーブルに肘をつき、太郎の顔をまじまじと見つめた。

「あー君……じゃなくて、太郎って言ったっけ」

「うん」

「あんた、ただのヒモかと思ったけど、掃除はできるし、飯はとんでもなく美味いし……なかなかやるわね。正直、見直したわ」

キュララの声には、先ほどまでの「トップインフルエンサー」としての作ったような甘さはない。等身大の、一人の女の子としての素直な称賛が混じっていた。

「どういたしまして。まぁ、これくらいしかできないからね」

太郎は謙遜しながら、自分の作ったご飯を綺麗に平らげてくれたお椀の山を見て、小さく笑った。

(よし。とりあえず、胃袋と生活環境の掌握は完了だ)

経済学部としてのマーケティングの基本。

それはまず、相手の『ニーズ(欲求)』と『ペイン(痛み・不満)』を的確に満たし、信頼関係(ラポール)を構築することである。

荒れ果てた部屋と、偏った食生活。

SNS女王として華やかに振る舞うキュララの裏側にあった「生活の綻び」を、太郎は100円の味噌と掃除スキルで見事に縫い合わせてみせたのだ。

「キュララ。美味しいご飯のお礼に、一つ提案があるんだけど」

食後の100円緑茶をすすりながら、太郎は静かに本題を切り出した。

「提案? なに?」

「僕の持ってる『商品』と、君の『配信力』を使って……一丁、この帝都でドデカいビジネス(コラボ)を仕掛けてみないか?」

太郎の瞳の奥で、商売人としての鋭い光がキラリと瞬いた。

100円ショップのスキルと、現代のインフルエンサー経済の融合。

ルナミス帝都を揺るがす太郎の『悪知恵ビジネス』が、いよいよ本格的に幕を開けようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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