第二章「ルナミス帝都編 100均コスメバズりと、セメントの錬金術」
鉄骨のオートロックと、SNS女王の理不尽な入居審査
ゴトゴトと、車輪が土を噛む鈍い音が響く。
佐藤太郎たち一行は、荷馬車ならぬ『牛車』に揺られ、ルナミス帝国の首都――帝都ルナミスへと向かっていた。
「太郎君、お尻痛くない? 私の太もも、クッションにしていいからね♡」
「いや、大丈夫。それよりキャルル、本当に村はあのままで平気なの?」
太郎は、キャルルの上着のポケットを指差した。そこには、手のひらサイズに折りたたまれた『ポポロ村(全村民収納済み)』が入っている。
「うんっ! 折りたたみ式のアーティファクトの中は、時間がゆっくり進む快適空間になってるから。帝都で良い空き地を見つけたら、そこに広げようね!」
ウサギの耳を揺らして無邪気に笑うキャルル。太郎は(異世界ファンタジーの概念がぶっ壊れてるな)と内心で突っ込みつつ、牛車の外へ視線を向けた。
やがて、前方の視界が大きく開けた。
「あれが……ルナミス帝都か」
太郎は息を呑んだ。火縄銃以前の文明と聞いていたが、目の前に広がる光景は想像を絶していた。
巨大な防壁に囲まれた都市の内部には、石造りの重厚な建造物だけでなく、魔導技術によって煌々と光る街灯や、空を悠々と行き交う飛行船の姿がある。ドワーフの技術と高度な魔法文明が融合した、スチームパンクとハイファンタジーのハイブリッドのような大都市だ。
牛車を降りて帝都の中心部、高級住宅街とも呼べる『ルモンド・ルナミス』地区へと足を踏み入れた太郎は、さらに目を剥くことになった。
「えっと〜、あ、ここよ、ここ〜! 懐かしいわ」
キャルルが指差した先。そこにあったのは、中世ファンタジーらしからぬ、近代的な『鉄骨マンション』だったのだ。
ガラス張りのエントランスに、どう見ても電子的なオートロックの操作盤が備え付けられている。
「鉄骨マンション!? オートロックまであるの!?」
「うん、ドワーフの最新建築技術と魔導通信石を組み合わせてるんだって。私たちが冒険者時代にシェアハウスしてた場所だよ」
キャルルが手慣れた様子でインターホンのボタンを『1』『3』『0』『1』と押す。
『――はぁい? どちら様ですかぁ?』
スピーカーから、甘ったるく、あざとさ全開の女の子の声が響いた。
「あ、キュララちゃん? 私、キャルル。さっき魔導通信石で連絡してた件なんだけど」
『ああっ、キャルル先輩〜! 待ってましたよぉ! 今開けますねっ☆』
ウィィィン、という音とともに、分厚いガラス扉が自動で開く。
「ええ〜? 本当にあの泥棒猫のお世話になるんですの?」
芋ジャージ姿のリーザが、露骨に嫌そうな顔をして唇を尖らせた。
「あらあら、良いじゃないですか。お友達なのでしょう?」
ルナがおっとりと宥めるが、リーザの恨み節は止まらない。
「お友達じゃありませんわ! 私の配信の『太客(スパチャ勢)』を根こそぎ奪っていく、天敵ですのよ!」
どうやら、リーザの極貧生活の裏には、その『キュララ』という人物が深く関わっているらしい。
魔導技術で動くエレベーターに乗り、最上階の13階へ。
1301号室のドアの前に立つと、すでに扉は半分開いていた。
「キャルル先輩! リーザちゃんに、初めましてのルナさん! 入って入って〜!」
中から飛び出してきたのは、ゆるふわな金髪ツインテールに、背中に小さな白い羽を生やした天使族の美少女だった。
ルナミス帝国公認(?)トップゴッドチューバー、キュララ・アルセルラ。
フリフリの可愛いルームウェアを着こなす彼女は、まさに『SNSの絶対女王』のオーラを放っていた。
「おじゃましまーす」
キャルルたちが次々と部屋に入っていく。太郎もそれに続こうと一歩を踏み出した、その瞬間。
「あ、ストップ」
キュララがスッと右手を出し、太郎の胸元をピシャリと制止した。
先ほどまでの甘ったるい笑顔がスッと消え、値踏みするような冷ややかな視線が太郎を射抜く。
「あー君。男の君」
「え? ぼ、僕?」
「そう。キャルル先輩の知り合いだからって、タダでこの超高級マンションに入れると思ってる? ここはルナミス一のトップインフルエンサー、このキュララちゃんの聖域なんだけど?」
キュララは腕を組み、挑発的に口角を上げた。
「というわけで、入居審査をしまーす。何か面白い『一発ギャグ』をやって見せてよ。私の配信の肥やし……じゃなくて、私が心の底から笑えたら、特別にファミリーとして認めてあげる♡」
「ファ、ファミリー? ギャグ!?」
太郎は完全に虚を突かれた。
剣を交えるでもなく、魔法のテストでもなく、一発ギャグ。
しかし、彼女の瞳はマジだ。ここでスベれば、間違いなく門前払いされる。
(どうする……! 僕は経済学部の平凡な大学生だぞ。お笑いサークルでもないのに、異世界の美少女にウケるギャグなんて……!)
太郎の脳内で、これまで生きてきた二十年間の記憶が猛スピードでフラッシュバックする。
そして、深夜のテレビ番組か大学の飲み会で見た、とある『シュールなコント』の記憶が蘇った。
(これしかない……! 異世界の住人には意味不明かもしれないけど、このシュールさに賭ける!)
「え、えっとえっと……! や、やります! 一発コント!『アイス工場カルテル編』!!」
太郎が叫ぶと、キュララが「ほう?」と興味深そうに眉を上げた。
太郎は一人二役の態勢に入り、まずは偉そうな『捜査官』の顔を作った。
「――アイス工場に査察が入ります!」
次に、身を縮こまらせて震える『工場長』の顔になる。
太郎工場長『冷たいじゃないですか! 私たちにもっと、温かい対応をしてください!』
クルッと向きを変え、再び凄みのある『捜査官』へ。
太郎捜査官『ふざけるな。温かい対応をしたら、アイスが溶けるじゃねーか! それより、不正な取引で、お前の懐がずいぶんと【熱く】なってるらしいな?』
再び『工場長』。ブルブルと震えながら自分を抱きしめる。
太郎工場長!『さ、寒い……! 懐は寒いですぅ!』
最後に『捜査官』として、ビシッと見えない手錠をかけるポーズ。
太郎捜査官『確保おおおおっ! 取調べ室で、じっくり【温めて】やんよ!!』
――シーン。
マンションの廊下に、恐ろしいほどの静寂が落ちた。
キャルルは「?」と首を傾げ、ルナはおっとりと微笑んだまま固まり、リーザは「意味がわかりませんわ」と呆れ顔をしている。
(や、やっちまった……! クソスベった! そもそもこの世界にアイス工場とかカルテルとか捜査官って概念が――)
太郎が絶望で崩れ落ちそうになった、その時。
「…………っ、ぷっ」
キュララが、手で口元を覆って震え始めた。
「アハハハハハハハハハハッ!! なにそれ! なにそれぇっ!!」
キュララは腹を抱え、涙を流しながら大爆笑し始めた。
「冷たい対応したらアイスが溶けるって! 懐が熱いって! やだもう、言葉遊びがシュールすぎるし、一人でパタパタ向きを変えてるの面白すぎでしょ!! アハハハハ!」
「えっ……ウケた?」
太郎がぽかんとしていると、キュララは笑い涙を拭いながら、太郎の肩をバシバシと叩いた。
「あーお腹痛いっ。この世界にない絶妙な不条理感、最高! 配信の新しいネタに使えそうじゃん! やるわね、君。気に入ったわ!」
キュララは満面のあざとい笑顔に戻り、ウインクを飛ばした。
「合格! 特別に、私のファミリーにしてあげる♡ さぁ、入って入って!」
こうして、佐藤太郎の命運を賭けた『アイス工場カルテル編』は、最新トレンドに飢えていたSNS女王のツボに奇跡的にクリーンヒットし、無事にルナミス帝都での第一歩――タワマン生活の切符を勝ち取ったのである。
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