【その後の話】エドガーの子守り②
「──で、フェリシア。今回は一体、何をしたんだい?」
「き、騎士様……この偉そうな人は誰です?私のお父様が座っているはずの椅子なのに……」
フェリシアは、眉根を寄せて庇護欲をそそる悲劇のヒロインを完璧に演じて見せた。しかし、ジョナサンはそんな妹の姿に、先ほどよりも盛大な溜め息をついた。
ジョナサンがこのような質問をするのにはれっきとした理由があった。実は、フェリシアに関するこのような報告は今週で三度目だった。
一度目は、フェリシアが誰にも告げず城を抜け出して城下町へ下りたという報告だった。
あっという間にエドガーによって連れ戻された彼女に、理由を尋ねると「魅惑的な身体つきになれるという薬の真偽を確かめたかっただけです!」と、悔しそうに言っていた。
二度目は、フェリシアが無断でエドガーの食事に薬を混ぜたという報告だった。──さすがに穏やかではない内容に、ジョナサンは厳しく追及した。
すると彼女は「エドガーは、騎士団長の仕事で疲れているだろうから、疲労回復の薬を通常の三倍入れておきました!」と、得意気に語っていた。
当のエドガーは、明らかに食事の色がおかしいことに違和感を覚え、口にしていなかったため事なきを得た。
そして今回、この国の第一王女であるフェリシアは、幼子の姿になり夫であるエドガーに抱き上げられた状態で、ジョナサンの前へと連れてこられ、不安そうに瞳を揺らしていた。
「……質問を変えよう。フェリシア、僕が誰だか分かるかい?」
「分からないわ。あなたは、ジョナサンお兄様とお顔がそっくりだけど……私のお兄様は、まだ子どもだから──」
「そうか。では、君を抱いている人のことは、分かるかい?」
ジョナサンにそう聞かれたフェリシアは、エドガーを見上げると、ふわりと微笑んだ。
「私は大きくなったら、この騎士様と結婚するのです!」
「──えぇ!?何故!?」
ジョナサンは、まさかこのタイミングでフェリシアがエドガーと結婚すると言い出すとは思っておらず、自分の立場も忘れて素っ頓狂な声を上げた。
しかし、当のフェリシアはジョナサンの慌てぶりを前にしても、一国の王女らしく堂々たる態度で理由を述べた。
「だって、私はこの輝くような金色の髪が大好きです!そして、この美しく精悍なお顔も大好きだからです!」
そう言ったフェリシアは、エドガーの首に短い腕を精一杯回すと、力一杯に抱きつく。
抱きつかれた方も、相手が幼子だというのに満更でもない顔をして背中をさすっている。
「……そうか。分かったよ。……フェリシア、今回は危険なことはしてないんだね?」
「私、何も危険なことなどしていませんわ。とにかく、騎士様と一緒に過ごしたいのです!」
「……はいはい。じゃあ、今日はその騎士様と一緒に遊んでもらいなさい。……あ、エドガー?くれぐれもフェリシアを頼んだよ。幼い姿とは言え、この子はフェリシアなんだから。何をしでかすか分からないよ」
「ありがとうございます。フェリシアのことは、私に全てお任せください」
「あ、あと念のため身体に悪い影響が出ていないか、宮廷魔術師に診てもらうように」
「承知しました。この後、すぐ医務室へ寄ります」
謁見の間を後にしたエドガーは、腕の中にいるフェリシアの顔を覗き込む。エドガーと目が合うと彼女は、とても幸せそうに微笑んだ。そして、嬉しそうにエドガーの胸へと頬を擦り寄せてくる。
(な……なんて可愛い生き物なんだ……!!)
エドガーは、幼いフェリシアの愛くるしさに胸が苦しくなり膝から崩れ落ちそうになり、一瞬だけふらつく。しかし、腕の中のかけがえのない大切な存在を思い出し、足に力を入れ直しかろうじて踏みとどまった。
その後も医務室へ向かう道中、何度もフェリシアの可愛らしさに心臓を鷲掴みにされ、膝から崩れそうになり、腰砕けになりかけながらもエドガーは、なんとかフェリシアを宮廷魔術師の元へ送り届けた。
「──身体に影響はなさそうです。一時的な記憶の錯乱が見られますが、呪いや呪術、魔法の気配はしません。時間の経過と共に身体も元に戻るでしょう。特に心配するような身体的、精神的な影響はないですね」
「よかった。では、制限などもなく過ごして良いのだな?」
エドガーは、医務室の診察台に寝かされているフェリシアを、また大事そうに起き上がらせると、自らの腕の中へ閉じ込めるように抱き上げる。そして、視線は宮廷魔術師を見ているが、彼の指先は無意識にフェリシアの白いもちもちの頬をなぞり、その感触を堪能していた。
「基本的には大丈夫でしょう。しかし、念のため城内で過ごすようにしてください」
医務室を出たエドガーと彼の腕に抱かれたフェリシアは、行く宛もなく城内を移動していた。それでも、ちょっとした会話をしては、二人でくすくすと楽しそうに笑い合い、幸せな時間が流れていく。
「──フェリシア。城内も歩き尽くしてしまったし……これから、どこへ行こうか?」
「騎士様と一緒なら、どこでもいいです!」
「そうか……では、仔馬を見てみるか?今ちょうど、この王城に羽駆馬たちが来ているんだ」
「羽駆馬を見に行っても良いの?」
「あぁ、馬の魔物なんだが……フェリシアにはよく懐いているから安心してくれ」
二人は仔馬たちのいる城の北側にある城塞外郭の広場まで、先ほど城内を巡っていた時と同じように、本当の親子のように愛に溢れた空気を纏いながら移動をしていく。
すれ違う使用人や騎士団員は、幼子を愛おしそうに抱えて歩くエドガーの姿を見て「見てはいけないものを見たのでは!?」と、不埒なことを想像する者も多かった。
そんな好奇の視線などお構いなしに二人だけの甘い空気のまま到着した、広場には真っ白な翼の生えた羽駆馬と、燃える手綱のような立派な髭の生えたガイア・ブレイカーがいた。
二頭は仲睦まじく身体を寄り添わせ、お互いの身体に頭を乗せ合いリラックスして時間を過ごしている。
フェリシアは、その周りをぴょこぴょこと跳ね回るように、銀色の仔馬が蝶を追いかけている姿を見つけると、エドガーの腕から落ちてしまいそうなほど身を乗り出した。
「……わぁ!!久しぶり──に見ても、とてもきれいで驚きそうなくらい美しいわね!」
「そうだな。私も、見る度にその美しさに瞳を奪われてしまうよ。白馬が羽駆馬で、黒馬がガイア・ブレイカーだ」
「では、あの銀色の仔馬はなんて名前なの?」
「銀色の馬の魔物は、未だかつて目撃されたことがないんだ。だから、あの仔馬には名前がないんだよ」
「……そうなのね」
フェリシアは、エドガーに抱かれていた腕から下ろしてもらうと、ゆっくり羽駆馬たちへと近づいていく。彼らも、姿は違っていてもフェリシアだと理解しているのか、警戒する素振りも見せず寛いでいる。
「フェリシア、羽駆馬の子どもでも君と契約をしているわけじゃない。あまり不用意に近づいてはダメだよ」
「大丈夫。ここから、声をかけるだけにするわ。こんにちは!」
フェリシアの声に、銀色の仔馬はぴくりと耳を動かした後、ぱっと彼女の方へ顔を向けた。
「あなた、まだ名前がないって聞いたわ!」
仔馬は、フェリシアの言葉を聞いているのか微動だにせずじっと彼女を見つめ好奇の視線を送っていた。
「ねぇ、私が名前を付けてあげましょうか?」
その問いかけに、弾かれるように駆け出した仔馬は一直線にフェリシアへと向かっていく。
いくら仔馬とはいえ、相手は魔物だ。
幼子の姿でなくとも、無傷ではいられないだろう。
「──フェリシア!」




