【その後の話】エドガーの子守り①
こちらは本編完結後のエピソードです。
本編を読みたい方はこちらからどうぞ!
↓↓↓
(作品トップ(目次)はこちら)
https://ncode.syosetu.com/n1639ml/
エドガーは、目を覚ました瞬間ひどく混乱していた。
彼は昨日の夜、夫婦の寝室のベッドの上で愛する妻の身体を大事に抱き締めて眠りについたはずだった。隙間なく密着するようにしていた上、夜中に彼女が腕から抜け出た気配もなかった。
しかし、今、彼の腕の中にいるのはフェリシアのネグリジェを身に纏った、彼女にそっくりな幼子だった。
(これは……一体、何がどうなったんだ──?)
どうしたら良いか判断できず、硬直していると幼子の瞳がパチリと開いた。
曇り一つない紫水晶の大きな瞳には、困惑する己の姿が映っていて、それがさらに彼を動揺させたのだった。
「おはようございます!」
「あ、あぁ。おはよう……」
あまりにも自然に朝の挨拶をする幼子に、エドガーは思わず挨拶を返した。呆然としているエドガーをベッドに残したまま、幼子はブカブカのネグリジェと共にずり落ちるように床へ下りる。そして、長いドレスで階段を登る時のように、慣れた手つきでネグリジェの長い裾をたくし上げると、迷うことなくドレッサーへと向かう。
そして、エドガーが困惑の眼差しを向ける中、幼子は鏡を覗き込み自分の顔を触った後、納得したように頷いた──ように見えた。
それから、何かを探すようにネグリジェの隙間を探り転がり落ちてきたタンザナイトの指輪を拾い上げ、まじまじと見つめる。
(──あの指輪がネグリジェから出てくると言うことは、やはりあの子はフェリシアなのか?)
エドガーは、そのまま幼子の挙動の観察を続ける。彼女は指輪を片手に持ち、もう一方の手を流れるような所作で動かすと、ドレッサーの引き出しを開けた。そして、初めからそこにあることを知っていたかのように金のチェーンを手に取った。
(物の位置を把握しているようだな──フェリシアのことなら全てを把握しようと努めている俺でも、さすがにドレッサーの中までは把握していない。)
そして、幼子はチェーンへ指輪を通すと自らの首元へそっと下げた。
(──あぁ、なるほど。あのサイズでは指に嵌められないから首に下げたのか。フェリシアは幼くなっても、なんとも賢いな)
エドガーが引き続き、短い手足を必死に動かして、あれこれしている幼子の様子を窺っていると、彼女は突然、こちらを振り返った──かと思ったら、大きな紫水晶の瞳に涙をいっぱい溜め始めた。
「──お兄さんは、誰ですか?どうして、私のベッドにいるの?」
幼子はそう言い終えると、不安と恐怖に必死に耐えるかのように、唇を固く引き結ぶ。その様子に焦ったエドガーは、ベッドから跳ね起きると光の速さで使用人を呼ぶベルを手に取り、これでもかと打ち鳴らした。
「フェリシア様!エドガー様!凄まじいベルの音がしましたが、どうしました!?」
こちらもまた、人智を超えた速さで二人の寝室へと現れたのは戦うメイドであるメルドラだった。彼女は、主人たちに危険が迫っていると勘違いしたのか重厚な扉を一撃で蹴破って入室してきた。
そして、室内へと素早く視線を走らせた彼女は、ベッドの上で狼狽するエドガーと、ドレッサーの前ではだけたネグリジェを胸元でかき集め、涙を溜めたフェリシアそっくりの幼子しか見つけられなかった。
そこには暗殺者も襲撃者もいなかった。しかし、いつもと変わらない夫婦の室内に、有り得ない組み合わせを見たメルドラは、瞬時に主人の犯した罪が頭を過ぎり絶句した。
「ち……違う!俺は、何もしていないぞ!俺が目を覚ました時には、この子はすでに俺の腕の中にいたんだ!」
「うげっ。まさかフェリシア様だけでは飽き足らず、こんな幼い子どもに手を出したとか言わないですよね──?」
「変な妄想をするな!この子は、タンザナイトの指輪を持っている──何故、幼子の姿なのかは分からないが確実にフェリシアだ!ジョナサン陛下に相談にいく。着替えの準備をしてくれ!」
いつもの騎士団の隊服を着用したエドガーは、夫婦の寝室でフェリシアの着替えが終わるのを、そわそわした気持ちで待っていた。
寝室と繋がっている支度部屋の扉が開き、メルドラに続いてフェリシアが出てきた。
子ども用のデイドレスに身を包んだフェリシアは、5〜6歳ほどの容姿からは想像もできないほど、高貴な雰囲気と気品を纏っていた。
「エドガー様!フェリシア様の準備が整いましたー!」
エドガーは、メルドラに「ありがとう」と言うと、フェリシアに近寄り、目線を合わせるように膝をつく。視線を合わせた紫水晶の瞳は、愛する妻の輝きと同じだった。
「──フェリシア、とても可愛いよ」
エドガーはいつもの癖で、着替えの終わったフェリシアの髪を一房手に取ると口付けた。すると、フェリシアは、真っ赤な顔で何かを言おうと口を開くが、何も言えずにすぐ口を閉じる。
「私の妻は、幼い姿もこんなに愛らしかったのだな」
「エドガー様、やっぱり幼子の姿の方が興奮しちゃう感じ?」
「メルドラ、幼いフェリシアの教育に悪いから、そのような失言は控えてくれ。──それにしても、いつまででも愛でていられるような、可愛らしさだな。自然と顔が綻んでしまう。ははっ!参ったな」
エドガーが本気でデレデレして破顔するのを間近で見たフェリシアは、少しだけ幼い姿の自分に嫉妬してむくれた後、エドガーに意地の悪い視線を向けた。
「お兄さんは、私と似ている人と結婚しているの?」
「似ている……とは、少し違うが。君のようにとても愛くるしい女性だよ」
「じゃあ、私が大きくなったら私と結婚してくれる?」
エドガーは、幼い妻からの可愛らしいプロポーズに、優しく微笑むとフェリシアの両手を取った。
「そうだな。君が18歳になった時、私から結婚を申し込もう」
「──約束よ?」
「騎士の名に誓い、必ず守るよ」
二人は楽しそうに笑った後、エドガーはフェリシアをフワリと抱き上げた。
「今から、君の本当のお兄さん──この国の王様に会いに行く。少し距離があるから、私が抱いていこう」
フェリシアの可愛さにに、ニヤけるのを抑えられないエドガーを見たメルドラは、その背中を見送りながら禁断の煽り文句を放った。
「エドガー様!ちゃんと、謁見の間に行ってくださいよ!途中で人気のない部屋に連れ込んだり──」
「そんな不埒なまね、するわけないだろう!」
メルドラの煽りを食い気味に否定して、鼻息荒く謁見の間へ向かうエドガー。その首元でフェリシアの小さな手が動き、隊服の襟元を握り締めるのを感じた。彼はフェリシアの甘えるような仕草に、彼女を抱き締める腕に少しだけ力を籠めることで応じた。
メティスリア王国の謁見の間、きらびやかな装飾のされた室内の一段高い位置に座しているのは、国王であるジョナサンだった。彼は、フェリシアの実の兄でもある。
「──フェリシアが幼子になっただって?」
彼は、目の前にいるエドガーからの報告に額を押さえ「やれやれ」といった様子で溜め息をついている。そして、彼に大事そうに抱えられている幼子へと視線を向けた。
その幼子は、ジョナサンの記憶の中にあるフェリシアの幼い頃の姿と瓜二つだった──と言うより、フェリシア本人でしかなかった。




