【過去の思い出】初めての誓いは、夕陽に染まる中庭で②
日を追うごとに少しずつ増えていく、兵士や騎士を目指す入団希望者。そして、彼らとの模擬戦形式の稽古は、全体の技術を向上させるのにはうってつけだった。
切磋琢磨する仲間が増え、すっかり活気を取り戻した見習い兵士と騎士たちの訓練だったが、フェリシアはその訓練と並行して学んでいた魔法の授業で、才能が開花していた。
そのため、剣術の稽古に参加する回数は減っていたが、エドガーはジョナサンとの誓いを忘れることなく剣術の訓練に没頭する日々が続いていた。
──そして、2年の歳月が過ぎたある日。レナ・フォン・オブシディアという、精霊魔法の扱いに精通している貴族の令嬢が騎士見習いとして入団した。それをきっかけに、数ヶ月ぶりにフェリシアも参加した剣術の稽古後、エドガーは彼女に呼び止められた。
「エドガー様!ちょっとだけ、お時間をいただいても、よろしいかしら?」
「──はい。フェリシア様、何でしょうか?」
フェリシアの後について歩き、中庭の隅にあるオリーブの木の根本へと向かい合う形で立ち止まる。
傾いてきた太陽の光は、中庭に伸びた影を作り出しながら、フェリシアの美しい銀髪を琥珀色に染め上げていた。
(──この美しさで、まだ14歳とは……)
久々に顔を合わせたフェリシアは、少女の面影の中に王族としての気品や洗練された美しさが漂うようになっていた。
以前は、平気で身体を寄せてきていたフェリシアが、抱きついてこないことも、変に彼女のことを意識してしまう要因だったのかもしれない。
(……こんな汚れた格好では、フェリシア様も近寄りたくないのかもしれない)
稽古で土埃に汚れ、汗をかいている自らの身体を気にしたエドガーは、フェリシアから少しだけ距離を取る。
「どうして、離れるのです?」
不自然に後退りをしたエドガーに気がついたフェリシアは、彼の気持ちなど知る由もない。そんな事はお構いなしに、ずずいと顔を寄せる。
同じ稽古をこなしていたはずのフェリシアから、ふわりと花の甘い匂いが漂いエドガーの心臓はドキリと跳ねた──と、同時にフェリシアが口を開く。
「私、お兄様のお側で、お兄様を守りたいのです!」
「……えっと、それは一体どういう意味ですか?」
「お兄様は、いずれこの国を背負っていかなくてはいけません!しかし、それには信頼できる味方が必要でしょう?」
フェリシアは、難しい顔をしながらも一生懸命にエドガーへと説明をする。
「エドガー様は、タイタン・ベヒモスの襲撃があった日、自らが怪我をするのも構わず、お兄様を助けてくれましたよね?」
「……それは、当然のことをしただけです。騎士は、王族を守るのが最優先の務めですから」
エドガーは、父であるガレスから日常的に『騎士とは国のためにその身を捧げる覚悟が必要だ』と、教えられて育ってきた。そんな彼にとって、王族のために自らを犠牲にすることは、当たり前であり名誉なことであった。
「ですが『14歳の少年が死の恐怖に打ち勝つことは簡単なことではない』と、お父様が言っていました!それに『王は孤独だ』と、よくお父様が言っています」
フェリシアは、うんうんと自分の発言に頷くと、さらに言葉を続ける。
「だからこそ、エドガー様には、私と一緒にお兄様を支え、守っていく、信頼できる味方の一人になってほしいのです!剣の腕もガレス師匠譲り、誰よりも騎士らしい振る舞いをするエドガー様しか考えられません!お願いします!」
フェリシアの紫水晶の瞳の奥には、決意の炎が燃えていた。国のために身を捧げるジョナサンを支えたいという、彼女の強い想いを聞いたエドガーは、ふっと優しく微笑んだ。
(……やはり、フェリシア様は俺の心を掴むのがうまいな。こんな誘われ方をしたら、断れるわけがないじゃないか。──二年前、ジョナサン殿下にはすでに忠誠を誓っている。今日から、俺の主はジョナサン殿下とフェリシア王女になる……!!)
エドガーは、フェリシアの前にそっと跪く。
そして、右手を自らの胸へと添えると少しだけ頭を下げた。
──それは、騎士が忠誠を誓う時の動作だった。
「この命と剣、すべてをジョナサン殿下と、フェリシア王女に捧げます。我が剣はあなた方の盾となり、我が盾はお二人の命を守る砦とならん。我が忠誠は永遠にお二人とともに。命尽きるその時まで、私はジョナサン殿下と、フェリシア王女の忠実なる騎士です」
エドガーは、金色の髪を風にサラサラと揺らしながらフェリシアからの返答を待つ。
フェリシアは、初めての誓いの言葉にゴクリ、と喉を鳴らした後、堂々とした声を上げた。
「貴方の誓いに、心からの感謝を。その言葉だけで、私はどんな困難にも立ち向かえます。私たちの誇り高き騎士よ。どうか神の加護が、貴方の進む道にありますように」
フェリシアの言葉を聞き終えたエドガーは、満足そうに立ち上がる。目の前には、嬉しそうにニコニコと笑うフェリシアがいた。
(あぁ……なんて、愛おしいんだ)
そんなことを思っていると、フェリシアが大きく一歩、エドガーに近づく。かと思った次の瞬間──フェリシアは、エドガーの肩に手をつくと背伸びをしてその頬に自らの唇をそっと押し付けた。
──ちゅっ
一瞬だけ触れた唇は、あっという間に離れていった。フェリシアは、恥ずかしそうに頬を染めると消え入りそうな声で囁いた。
「──これは、忠誠を誓ってくれたお礼です」
突然のキスに完全に硬直したエドガーを置き去りすることを決めたフェリシアは、脱兎の如くその場から逃げ出した。そして、そんな彼女を見送ったエドガーは、ガクリとその場でしゃがみ込んだ。
「……あぁ、フェリシア様は、どこまで俺の心を掻き乱すんだ──!!」
しばらく膝に力が入らず、その場でしゃがみ込んだままのエドガーは、夕日に照らされた金髪が燃えるような橙色に見えるよりも、もっと真っ赤な顔をしていたのであった。
「──エドガー?」
フェリシアが自分を呼ぶ声に、追憶から戻ったエドガーは彼女へと身体を向ける。
「フェリシア、4年前にオリーブの木の根元で俺にキスをしてくれたことを覚えている?」
「なぜ……?」
「もう一度、して欲しくなった」
エドガーの深い青の瞳は、フェリシアの紫水晶の瞳を捉えて離さないほど情熱的な色を宿していた。
フェリシアは、少し照れながら彼の頬を両手でそっと包む。
「でも、あのキスは貴方からの尊い誓いへのお礼だったはずよ?」
ほんの少しだけ意地悪な笑みを浮かべたフェリシアに、エドガーは余裕の笑みを見せると、彼女の額へと自らの額を寄せる。
「──では、そろそろ……あの時の誓いを守り続けている俺への『ご褒美』があっても良いのでは?」
「ふふっ。エドガー、貴方はいつからそんなに甘えん坊になったのかしら」
「フェリシア、君は昔から俺の心を掻き乱すのがうまいな。──早くしないと、俺からしてしまうが……そうなると、君からのご褒美は別でもらうことになるな」
フェリシアは、観念したようにエドガーの瞳を覗き込むと静かに微笑んだ。そして、エドガーの頬を包む両手に力を入れ、彼を自分へと少しだけ引き寄せる。
フェリシアの両手に導かれるように、少しだけ前屈みになったエドガーは、唇が触れ合う距離にいる彼女に心臓が高鳴るのを感じた。
「──あの時はね、本当は唇にキスがしたかったの。でも、貴方の背が高くて……頬にしか届かなかったのよ?」
フェリシアは、短く息を吸うと、自分の言葉に驚きを隠せないエドガーの唇に、そっと触れるだけの短いキスをした後、蝶が花から飛び立つようにふわりと身体を離す。
「──エドガー!!あの時より、今の方がもっと顔が真っ赤よ!」
フェリシアは、嬉しそうにそう言うと、ぱっと身を翻し駆け始める。
銀髪もドレスも、軽やかに宙を舞うように広がっては、彼女の動きに合わせて踊るように揺れている。
「──フェリシア!待ってくれ!」
エドガーは、その愛しい人の背中を慌てて追いかける。身体の奥底がムズムズとして、笑い出したいのか泣き出したいのか分からないが、とにかく幸せでフェリシアが愛おしくて仕方がないといった表情をしていた。そして、そんな幸福な表情のエドガーは、フェリシアを抱き締めるためだけに駆け出したのだった。




