【過去の思い出】初めての誓いは、夕陽に染まる中庭で①
春の陽射しが降り注ぐ穏やかな午後、フェリシアとエドガーは二人並んでメティスリア城の庭を散歩していた。仲睦まじく手を取り合って歩く二人の耳に、元気な声が聞こえてくる。
「おい!急げ!早くしないと剣術の稽古が始まっちまうぞ!」
「ちょっと待ってよー!お兄ちゃん!」
声の方を振り返ると14歳ほどの少年が後ろを気にしながら駆けていく。その後を10歳ほどの少女が、必死に追いかけていく。その光景に、フェリシアは懐かしさを感じて目を細めて見つめる。
「私も昔は、ああやってお兄様を探し回ったわ」
「あの子たちは、兵士か騎士見習いとして登城しているのだろうな」
「最近は、女の子の志願者も増えたわよね。レナが入団してきた時も、かなり珍しかったのを覚えているわ」
「レナが入団できたのは、フェリシアのお陰でもある。君の行動力が、この国の発展に大きな影響を与えていることは間違いない」
エドガーは、「それは言い過ぎよ」と、自分を見上げてくるフェリシアを愛でながら、彼女の頬を撫でる。
「俺が入団した頃は、戦うのは男の役目といった風潮が根強く残っていた。──フェリシア、君がジョナサン陛下を毎日のように追いかけ回し『剣術を習いたい』と訴えていたことが、女性に剣を持つ選択肢を与えたんだ」
「──私は何も考えずに、ただお兄様を支えるために行動していたから……」
「そうだな。あの頃の、フェリシアの瞳にはジョナサン陛下しか映っていなかったな」
エドガーは、記憶を辿るように兄妹が駆けていった先に視線を送る。
──フェリシア(12歳)は、今日も城内を走り回っていた。
どんなに美しく豪華なドレスを着ていても、重要な来賓客が訪ねて来ても、マナーの講師に厳しく指導されても、走り回ることをやめなかった。
現に今も、ドレスのスカートを豪快にたくし上げて城の廊下を全力疾走している。
そして、フェリシアが走り着く場所は決まって彼女の兄──ジョナサン殿下(16歳)のいる場所だった。
「お兄様!!エドガー様!!ここにいらしたのね!私も剣術の稽古にご一緒しても良いかしら!?それにしても、エドガー様の髪は今日も太陽のように輝く金色で素敵ですね!」
「──見習い騎士の私にまで声をかけてくださり、ありがとうございました。フェリシア様は、いつお会いしても元気で可愛らしいですね」
「まぁ!可愛いだなんて、エドガー様ありがとうございます!」
城壁外郭の広場にある訓練場へと駆け込んできたフェリシアは、頬を僅かに上気させたまま、期待に満ちた瞳で、素振りをするジョナサンとエドガー(16歳)と、剣の師匠であるガレスへと近付く。
皺くちゃなドレスを纏っているにも関わらず、その出で立ちとは対象的に目を奪われるような笑顔の少女。
その姿を見たガレスは、熊のような大きな身体の、岩のような肩へと愛剣を担ぎ上げて、大笑いする。
「がっはっはっ!フェリシア様は、ジョナサン殿下を見つけるのが本当に上手ですね!」
「当たり前よ!私には、お兄様がどこにいても『愛の力』で居場所が筒抜けなんですから!それに、お兄様が頑張っていることは、私も全部やりたいのです!」
胸を張るフェリシアの背後から、優しくも厳しい声が響き渡る。
「フェリシア!貴女に剣と魔法の稽古をさせると約束はしましたが、ジョナサンたちと同じ時間とは言っていませんよ!貴女は王女なのだから、社交界で通用する技術を磨くのが先です!」
フェリシアがビクリと身体を震わせて、恐る恐る振り返ると、呆れた様子のクレア王妃が腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「お……お母様!ダンスもマナーのレッスンも、ちゃんとやるわ!だから、お兄様たちと一緒に剣の稽古をさせて!お兄様と一緒に国を支えるには、一人の稽古ではなく模擬戦が必要なのよ!お母様、お願い!」
フェリシアは、紫水晶の瞳を潤ませて懇願するようにクレアを見る──が、クレアが首を縦に振ることはなさそうだった。そう判断すると、フェリシアは素早く金髪の少年に駆け寄る。そして、その背後に隠れると「エドガー様も『フェリシアと一緒に稽古がしたい』って、お母様に言ってください!」と、こそこそ耳打ちしている。
そのフェリシアの王女らしからぬ振る舞いに、クレアは額に手を当てて盛大な溜め息をつく。
「フェリシア、エドガー様に縋り付くのはやめなさい。貴女には王女としての振る舞いを、もっと厳しく学んでもらわなくてはなりませんね」
「──こほんっ……クレア様。ガレス師匠──父上は現状、自分の鍛錬の時間を以前のように取れておりません。そのような状態では、満足に城を守れないかもしれません」
エドガーは、背後のフェリシアを庇うように立ち直し、姿勢を正すとクレアに進言する。
それは、フェリシアがジョナサンではなく、ただの見習い騎士の自分を頼ってくれた──そして、自分のためではなく、兄のために強くなろうとする姿に、なんとか助けてあげたい、という気持ちに駆られていたからだった。
「ですから、フェリシア様と私たちの剣の稽古の時間を一緒にしていただいた方が一石二鳥かと……あと、父上の話ではフェリシア様はドレスのまま剣術の稽古をなさっているとか──?ドレスの下に短剣を忍び込ませておくという、防衛方法があることは知っています。しかし、剣の扱いに関して初心者のフェリシア様には、大変危険な装いだと思います」
そこまで言ったエドガーは、クレアに提案をしてしまった焦りと緊張からか、それとも背中に感じるフェリシアの体温にドキドキしているのか分からないが、耳が赤くなっていた。
フェリシアは、未だにエドガーの背後に隠れながら彼の服をキュッと掴み、後ろで激しく同意するように首を縦に振っている。
「母様。フェリシアは、やることはきちんとやり遂げる子です。それに、エドガーの言うように、講師の方々には僕たちだけに時間を割くより、領地内の後世の育成にもっと力を注いでいただいた方が良いと思います。……二年前のタイタン・ベヒモスの襲撃で受けた、兵士や戦士の損害はまだ補えていないのですから」
ジョナサンの現実的な防衛に関する発言で、クレアは何も言えず押し黙る。そして、諦めたような表情でフェリシアを見ると手招きをした。
「フェリシア、その格好は模擬戦のある剣術の稽古には適していません。着替えを用意してもらいますから、こちらへいらっしゃい」
「お母様!ありがとうございます!お兄様も、エドガー様もありがとうございます!」
フェリシアは、花が綻ぶような笑顔を見せるとまた慌ただしく走り去っていった。
その飛び回る子犬のような後ろ姿を、エドガーは目を離すことができずじっと見つめる──その眼差しは、はたから見れば完全に恋に落ちている顔であった。
「──エドガー。僕はちゃんと、約束を守ったんだよ?もちろん、君もしっかり鍛錬に励みガレス様の後を継いでくれよ?」
「当たり前だ。騎士たるもの、誓いは絶対に守る」
ジョナサンは、急に崇高で高貴な騎士のような発言をするエドガーに、わざとらしく意地悪な視線を向けた。
「そうだね。万が一にも、剣でフェリシアに負けるようなことがあったら、騎士団長になれないばかりか、婚約者候補にすら入れないだろう」
エドガーは、ジョナサンの呟きに慌てて木刀を握る手に手からを籠め、ビュン!ビュン!と、音を立てて素振りを開始する。
(ジョナサン殿下の言う通りだ。フェリシア様の飲み込みの速さは尋常ではない。あっという間に追い越される可能性がある!!──絶対に、死ぬ気で強くならなければ!!)
エドガーが、鬼気迫る勢いで素振りをするのをみたジョナサンは、満足そうに微笑むと自分も素振りを開始した。
「ふふふ。エドガー、君には色々な意味で期待しているからね」
フェリシア用の細い木刀を用意して戻ってきたガレスは、いつもの倍の速度で素振りをする息子エドガーを見て、感心した後、嬉しそうに笑っていた──が、動きやすいパンツスタイルで戻ってきたフェリシアを見たエドガーは、思わず木刀を手から落とし彼女を凝視してしまったため、ガレスから強烈なげんこつをくらった。
「稽古に身が入らなくなるなら、フェリシア様との合同稽古は取り止めにするからな!」
それから、合同稽古の度に邪念を必死で振り払い、無我夢中で稽古に励んだエドガーは、メキメキと頭角を現していった。フェリシアもまた、持ち前の運動神経の良さと飲み込みの速さで、ジョナサンやエドガーには及ばないが、一般兵士を追い越す勢いで剣術の腕が上達していた。




