【その後の話】エドガーの願い②
「フェリシア──君に選んでもらいたいんだけど、よく聞いてくれよ?」
「な……何かしら?場合によっては、どっちも選択しない可能性もあることだけは、先に伝えておくわ」
「大丈夫。変なことではないから、安心してくれ」
フェリシアが、ゴクリと喉を鳴らしエドガーの言葉を待つ。彼は、楽しそうに笑うとフェリシアから身体を離すと、一冊の古びた魔導書を取り出した。
「──この魔導書には、特定の人物の身体のサイズを」
エドガーが言い出した言葉の先に勘づいたフェリシアは、慌てて彼の口元を両手で塞ぐ。そして、真剣な表情で首をゆるゆると横に振る。
その様子を見たエドガーは少し残念そうに目線を落とすと、それ以上発言することはなく静かに魔導書をティーテーブルへと置いた。
気を取り直したエドガーは自らの純白のマントを広げると、左側の裏地──心臓の位置にあたる場所を指差すと、少し不安そうな顔でフェリシアを見つめる。
「この場所に、君の名前を刺繍してほしいんだ」
──そして、フェリシアはエドガーのマントに刺繍をすることになったのだった。
「そんなことがあったのですね……あのエドガー様が、甘々な台詞を言うようになったのは、やはりガレス様のアドバイスのせいでしょうか?」
「──ガレス様が、何をアドバイスしたの?」
「フェリシア様、城から逃げてしまったことがあるじゃないですか?あれは、エドガー様の愛を伝える能力が低かったからだと思い込んだガレス様が『毎日10回は愛を囁やけ!』って、エドガー様に言ったらしいですよ」
メルドラのとんでもない告白に、フェリシアは額を押さえる。しかし、決して悪い気はしなかった。むしろ、エドガーが自分への愛を一途に伝えてくれる姿を思い出し、心がぽかぽかと温かくなっていく。
「──まぁ、いいわ。私も、エドガーから愛を囁かれるのは嫌いじゃないの……さ、あともう少し!今日は、天気も悪いしどうせお出掛けも出来ないから、頑張って完成させるわ!」
フェリシアは、ほんの少しだけ上気する顔をやる気で満たすと、また丁寧に針を刺していった。
──命名式の前夜、フェリシアは完成した自分の名前入りの純白のマントを綺麗に畳むと、ベットの端に腰掛けている自らの膝の上へ置いた。
そして、ほんの少しだけ緊張した面持ちでエドガーが入ってくるであろう扉に視線を向ける。聞き慣れたノックの音と共に、入室してきたエドガーを見て、フェリシアの心臓はドキリ、と跳ねた。
「──フェリシア?何を緊張しているんだ?」
いつもと違うフェリシアの様子に、すぐ気が付いたエドガーは、足早に彼女へ近づき隣へと腰掛ける。そして、彼女の手を握ろうとした時、その膝の上に純白のマントがあることに気が付いて、ハッと顔を上げた。
「──私の名前、刺繍したわ。いつでも、私は貴方のことを想っているし、無事を祈っているわ。それに、私が貴方の心臓を守るから安心して!」
フェリシアは照れてエドガーの顔を見ようとしないが、その言葉には愛が溢れていた。それが、すごく嬉しくてエドガーはフェリシアを抱き寄せる。
「ありがとう、フェリシア!本当に嬉しい!もう二度と、このマント以外の物は身に着けないと約束しよう!」
「そ、そんな約束しなくても大丈夫よ!貴方のためなら何度だって刺繍するわ!だから、しっかりと護衛の任務を果たして、帰ってきて?」
フェリシアの無自覚な煽りに、エドガーはほとほと困り果てて苦笑いを浮かべる。それでも、今夜はどうしても気持ちを抑えられそうになかった。
「──君に触れても、良いだろうか?」
「……明日の任務に支障が出ない範囲なら」
「俺の体力を甘く見てもらっては困るな」
どちらからともなく、くすくすと笑いながら唇を重ねる。一度、触れ合ってしまった熱を止める術はなく、二人は愛を確かめ合うように肌を重ねたのであった。
翌朝、命名式へ向かう長い車列を見送るため、フェリシアは城塞外郭の広場へ来ていた。
ジョナサンとレナは、すでに馬車へと乗り込み出発の合図を静かに待っているようだった。
「フェリシア」
愛する人の声に、振り返るとエドガーがあの純白のマントを身に着けて立っていた。彼は、フェリシアの長い髪を一束手に取ると、一生懸命に纏め最後に髪飾りで固定した。
「刺繍のお礼に用意していたんだ。俺以外の男に、髪を解かせてはダメだからな?」
今にも解けそうなほど、ゆるゆるな髪の纏め方だったがフェリシアは愛おしくて堪らないといった表情で、エドガーを見つめる。
「当たり前だわ!髪飾り、大切にする……ありがとう!帰りを待ってるわ!」
「あぁ、行ってくる!」
エドガーは、軽い身のこなしで愛馬へ跨ると純白のマントを見せびらかすように、馬上でバサリと広げる。
太陽の光を受けて黄金に輝く彼の髪と、純白のマントが相まって神話の英雄のような出立となった。
「このマントさえあれば、あの超巨獣タイロン・ベヒモスでさえ一瞬で倒せそうだな」
城塞都市までの道中、何度か魔物の襲撃に遭ったが、エドガーの圧倒的な活躍──否、マントを絶対に汚したくないという強い意志により、誰一人として怪我を負うこともなく目的地へ辿り着くことができた。
そして、城塞都市へ到着後、ことあるごとにマントをバサリと広げて得意気な顔をするエドガーを見た、かつての戦友たちは「白鳥にでもなりたいのか?」と本気で不気味がったが、ロイズだけは裏地の刺繍に気がつき少しだけ悔しそうな顔をしていた。
「この城塞都市の名前は、メティスリアのフェリシア様が考案したものだ!これから発表するから、しかと聞き届けよ!!」
ルカの声に静まり返った城塞都市にある、中央広場は街の名前を心待ちにする人々で溢れかえっていた。そして、両国から絶対的な人気を誇る『フェリシアが考えた名前』と考案者が発表された今、その期待値は最高潮に達していた。
「この街の名は──エルピス!!この名には『パンドラの箱の中に最後まで残った希望のように、何があっても希望を捨てない街になってほしい』という我が妹、フェリシアの願いが籠められている!!」
ジョナサンの声が広場に響き渡った瞬間、その美しい響きと籠められた願いに、割れんばかりの拍手と歓声が上がり、しばらく鳴り止まなかったほどだった。
「エドガー様!お久しぶりです!」
「ルカ様。お久しぶりでございます」
「敬語はやめてください!兄上にも、怒られてしまいます!」
「そうか?」
命名式が終わった後、エドガーはルカと久々の再会を喜び合っていた。エドガーが、腕を腰へと当てた瞬間に見えたマントの裏地に、ルカの視線は釘付けになった後、羨ましそうに声を上げた。
「エドガー様、やりますねぇ」
「──気がついたか?妻に刺繍してもらったんだ」
「フェリシア様は、何でもできてしまうので本当に尊敬します。この都市の名前だって、すごく素敵です!」
「──必死に考え悩む姿も、美しかった」
エドガーが、フェリシアを思い出して頬を染める。
それを見たルカは、笑い声を上げる。
「そうでしょうね!我々も、姉妹国らしくこれからも手を取り合っていきましょう!」
「あぁ、もちろんだ。今度は、フェリシアと共にガルヴァスへ会いに行こう」
エルピスと命名された街は、その名の通り魔物から襲撃されても自然災害に見舞われても、決して希望を捨てず、発展を続けたのだが──それに全身全霊をかけて尽力したシリルとタイロンの話は、また次の機会に。




