【その後の話】エドガーの子守り③
「──フェリシア!!」
すんでのところでエドガーが仔馬の軌道に身体を滑り込ませ、フェリシアをしっかりと高い位置で抱き上げる。直撃は免れたが勢いを止められない仔馬は、エドガーの腹部へと猛烈に突進した。仔馬のそれなりの威力の頭突きをもろに食らったエドガーだったが、彼の鍛え抜かれた身体を押し倒すことは叶わなかった。
そればかりか、エドガーの腕がフェリシアを守ることだけに機能し完璧に包み込んでいたので、彼女にはほんの僅かな衝撃しか伝わらなかった。
そこへ追い打ちをかけるように、エドガーの背後へ回ると仔馬が彼の腰へグリグリと頭を押し付けてきた。そうしたかと思うと、後ろ脚で立ち上がった仔馬は、フェリシアを抱きしめているエドガーの腕に前脚を引っかけるような仕草をする。
「こらっ……ちょっと、待ってくれ!分かった、フェリシアが落ちてしまう!──今、離すから!」
仔馬が少し距離を取ったのを確認したエドガーが、フェリシアを解放する。それを見た仔馬は、ゆっくりと近づくとフェリシアの頭に自らの頭を乗せた。
「ふふふ。可愛い!」
フェリシアは、仔馬の顔へと手を伸ばすと優しく撫でる。仔馬も嬉しそうにブルルルと、鼻を鳴らして喜びを表現していた。
「ねぇ?名前を付けてもよいの?」
フェリシアが聞くと、仔馬は彼女の肩をグイグイと鼻先で押して距離を取ろうとしてくる──きっと否定の反応だろう。
「私が付けるのは嫌そうね。じゃあ、他の人に付けてもらいたい?」
仔馬は彼女の頭に自らの頭を乗せると、大きな鼻息を一つだけ吐き出した。その分かりやすい肯定の仕草に、フェリシアは笑い始める。
「騎士様!!この仔馬は、私以外に名前を付けてほしいそうです!」
「──では、私が名付けよう」
エドガーは、一歩だけ仔馬に近づくと手を差し出した。しかし、仔馬はその手に鼻を近づけた後「お前も違う!」とでも言うかのように、荒い鼻息を吐き出した。
それから、しばらくフェリシアと仔馬は一緒に駆け回って遊んだ。時々、フェリシアを鼻先で押し倒しては、すごい勢いでやってきた羽駆馬に首筋を甘噛みされ、短い悲鳴を上げる仔馬だったが、基本的には人懐っこく優しい性格のようだった。
日が傾いてきた頃、ようやく遊び疲れた仔馬が親の元へ戻っていくのを見送ってから、フェリシアとエドガーも夕食の席へと向かった。
夕食の席では、カトラリーの扱い方が完璧な幼いフェリシアの姿に使用人たちが驚いた顔をしていた。
(フェリシアの小さな口がパクパクと動くのを見ていると、どうしても雛鳥に見えてしまうな。)
そんなことを考えているうち、エドガーは甲斐甲斐しくフェリシアの口へと、小さく切った食材を運んでいた。そんなエドガーの振る舞いに、食堂にいる全ての人が度肝を抜かれ驚愕の視線を向けたが、そんなこと目の前の可愛いフェリシアの前では、些細なことに過ぎなかった。
そして夜──夫婦のベッドにはエドガーとフェリシアが横になっていた。フェリシアは、幼い頃に自分が着ていたネグリジェを身に纏っている。今にも眠りそうなとろんとした表情のフェリシアは、自分の髪を優しく撫でてくれているエドガーに、静かに問いかけた。
「……騎士様?騎士様は……子どもは好きですか?」
「そうだな。子どもはいるだけで、周りを明るくする存在だと、今日、改めて実感したよ」
「……騎士様のお話、ちょっと難しいです」
「もし、私に子どもができたら、全力で愛すだろう」
「ふふふ。素敵ですね!私が大きくなったら、結婚して、子どもが生まれたら全力で愛す──約束ですよ?」
「あぁ。約束しよう。さぁ、もう疲れただろう?ゆっくり眠るといい」
フェリシアは、ふわぁと欠伸をすると、もぞもぞと毛布の中に丸まりあっという間に寝息をかき始めた。
(きっと、フェリシアとの子どもは、こんな風に愛らしい活発な子になるんだろうな)
フェリシアとの未来を想像したエドガーは、心の底から幸せが溢れ出し、全身がむず痒くなって思わず笑みが零れた。
目の前で眠る幼いフェリシアが可愛くて、夜通し頭を撫で続けても飽きなかったのは、エドガーだけの秘密だった。
──翌朝、エドガーが目を覚ますと目の前では、大人になったフェリシアが楽しそうに、こちらを見ていた。
紫水晶の瞳は、幼子の時と変わらずキラキラと輝きその瞳の中には、気の抜けたような顔をした己が映っていた。
「エドガー、おはよう!……昨日の約束、いつ果たしてくれるの?」
フェリシアの言葉に一瞬、何を言っているのか分からずフリーズしたエドガーは、ハッとした。
「──まさか、昨日のことを覚えているのか?」
「当たり前よ!朝から夜まで、たっぷり可愛がってくれたわよね?……若返りの薬を飲み過ぎて、狙った年齢よりも幼い姿になってしまったけど……名演技だったでしょ?それにしても、騎士様の本心が聞けて大収穫だったわ」
「……俺の本心?」
フェリシアは、にーっこりと微笑むとまだ頭のはっきりしないまま、焦りと羞恥の狭間でベッドに横たわるエドガーに、顔を寄せた。
「あんなに夢中になって、私の面倒を見てくれるのだから……そろそろ、一歩先に進んでみない?」
フェリシアは、幼子では到底作れないような妖艶な表情を浮かべると、ゆっくり焦らすような速度でエドガーへ身体を擦り寄せた。
(──昨日のあれは、全部フェリシアの作戦だったのか……まんまと騙されたな……!!)
エドガーは、自分の行動のあれこれを思い出し、全身から火が出るほど真っ赤になって悶絶している。
「まさかとは思うが、城下町へ出掛けたのも、俺に薬を飲ませようとしたのも……?」
「そうよ。エドガーの本心が分からないと。私だけでは、どうしようもないもの」
フェリシアの言葉に、エドガーは自分が父親になって可愛い子どもを抱き、隣には愛しい妻が寄り添っている場面を想像する──それだけで、彼の心は満たされ幸福が満ちていった。
「──俺が君の頭を撫で続けていた時も……?」
「あんなに温かい掌の感触を忘れられるわけがないわね。──それで、騎士様?……私たちの可愛い子どもは、いつ作りましょうか?」
フェリシアから繰り返される悪戯な仕草と甘い囁きに、朝から翻弄されっぱなしのエドガーだったが、愛する妻からの誘いに満更でもない笑顔を向ける。
「エドガーが我慢できるなら、私は夜まで待てるけど──どうする?」
フェリシアから挑戦的で扇情的な瞳を向けられたエドガーは、赤面した顔のまま仕返しとばかりに彼女の美しい唇に、自らの唇を一度だけ押し付けた。
そして、嬉しそうに微笑むフェリシアの紫水晶の瞳すら溶かしてしまうほどの熱っぽい視線を向けたエドガーは、まだ火照る顔のままフェリシアの細い腰を熱っぽい両手で引き寄せた。
「──俺はいつでも構わない。君が望むなら」
エドガーの、腰が砕けそうになるほど低く極上の囁きに、フェリシアはゾクリと身体を震わせた。
そのまま二人は、昨日の夜の続きを紡ぐようにベッドの奥へと身を滑り込ませる。愛と幸福に満ちた熱の中、お互いの鼓動と体温を確かめ合うように、深く身体を重ね合わせていくのだった。




