探偵レナ
レナは簡易的なイスをベッドサイドへ運んで来て——失礼します、と腰掛けた。
「もうすぐ昼食の時間になりますので、軽くつまめる物も持って参りました。3日間眠り続けた後ですので、ご無理のないように召し上がってください」
サイドボードには、ハーブティーと共にクロケット・ビスキュイが置かれた。これは、体調を崩した時や食欲のない時によく食べられているビスケットだった。
「ありがとう。早速、いただくわ」
小麦粉を極限まで細かく挽き、卵の白身だけでふんわりと焼き上げた静養食であるビスケットは、フェリシアが軽く歯を当てるとサクッと心地よい音を立て簡単に砕けた。そして、口の中に入った瞬間に噛む必要もないほど優しくシュワッと溶けていく。
——口の中のビスケットと同じように、この胸のつかえが全て溶けて流れてくれれば良いのに。
「では、フェリシア様。一緒に整理をしていきましょう」
レナは紙とペンを取り出し、探偵のように鋭い瞳をフェリシアへと向けた。
「まず、フェリシア様はエドガー様が犯人だと、なぜお思いになられたのですか?」
「—それは⋯⋯」
あの月夜に照らされた狂気的な夜のことを、伝えようか悩み、まずはアンナから聞いた内容を口にする。
「——アンナから聞いたのよ。『お兄様が毒殺された。犯人はお姉様と婚約していて、実は裏で王位を狙っているエドガー様だ』と」
「では、それを聞いてフェリシア様は、どのように思いましたか?」
「⋯⋯始めは、アンナが何かを早とちりしているんじゃないかって。エドガーが、まさかそんなことをするはずはないって思ったわ」
レナはフェリシアの言葉をサラサラと紙にメモをしていく。メモをしながら、フェリシアの表情や僅かな息遣いに気を配り、慎重に質問を重ねていく。
——きっと、私がまた魔力暴走を起こさないように気を遣ってくれているのね。ありがとう。
とフェリシアは心の中でレナに感謝した。
「では、フェリシア様『エドガー様が犯人であることはあり得ない』と直感的に思われた⋯⋯ということですね?」
——『直感的に』と聞かれると、そうなのだろうか⋯⋯と考えてしまう。なかなか言葉の出ないフェリシアを見兼ねて、レナが口を開いた。
「⋯⋯アンナ様は他に何か、エドガー様に関することを仰っておりましたか?」
「確か私がこうなってしまう前に『数日前に』って言っていたから⋯⋯今から一週間ほど前かしら?東屋でエドガーに待ち伏せをされ壁に押し付けられて、『アンナ様⋯あなたは何を知っているのですか? 怪しい動きをするなら⋯例え第二王女だとしても、あなたのことも⋯⋯!』って、怖い顔で睨まれたらしいわ」
「その他には、何か気になることは仰っておりましたか?」
「使用人たちも、エドガーがこの国を掌握したいから、第一王女である私と婚約したんじゃないか、って噂をしている⋯⋯とも言っていたわ」
——そうなのですね。だいぶ分かってきました、とレナが紙から顔を上げた。
「——ここからは、まず真実だけをお伝えしていきます。これは、王城の記録にも正式に残っているものなので、必要であれば書類をお持ちできます。」
——よろしいですか?
と、レナがフェリシアの許可を求めてきたので「大丈夫よ、続けて」と答えた。
「——ジョナサン殿下の死因ですが、3日前の時点では『毒殺』と確定しておりません。」
「⋯⋯⋯⋯」
「東屋での出来事についてですが、一週間ほど前ですと、王妃様によるガーデンパーティーが開催されておりました。庭のいたるところに貴族の方々がいらっしゃいましたので、エドガー様のような目立つ容姿の方が待ち伏せなどしていたら、大変お目立ちになると思います。」
「⋯⋯⋯⋯」
「開催日、開催時刻、出席リストを確認して、皆様にそのような事があったか確認いたしますか?」
——あぁ、そうでした。
と思い出したように、レナは言葉を付け加える。
「そもそも、この王城の東屋に壁がないことはフェリシア様もご存知ですよね?アンナ様は、一体どこの壁に押し付けられたのでしょうか⋯⋯」
「——っ!!!!」
「——それと、使用人たちの目に映るエドガー様のフェリシア様に対する想いの部分ですが⋯⋯もう、それそれは重———い愛情を持っていらっしゃって、本当は誰からも目の届かない場所に閉じ込めておきたいけど、騎士としてそのような行動はできないっ!!と、ご自分を激しく律してフェリシア様のお側にお使えしている、というように見えております。」
「——————っっっっ!!!!」
フェリシアは、この短時間でアンナの発言のほとんどがレナという使用人に覆されたことに、言葉が出なかった。
フェリシアが自室のベッドの上で驚愕の表情を浮かべていた時、まるで失恋したような顔で王城の図書室へ向かってトボトボと歩く、エドガーの姿があった。
彼は、侍女のレナと花屋の店主から言われた「花言葉はご自身でお調べください」という言葉を、守るためにここへ立ち寄っていた。
「⋯⋯え—っと、『花言葉』だったな⋯⋯あぁ、これか。ガーベラ⋯ガーベラ⋯⋯ガーベラ四本⋯⋯⋯」
——ガタンッ!
王城内にある図書室では、エドガーが一人、『花言葉のすべて』と題された古い本を持ったまま、赤面して頭を抱えていた。
——なぜ、あの花屋の店主は私の気持ちに気が付いたんだ⋯⋯。
——私は、愛の告白がしたかったのではなく、お見舞いをしたかっただけなのだが⋯⋯!!
エドガーが開いたページには「ガーベラの花言葉」と書かれている。
『四本⋯⋯あなたを一生愛します』
エドガーは、花屋の店主が最後に「頑張ってくださいよ!色男の騎士様!」と、親指を立てていた意味をようやく理解したのだった。
——フェリシアから拒絶されている今、そんな物を贈ってしまって大丈夫なのだろうか⋯⋯。
——これ以上、嫌われたら⋯⋯。
と、頭を抱えたまま図書室を後にした。麗しき近衛騎士団長の悲壮感漂う姿は、それでも画になる美しさだった。




