家族会議
レナとの状況整理の翌日の午前中、フェリシアはアンナと共に王と王妃の私室へ呼ばれた。
「家族だけで話がしたい」とゼノからの申し出があったため、部屋には四人のみ。豪華な応接セットのローテーブルを挟んで向かい合い、肘掛けの先にまで見事な彫刻が施されているソファーに腰を下ろしていた。
部屋の扉のすぐ外側には近衛騎士団長であるエドガーが待機していた。
「⋯⋯フェリシア、身体は大丈夫か?アンナも大事に至る前にフェリシアの魔力暴走を止めたこと、偉かったぞ」
——へへ、大好きなお姉様が危険に晒されたのだから、助けるのは当然ですっ!
と、アンナは胸を張り「いつでも頼ってくださいねっ」と隣で優雅に座るフェリシアに囁いた。
「アンナ、本当に助かったわ。⋯⋯お父様、お母様、私はもうすっかり回復しております。ご心配をおかけしました」
——そうか、本当に良かった。
と、ゼノは憔悴しきった顔だったが、娘二人の無事を確認できてホッとした様子だった。
「今日はね、あなたたち二人に、相談があってこちらへ呼んだのだけれど⋯⋯ジョナサンが亡くなったことは、もう知っているわよね?」
クレアは泣き腫らした顔で、姉妹を見つめる。きっと毎日毎日、悲しみに暮れて涙を流し続けているのだろう。娘たちの前では、せめて強い母でいようという強い気持ちだけで、今は涙を留めているのだと思うと、フェリシアは酷く胸が痛んだ。
「⋯⋯犯人はまだ分かっていないのです。飲み物に混ぜられた毒が原因で亡くなったとだけ、昨晩、報告がありました。そして、その毒は強い酸性で触れた場所を溶かしたり、酷い爛れを引き起こすものだったみたいで⋯⋯っ」
そこまで、言ったところでクレアは耐えきれなくなって自分の顔を両手で覆った。その肩が小さく震えている。
「⋯⋯顔が⋯⋯ジョナサンの顔が、本人と分からないほどに溶けて爛れてしまっているそうだ」
「「————っっっ!!!!」」
フェリシアもアンナも、身体を硬直させ言葉を失う。
「⋯⋯ただ、初陣の時に負った腕の大きな傷痕と、次期国王のみが所持する指輪を嵌めていたことから、今回亡くなった人物はジョナサンだということは判明している」
「⋯⋯お父様たちは、お兄様のご遺体を⋯⋯ご覧になったのですか?」
「⋯⋯あぁ、見たよ。しかし、本当に見るに堪えない姿になっていてな⋯⋯すまないが、お前たちにはとてもじゃないが見せられない。」
ゼノは俯き、肩をガックリと落としていた。しばらくの沈黙の後、アンナが口を開いた。
「お父様、お母様⋯⋯私、ロイズ様の元で保護していただけないか、聞いてみます!⋯⋯だって、犯人が誰だか分からない状態で、王位継承権を持っている私達も狙われるかもしれないですよね!?」
アンナはソファーから身を乗り出して、必死な表情でゼノの瞳を見つめている。ロイズとは、アンナの婚約者で隣国ガルヴァスの皇太子だった。
隣国はその殆どを山岳地帯に覆われており、地下には大量の空の魔晶石が埋まっている場所だ。
昔から頻繁に魔物が発生するその土地は、人間が生きていくのも、土地を統治、繁栄させるのも非常に難しいことで有名だった。それが近年、ロイズによる魔物の生態調査・研究が行われ、その成果は目覚ましく国を発展させるに至っている。
さらに、この研究や調査で得た貴重な資料は、自国だけではなく山岳地帯の周辺国へも提供するなど、魔物からの被害を減少させる活動を熱心に行う、優れた知識と博愛の精神を持った青年だった。
「それに、お姉様が魔力暴走を起こしたのも、実は誰かに仕組まれた罠かもしれないですよっ!!激しい魔力暴走で自身の身を焼き付くしてしまった人もいるって、本で読みましたっっ!!」
——アンナ⋯⋯あなたは一体、何を考えているの?
フェリシアは、アンナが隣で力説するのを、疑いの眼差しで見ていた。
——私には『エドガーが犯人かもしれない』と言っていたのに、お父様たちには『犯人が誰だか分からない』と言うなんて。
——レナと状況を整理した後で良かったわ。まだ、落ち着いてアンナの話の矛盾点を見つけることができている。
何も言わず考え込んでいると、突然アンナに両肩を掴まれ、ガクガクと揺すられた。
「お姉様!!一緒に、ロイズ様の元へ行きましょう!!隣国へ行ってしまえば、犯人だって手出しができないはずです!!」
鼻息荒く、必死に懇願してくる様子は、はたから見れば姉の身を案じる心優しい妹そのものだった。
しかし、アンナへの疑念も抱き始めているフェリシアは、肩の手をそっと離させると、冷静に言葉を選んで語り始めた。
「⋯⋯私は、王城の中に犯人がいると考えております。この王城に自由に出入りができる人物、若しくはこの王城の敷地内に住んでいるです。しかし、今は何も証拠がありません。ですので、私が囮になって、本当に王位を狙う者の犯行なのか、確かめるために行動する許可をください。」
「――そんな危険なことを許可できるわけがないだろう!!」
ゼノは興奮して勢いよくソファーから立ち上がる。握った拳がワナワナと震えるほど、フェリシアの発言が恐ろしいものだったのだろう。
「⋯⋯そうよ、フェリシア。あなたの身にまで⋯⋯何かあったら⋯⋯っ」
クレアは――もう、私は本当に絶望から立ち直れなくなってしまうわ。お願い考え直して、とフェリシアの横へ来て、その紫水晶の瞳を必死に覗き込んでいる。
「⋯⋯そ、そうだよ!お姉様が囮になるなんて、絶対にダメですよっ!!危なすぎますっ!!私がロイズ様に頼んでみますからっっ!!」
右側からは妹に、左側からは母親に懇願の瞳を向けられるフェリシアは、表情一つ変えず「落ち着いてください」と、二人をなだめた。
「⋯⋯何も一人で囮になるわけではありません。エドガー様と一緒に、この王城を出ようと思います。彼なら剣の腕も申し分ないし⋯⋯それに、私の婚約者ですから、男女で一緒に旅をしていても問題ないはずです」
――それとも、この王城の中で何者かに命を奪われるその時を、何もしないでただ大人しく待っていた方がよろしいでしょうか?
――コテン、と首を傾げて見せる。
「⋯⋯そうだな、エドガーが一緒と言うなら、王城から出た方が安全かもしれないな。⋯⋯だが、我々にはいつでも居場所が分かるようにしておいてほしい」
――誰が犯人か分からない状況で、居場所を筒抜けにしていたら、王城を出る意味がないわよね。
フェリシアは瞳を閉じて、首を横に振った。
「お父様、それだと城を出る意味がありません。私は『この城の中にあるかもしれない狂気』から逃げたいのです」
フェリシアの熱意に押される形で、ゼノは諦めたように頷いた。
「⋯⋯お前の考えは分かった。明日、ジョナサンの葬儀を執り行うことが決まっている。その後、お前のタイミングで城を出なさい」
――お母様とアンナは、最後まで『危険すぎます!考え直してください』と、ゼノに縋り付いていたが、王の決定が覆ることはなかった。
「――フェリシア様!!」
王と王妃の私室から出てすぐ、エドガーが目の前に立ちはだかる。
「このまま、お部屋までお送りしても⋯⋯よろしいでしょうか?」
フェリシアの顔色を伺いながら、恐る恐る声を掛けているのがバレバレだった。その様子をフェリシアの隣で見ていたアンナがすかさず、間に割り込む。
「エドガー様!ここには、お姉様だけでなく私もいます!『王族二人』を、きちんと部屋まで送り届けてください!」
「⋯⋯エドガー、私はこちらの方に送っていただくわ。アンナを部屋まで送ってあげて」
――そこのあなた、私の部屋までお願いね。と言われ、「あ、私ですか!?承知いたしました!こちらへどうぞ、フェリシア様!」と、ガチガチに緊張した様子で歩き始めたのは、あの漆黒の髪に赤い瞳の新人兵士だった。
立ち去るフェリシアの背中を見つめたまま、しばらくその場で立ち尽くしていたアンナとエドガー。
――それでは⋯⋯参りましょう。という、エドガーの低く掠れた声以外は一切の言葉を交わさず、お互いにひたすら無言のままアンナの私室まで辿り着いたのだった。




