希望
「⋯⋯あなた、名前は?王城内勤務に配属されたのは最近なのかしら?」
フェリシアは、前を歩く漆黒の髪に赤い瞳の兵士に声を掛けた。
「――ひゃい!わ⋯⋯私は、ルカ・エバンスと申します!今までは城門の警備を主としておりましたが、一週間ほど前に城内警備へと配属変更になりました!!」
――グルンッ!とすごい勢いでフェリシアを振り返ったルカは、ビシッと敬礼をした体勢のまま、声も高らかに答えてくれる。
「素敵な名前ね。ルカ、これからは、私や妹のアンナとも顔を合わせる機会が多くなると思うけど、よろしく頼むわね」
フェリシアが花が咲くような笑顔を見せると、ルカの顔は沸騰したかのように一瞬で真っ赤になった。
「はいぃぃぃ!!精一杯、務めさせていただきますっっっ!!」
ルカは歩き方を忘れてしまったのか、結局、フェリシアの部屋へと到着するまでギクシャクとした、右手右足が同時に前へ出てしまう奇妙な歩き方をしていたのだった。
――明日はついに、お兄様の葬儀か⋯⋯でも正直、「顔が確認できていない」なら、遺体が本物かどうか分からないわ。今の私に出来る事は、何かしら⋯⋯。
自室へ戻ったフェリシアは、ベッドへ腰掛け花瓶からガーベラを一輪、手に取った。そして、クルクルと花を回しながら、これからの作戦を練る。
――まずは、あれがお兄様かどうかの確認方法だわ。何かないかしら⋯⋯腕の大きな傷痕と王位継承の証の指輪は、どうにか偽装が出来そうだものね。
――あ。そうだわ!確か、私が初めて魔法を使えるようになった時に、お兄様にかけた魔法がある!あれなら、生きているかどうか分かるハズ!!
(今、誰もいないうちに試しておいた方が良さそうだわ!)
急いでガーベラを花瓶へ戻すと、フェリシアは右掌を差し出し魔法を唱えた。
「――パルス・コンパス!!」
エドガーは、アンナを部屋へ送り届けたあとすぐ、陛下から呼び出されていた。
フェリシアたちが呼ばれたのと同じ私室へ通されたエドガーは、ゼノから「フェリシアと共に王城を離れろ。必ずフェリシアのことを守ってほしい」と言われたのだった。
このことについて相談をしようと、フェリシアの部屋の扉の前へ到着したのだが、そこで聞き覚えのある魔法詠唱の声が聞こえたことで、エドガーは焦って部屋の扉を乱暴に開いた。
——バンッ!!
驚いて振り返るフェリシアの美しい白い掌の上には、真っ赤に燃え上がる矢印が轟々と浮かび上がっていた。
それは、フェリシアがこの魔法を掛けたの人物の『フェリシアへの愛の強さ』と、その相手がどこにいるのかを知らせる魔法。昨日、エドガーがフェリシアに使用した魔法と同じものだった。
「⋯⋯フェリシア⋯⋯」
エドガーは、自分がフェリシアに魔法を発動した時とは明らかに違う、その燃え盛る色と、矢印が自分ではない方向を指し示しているのを見て、頭が真っ白になる。
――フェリシアを燃え上がるほどに愛している誰かが⋯⋯まさか、私ではない誰かと、この魔法の掛け合いをしているというのか?
「――エドガー!!扉を早く閉めて!!」
フェリシアの叫びにハッとしたエドガーは、「申し訳ありません⋯⋯」と小さく答え、礼をした姿勢のまま自らもフェリシアの部屋を退出して、絶望の表情で扉を閉めるのだった。
エドガーは、フェリシアの部屋の扉に寄り掛かり、豪華な廊下の天井を見上げた。そして、グッと唇を噛み締める。
「——ダメだ⋯⋯これ以上は、頭がおかしくなりそうだ。明日、明日までだ⋯⋯明日までは耐えてみせよう。明日が過ぎたら、この手で必ず⋯⋯フェリシアを⋯⋯奪ってみせる!!」
エドガーは独り言を呟き、足早にフェリシアの部屋の前から去っていった。それを、「⋯⋯これは大ニュースですわっ!」と、嬉しそうに影から現れた人物がいた。
それは、手いくつかの魔道具を持ったアンナだった。アンナは慌てて踵を返し、その場から走り去っていった。
——エドガーは、何か用でもあったのかしら⋯⋯そんな事より!!やっぱりお兄様は生きているわ!!
フェリシアは、炎が消えた掌を祈りの形に握り合わせ、歓喜乱舞したいのを必死に堪える。——お兄様が生きている。その事実が何よりも嬉しくて、フェリシアは今すぐお父様とお母様に伝えたい衝動に駆られる。
誰の言葉より、どんな状況報告より、この魔法の精度の方が遥かに信頼できた。
——つまり、お兄様は暗殺計画を知って、身代わりを立て、どこかで身を隠しているってことになるわ。私は、お兄様に会って真相を確かめ、この国を救うために尽力しなければならないわね!!
——ここで問題になるのが、お兄様が身代わりを立てることを私に知らせなかったこと。必ず理由があるはず。だから、私がお兄様の生存を知っていると、誰にも悟られてはいけない。⋯⋯もちろんエドガーにも。
——あと、アンナのエドカーを貶める言葉の真意も分からない今、私はアンナの言葉を『信じているフリ』をした方が良さそうね。
——コンコンッ。
その時、静かなノックの音が聞こえた。
「フェリシア様、レナでございます。アンナ様がフェリシア様にお話があるとのことなので、お連れいたしました。」
——早速、来たわね。アンナ、あなたが何を考えて、何をしようとしているのか、今は分からないけれど、私もう自分を見失わないわ!
「⋯⋯どうぞ、入って」
「お姉様ぁぁ!!これを見てくださいっっ!!」
アンナは、フェリシアの部屋の扉が開くなり、涙声でフェリシアの元へ駆け寄ってきた。
フェリシアは、そんなアンナの背中を支えながら、ソファーへ座るよう誘導する。
「アンナ、そんなに慌てて⋯⋯どうしたの?」
フェリシアは、心配そうな瞳をアンナへ向ける。
そんな姉の様子を見て、アンナはポロポロと涙を流した。
「⋯⋯やっぱりエドガー様は、お姉様のことも殺すつもりだって分かってしまいました。先程、この記憶の鏡の動作確認していたところ、偶然にも撮れてしまいました⋯⋯っ!!」
ソファーの目の前のサロンテーブルへ、コトッと置かれたのは古そうな手鏡だった。
——エドカー様の記憶を見せて。
とアンナが囁くと、その手鏡がボウッと輝き、その鏡に映像を映し始めた。
その鏡には、廊下の角からフェリシアの部屋の前が映し出されていた。廊下沿いの大きな窓から入る強い陽の光を受けた金髪が、黄金のように輝いているエドガーだった。
彼は、フェリシアの部屋の扉に背を預けて、天井を見上げている。そして、何かに耐えるような表情をした後、不穏な言葉を紡いだ。
『ダメだ⋯⋯これ以上は、頭がおかしくなりそうだ。明日、明日までだ⋯⋯明日までは耐えてみせよう。明日が過ぎたら、この手で必ず⋯⋯フェリシアを⋯⋯奪ってみせる!!』
その場にいた、全員が言葉を失った。
アンナは、先程よりもさらにブルブルと身体を震わせて、——きっと、エドガー様は⋯⋯お姉様の命を奪うつもりなんだわぁぁ!!と、サロンテーブルへと突っ伏してしまった。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
レナは、違う意味で絶句しているようだった。
フェリシアは、自分の胸に手を置いて深呼吸してから、アンナにヒシッと抱き着いた。
「——アンナッ!!あの男は、やっぱり私たちをも殺して、この国を自分のものにするつもりなんだわ————っ!!」
「そうですよ!お姉様!!やはり、一緒にロイズ様の元へ行きましょうっっ!!」
「それは出来ないわ!!それじゃあ、あの男の動きが掴めなくて、逆に危ないと思うの!!⋯⋯だから、アンナだけでもガルヴァスへ避難して!!」
フェリシアは紫水晶に薄っすら涙を浮かべ、儚げな表情でアンナを見つめる。最大限に自らの美貌を利用して、アンナを落としに掛かった。




