葬儀
翌日、メティスリア王国は深い喪失の闇に包まれていた。
城内にある大聖堂の祭壇は漆黒の布で覆われ、数千本の白い蝋燭の火だけが赤々と揺らめく。
参列する王族や貴族たちは全員、一切の装飾を排した黒い喪服を着用し、その視線は祭壇の中央へと向けられていた。
王族の席では、ゼノは膝の上で拳を握りしめ肩を震わせており、その横にいるクレアは、必死に涙を流さないようと努力しているようだが、途方もない悲しみの前では、彼女の努力はほとんど無力で、涙はとめどなく溢れるのだった。
祭壇の中央に鎮座するのは、頑丈な銀の装飾で完全に密閉されたジョナサンの棺だ。
強い酸の毒によって顔が失われた若き王太子の姿は、誰の目にも触れられぬまま、白銀の王家紋章旗に覆われている。
──この中にお兄様はいない……。でも、決して怪しまれてはいけないっ⋯⋯!!
黒い喪服に身を包み、顔を薄いレースのベールで隠したフェリシアは、悲しみに暮れる振りをして静かに棺を見つめていた。
その棺のすぐ横には、大剣の柄に黒い喪章を巻いたエドガーが、彫刻のように微動だにせず立ちはだかっている。
悲壮感を漂わせながらも、主を失った王家をその身を賭して守るという黄金の騎士の姿は、狂おしいほどに気高く、そして孤独に映るのだった。
王族用のベンチに座っているフェリシアと距離にして、わずか数メートル。
エドガーの深い青の瞳は、ベールの奥にあるフェリシアの瞳を何かを訴えるような、探るような面持ちで真っ直ぐ見つめていた。
——分からないことが、まだあるのよね。あの月夜にエドガーがお兄様の肖像画を破壊していた意味⋯⋯。
——そして、私が魔力暴走を起こすきっかけになった言葉『あぁするしかなかったんだ』って、何のことなのかしら⋯⋯。
フェリシアは、とても沈痛な面持ちでエドガーを見返してみたが、やはりそこに答えはなかった。
聖歌隊による、低く重々しいレクイエムが堂内に響き渡る。
棺が運ばれる際、エドガー率いる近衛騎士団、そして集まった数百人の兵士たちが一斉に大剣を垂直に突き上げた。
——カチンッ!
刃を合わせて静寂の中に金属音を響かせる。その後、全員が剣の切っ先を地面へと向け、頭を垂れて次期国王であったジョナサンへ黙祷を捧げた。
──ゴゴゴゴゴ……。
地下深く、冷気の満ちる王家の地下廟に、重厚な石蓋が閉まる音が不気味に響き渡った。
頑丈な銀の棺に納められたジョナサンの遺体は、これで永遠の闇へと封印されたのだ。
王城の正式な記録は、これで『王太子ジョナサンは崩御した』と完全に書き加えられた。
──お兄様、必ず私があなたを見つけ出してみせます。だから、どうかそれまでは安全な場所で身を隠していて⋯⋯!!
黒いレースのベールの奥で、フェリシアは自分の右掌に見た、あの真っ赤に燃え盛る矢印の熱だけを信じて、静かに決意を固める。
儀式が終わり、地上へと戻るために反転した刹那──フェリシアの視界の端に、松明に照らされた黄金の髪が映り込んだ。
隊列の最後尾で大剣を支えて直立していたエドガーと、至近距離で視線が真っ向から交錯する。
距離にして、わずか数十センチ。
悲壮感を漂わせながらも、その深い青の瞳の奥で底なしの独占欲をギラギラと燃え上がらせているエドガーは、ベールに隠されたフェリシアの横顔を、喰らい尽くさんばかりの熱量で見つめ返していた。
「⋯⋯今夜、奪いにいく」
エドガーの横を通り過ぎる時、フェリシアにだけ聞こえる微かな声で、低く囁かれる。
フェリシアは驚きながらも、その横を無言で通り過ぎた。
——エドガー、葬儀の最中に一度も悲痛な顔をしていなかったのは、お兄様が生きていることを知っていたから?
——それとも、実はあなたが犯人で本当にお兄様が亡くなったと思い込み、次のターゲットの私を手に掛けることを想像して、あんなに熱の籠もった瞳を向けていたとしたら——っ!
(「奪う」の言葉の真意が分からないから、今夜、彼が来る前にとりあえず逃げるしかないわっ!)
厳粛な国葬が終わり、大聖堂の地上広間へと戻ると、参列した貴族たちによる長いお見送りの列ができていた 。王と王妃の後ろにはエドガーが、フェリシアとアンナの後ろにはルカが控えている。
その最前列に毅然と立っていたのは、隣国ガルヴァスの皇太子であり、アンナの婚約者でもあるロイズだった。
「ゼノ陛下、クレア王妃殿下。この度はジョナサン殿下の急なる崩御、心よりお悔やみ申し上げます。我がガルヴァスはいつでも皆様の力になる用意がございます」
眩いばかりの気品と慈愛の微笑みを浮かべ、完璧な一礼を捧げるロイズ。誰もがその高潔さに感嘆するなか、黒い喪服のベールの奥で、アンナだけはその瞳を動揺で揺らしていた。
——どうしましょう⋯⋯ロイズ様から「アンナ様とフェリシア様、お二人で我が国へ避難していらしてくださいね」と、言われていましたのに⋯⋯!お父様も、お姉様のことも説得できていないです⋯⋯!!
ソワソワした様子のアンナに気が付き、——大丈夫?と、声を掛けようとした時、2人に黒い影が落ちる。
「——アンナ様、フェリシア様」
王と王妃への挨拶を終えたロイズが、こちらにも挨拶をしに来たようだった。
「この度は、心よりお悔やみを申し上げます。⋯⋯アンナ様からは、魔道具を通して色々と話を聞いておりました。⋯⋯フェリシア様、今夜、アンナ様と一緒に我が国へ避難いたしませんか?」
隣国ガルヴァスの民に多い黒髪に、とても珍しいピンクの瞳が覗く。フェリシアの瞳をじっと見つめてくるその瞳から、何故か目が逸らせない
——なんだか、頭がフワフワして⋯⋯。
「——フェリシア様っ!!」
意識を失いバランスを崩して倒れ掛けたところを、ルカが慌てて支えてくれる。ルカはそのまま、フェリシアを横抱きに抱えた。
「——心労が祟ったようですね。一度、休憩なさった方が良さそうです!休める場所へお連れします!」
——アンナ様、ロイズ様、失礼いたします!
ルカは、顔を伏せるようにして礼をすると、急いでその場を立ち去った。
「⋯⋯あの護衛の男、ガルヴァス特有の黒髪ですね。まさか同郷の者に邪魔されるとは。──アンナ、また後で迎えにいきます。あと、これは懐中時計の形をした追跡機です」
ルカの背中を見ながら、ロイズはフェリシアに伸ばしかけていた両手を、何事もなかったかのように引っ込め、アンナへ小さな懐中時計を渡す。
「魔法で追跡の効果を付与しているわけではないので、フェリシア様の周りの優秀な側近たちにも怪しまれないと思います」
——今度こそ、うまくやってくださいね。
そう囁くと、ロイズはアンナから離れていった。
「⋯⋯これをお姉様に渡せば良いのですねっ!!」
アンナが懐中時計を裏も表もじっくりと見つめている時、エドガーはそのすぐ横で激しい嫉妬にかられていた。
——俺も⋯⋯フェリシアを皆の前で、堂々とこの腕に抱き締める大義名分が欲しいっ!!
——しかし、王からの勅命があるからな。⋯⋯二人きりになってしまえば、フェリシアを助けるのは俺だけの役割だ。
——それにしても、ルカの働きは褒められるべきものだったな。フェリシアの華奢な身体が、こんな硬い床へと打ち付けられていたら大変だった。
エドガーが、神妙な面持ちで王と王妃の後ろに控えているが、その頭の中ではそんな事を考えているとは誰も気が付かず、挨拶の列は続いていった。
その頃、ルカによって運ばれていったフェリシアは、大聖堂のすぐ隣にある、休憩室にいた。
深い色合いの木製パネルの壁に、ベルベット仕立で豪奢なソファーが置かれ、外の喧騒を完全に遮断するような静けさが漂っている。
フェリシアはそのソファーへとルカによって身体を横たえていた。
「⋯⋯うぅ⋯⋯」
「——フェリシア様、気が付かれましたか!?」
目の前にはレナがいて、部屋の扉の前にはルカが立っていた。
「魅了魔法が使用された形跡がありました」
レナがフェリシアの身体を支え、ソファーに座らせながら伝える。
「恐らく、ロイズ様だと思います!私はフェリシア様の真後ろにいましたので、彼の瞳が見える位置に立っておりました。フェリシア様がお倒れになる直前、ピンクの瞳が妖しく光っておりました!」
——何かがおかしいと思った瞬間には、フェリシア様が倒れられて⋯⋯ロイズ様もフェリシア様に向かって手を伸ばしておいででしたので、慌てて抱き上げてこちらへお連れしました!!
扉の前で直立不動でハキハキと答える、未だに緊張気味のルカは、フェリシアの身体に触れたことを気にしているのか、頬を赤らめ彼女の顔をまともに直視できない様子だった。
「⋯⋯ロイズ様が、私に魅了魔法をかける?どうして?しかも、婚約者であるアンナの見ている前で?」
——そういえば、『アンナから色々と聞いている』って言っていたわね。アンナが必死にエドガーを悪者にしようとしていたことと、何か関係があるかもしれないわね⋯⋯。
フェリシアは少し考えて、レナへアンナをここへ連れてくるようお願いをする。そして、アンナがやってくるのを、何も言わず静かに瞳を閉じて待つのだった。




