後始末
「──みんな、離れて!!」
フェリシアとジョナサンを乗せた白馬が、タイタン・ベヒモスの周りに霧を発生させながら、巨獣の頭上へと躍り出る。
メルドラとルカが、地面へと降り立ったのを確認し、白馬の上のフェリシアとジョナサンは、両手を夜空へ掲げる。
──そして、二人が同時に魔法を発動した。
「ラジアル・メテオ!!」
「インドラ・ジャッジメント!!」
フェリシアが放った特大の落雷は、霧の水分を纏った巨獣の身体へと何本もの亀裂を生じさせながら降り注ぐ。そして、ジョナサンの放った流星群がその亀裂の中へと深々と突き刺さっていく──その刹那。
タイタン・ベヒモスの身体から青白い炎が発生した。
「──雷の威力で発火したのか……ルカ!!あの巨獣を空気の層で包み込んで真空にするぞ!」
「はい!!」
兄弟は自分たちの持てる魔力を全て使い、魔法を放った。
「「ヴェント・ソウラム!!」」
巨獣の身体にピタリと隙間なく形成された空気の塊の中では、猛烈な勢いで燃焼が続く。空気の塊の中から出ようともがいていた巨獣は、やがて内部が真空状態になり動かなくなった。
──ヒヒーーーーン!!
それを見ていた黒馬が、真空状態の巨獣の周りを岩盤で覆い尽くした。
──パキパキパキパキッッッ!
冷えた岩盤に覆われた内側からは、何かが小さく破裂し、亀裂が入っていく音が響いてくる。
メルドラは全身に轟炎を纏うと、その岩盤を目掛けて一気に駆け出す。
「うおおおりゃあああああああ!!!!」
──ドガァァァァーーン!!
メルドラの渾身の一撃は、岩盤へとぶち当たると猛烈な勢いで放射状に深いヒビを刻み込んでいった──次の瞬間。
「嵐王連刃!!」
エドガーが、強烈な剣技を放つ。
その三本の斬撃はタイタン・ベヒモスの身体を斬り裂きながら空へと駆け上がっていく。そして、斬撃が通った場所は、決して破壊できないと思われていたのが嘘のように、硝子細工が砕け散るかのごとく、粉々になっていた。
(──見つけた!!)
粉々になった身体の破片の中に、未だに輝きを失わない魔晶石を見つけたエドガーは、もう一度、剣を構えると剣技を放った。
「天烈一閃!!」
黄金の風を纏った猛烈な斬撃は、空中で光を放つ魔晶石へと真っ直ぐに突き進む。
──パキィィンッ!
魔晶石を一瞬で一刀両断した斬撃は、そのまま夜空の月をも両断する勢いのまま空へと駆け上がって消えた。
そして、想像以上に儚く綺麗な音を響かせて一刀両断された魔晶石は、硝子細工のように砕け散った巨獣の欠片と共に、粉雪のように舞い踊ってから消失したのだった。
「──エドガーー!!」
フェリシアは、白馬が地上へ近づくのも待てないと言った様子でその背から飛び降りてくる。
両手を広げ、月の光を吸い込むように輝く銀髪を靡かせるフェリシアは、月の妖精が舞い降りてきたかのように美しかった。
「──フェリシア!!」
軽やかに舞い降りてきた最愛の女性を、しっかりと抱き留めたエドガーは、もう二度と離さないとでもいうようにフェリシアの細い身体に両腕を回し、閉じ込める。
「──もう……俺の前から消えないでくれ!ずっと……ずっと、俺の側にいてくれ!……お願いだ!」
フェリシアは、エドガーの逞しい胸に顔を擦り寄せると、涙を流して頷く。
「ごめんなさい……もう、何も言わずに消えたりしないわ!それに、もう二度と離れないわ!ずっと一緒いましょう!」
「──うぅ……っ!!」
フェリシアの言葉に、エドガーはその端正な顔を歪めると少年のように泣き出した。フェリシアとエドガーの間には、ほんの僅かな隙間もないほど二人はきつく抱き締め合う。
その様子を見ながら空から白馬に乗って戻ってきたジョナサンも、微笑ましい二人を優しく見つめる。
戦闘の終わりを迎えたことで、魔法障壁も役目を終え少しずつ色を薄くすると、夜空に溶けるように消えていった。
「おーい!みんなー無事かー!?」
森の中から、魔物の粘液まみれの姿で現れた熊のような大男ガレスを見たメルドラが、瞬時に両手に轟炎を灯す。
「魔物の残党ね!あたしに任せて!」
「──うわっ!メルドラさん!あれは、魔物ではないです!」
ルカが慌ててメルドラを止めに入る。そんな騒ぎの中、ラシードも疲れた様子で別の方向から現れた。
「──俺、ほとんど対人戦ってしたことがなかったんだが……今日で一生分の戦いをした気がするわ」
魔晶石によって魔物化させられた人間との死闘を繰り広げたのであろうラシードは、ドサリと地面へ倒れ込むと、一瞬でいびきを上げて眠り始めた。
「ラシード、僕のわがままに付き合ってくれて助かったよ。ありがとう」
ジョナサンが穏やかな顔でラシードを見つめていると、ヴィンセントが森の中から出てきた。
「皆さん、ご無事のようで良かったです!先ほど、森の中でお会いしたので、お連れしました」
ヴィンセントに促されるように、彼の後ろから現れたのはアンナだった。少女は、フェリシアとエドガーが抱き合うのを見た後、その光景を切なそうに見つめるロイズを見つけた。
「……ロイズ様、アンナは貴方が本当に約束を守ってくれるのかが心配で……ガルヴァスからメティスリアに戻って参りました」
「──アンナ、どうやってここへ!?」
ロイズが驚いたようにアンナを見る。アンナは優雅に微笑むと、スカートの片側の裾をそっと左手で持ち上げた。
──キラッ
細い足首には鈍足の足輪が嵌められていた。
それを見た全員が驚き眉根を寄せる。
(──罪人の扱いになってまでも、急いでメティスリアへ来たかったというのか?)
アンナはスカートから右手を離すと、スカートの後ろへ回していた左手をロイズの前へと差し出す。
「──それと、こちらの剣ですが」
アンナの左手には一本の剣が握られていた。柄には朱色の石が嵌められており、剣の根本にはガルヴァスの紋章が刻まれている。
(──これは、転移の間の天井に刺さったままだったはず!アンナ一人で抜いたのか?)
その剣の持ち主に一瞬で気がついたロイズは、瞬時に身を固くする。その様子に、アンナは驚いたように目を大きくすると大袈裟な身振りを交えて彼に問いかけた。
「──どうして緊張なさるのです?貴方の叔父上様の形見の剣ですよ?……さぁ、受け取ってください」
「……あ、ああ」
ロイズがゆるゆると手を差し出した刹那──アンナの薄い紫色の瞳がギラリと光る。
その一瞬の変化を見逃さなかったジョナサンと、アンナが剣を持ち直したのを目撃したエドガーが同時に叫ぶ。
「「ロイズ!避けろ!!」」
「──え……?」
ロイズが男二人の叫びに気を取られたほんの一瞬で、アンナはロイズの眼前へと飛び込んでいた。
──ブスッッ!!
少女は全体重をかけて、ロイズの身体へと深々とグレゴールの剣を突き刺した。その剣は簡単にロイズの身体を突き抜け、柄が引っ掛かったことで、その刃の侵攻を止めた。
「……ぐはっ!──ゴボッ……!」
口と腹部から大量の血を流し、地面へと倒れ込むロイズに、彼の血で濡れたアンナは恍惚の表情を浮かべながら激しい罵声を浴びせる。
「お姉様を愛しすぎて独り占めしようとするエドガーや、お姉様の力を独り占めしようとするジョナサンをやっつけるって……二人でお姉様をガルヴァスの女神にしようって……絶対にお姉様だけを愛さないって約束しましたよねぇ!!??」
「──アンナ!何をしているの!?」
アンナの元へ駆け寄ろうとするフェリシアを、エドガーが抱き締めて制止する。アンナのすぐ後ろにいたヴィンセントが、素早く少女の両手をひねり上げ拘束をした──が、それでも、アンナの暴走は止まらなかった。
「みんな、フェリシア、フェリシア、フェリシア、フェリシア、フェリシアって──!!お姉様が誰からも愛されることは分かってる!!みんな、お姉様を愛さずにはいられなくなってしまうことだって分かってる……!!ロイズ様が、ずっとずっとお姉様を慕っていたのも……本当に婚約をしたかったのは、私じゃないってことも知ってた!!」
アンナは涙を流しながらも、その瞳には執念の炎がギラギラと燃え上がっていた。少女は小さな身体を無我夢中で激しく揺らし、ヴィンセントの拘束から逃れようと暴れ続ける。
「──兄上!!」
ルカが駆け寄り、治癒魔法を発動する。しかし、ロイズの身体に剣が刺さっているため、傷口を塞ぐことができなかった。それを満足気に眺めるアンナは、薄ら笑いを浮かべながら吐き捨てるように言った。
「──できない約束なら……果たせない約束なら……最初からしないで!!私をこれ以上、惨めな人間にしないでよ!!」
ロイズは、血を吐きながらふらりと立ち上がると、ゆっくりアンナへ近づく。そして、血に塗れた掌でアンナの頬をそっと優しく包み込んだ。
「──すまない。全部、僕が弱かったせいだ。アンナにそんな思いを……こんな顔をさせるつもりはなかった。──今、その苦しみから救ってあげるから……!」
ロイズは、自分に刺さっている剣の柄を握ると、一気に高濃度の炎を宝石へと流し込んだ。
──パリィィィン!!
内側から猛烈な炎に熱せられた宝石は、あっという間に砕け散った。
その瞬間、アンナは力なく膝から崩れ落ちるとぶつりと意識を失った。
それを見届けたロイズもまた、限界がきたかのように倒れ込んだ。
「──兄上!!」
地面にぶつかる直前、ルカが素早く抱き留めたが、未だに剣が深く刺さっているため傷口を塞げずにいた。
「──ルカ!私に任せなさい!」
騒ぎを聞きつけてやってきたクレアが、ロイズの腹部に刺さる剣にそっと触れる。
「アポカタス・タシス!!」
クレアの声に反応した剣は、ドロリとした液体へ姿を変えるとロイズの身体からボタボタと滴り落ちていく。そして、全てが地面へと流れ出るとまた、一つの塊になった。
その場の全員が理解不能といった表情で見守っているのを見たクレアは、激痛に美しい顔を歪めながらも簡潔に説明をした。
「……復元魔法はね、その物質が歩んできた時間を遡ることができる魔法でもあるのよ。……さぁ、ルカ。治癒魔法で回復してあげて」
顔面蒼白でバタバタと駆け寄ってくるフェリシアたちに、ロイズは心配させないようにふっと笑うと、掠れる声で呟いた。
「アンナは……叔父上の剣に残されていた宝石の影響で、負の感情が大きくなったんだと思う。彼女を責めないでやってくれ」
それだけ言うと、ルカの優しい治癒魔法の光に包まれたロイズ、そのピンクの瞳はゆっくりと閉じ完全に意識を手放したのであった。




