奇妙な一致
「うわぁぁぁぁ!!やめてください!!──誰かぁぁぁぁ!!助けてーーー!!」
北西側の城壁の上から森の様子を窺っていたジョナサンの耳に、恐怖に満ちた絶叫が聞こえてくる。
ジョナサンは、声がした方向を凝視していると明滅する光を見つけた。
(あれがネロの言っていた、生き物を魔物化させる魔晶石だな!)
ジョナサンは右手の人差し指で魔晶石へと照準を合わせると、魔法を発動する。
「ラジアル・レイ!」
ジョナサンの指先から放たれた高濃度の鋭い魔力の弾丸は、森の中で明滅する魔晶石へと真っ直ぐに飛んでいく。
──バシュンッ!
「うわっ!」
グレゴールが持っていた魔晶石は、ジョナサンの放った魔法の直撃を受けたことで彼の手から弾かれた──そして、次の瞬間、グレゴールが開けさせている服の隙間から胸元へと張り付いた。
「──ぉおい……やめろ!離れろ!──っこの!!なんで取れないんだ!!」
グレゴールは、自分の胸元へと張り付いた魔晶石を引き剥がそうと躍起になる。しかし、彼が皮膚ごと剥がす勢いで引っ張っても、明滅を繰り返す魔晶石は逆に素肌へと密着し体内へ潜り込んでいく。
──ズブブブブブ
グレゴールは、自分の体内へと着実に潜り込んでいく魔晶石に気を取られすぎて、いつの間にか森の外まで移動していたことに気が付かなかった。
「やめろぉぉぉ!──これが身体に入ったら、私は私でいられなくなってしまう!!──野望を果たせなくなってしまうではないか!!」
──パシュンッ!!
城壁の上のジョナサンがもう一度放ったラジアル・レイが、グレゴールの額に命中して突き抜け、そのまま地面へと着弾した。
グレゴールは、何が起こったのか分からない、といった表情のまま仰向けに倒れ込む。胸元では未だに魔晶石が明滅していた。ジョナサンはすかさず、魔晶石を目掛けて魔法を撃ち込む──が、魔晶石に命中したにも関わらず、ヒビすら入れられず弾かれてしまう。そればかりか、命中した衝撃でグレゴールの体内へと魔晶石が潜り込むのを手助けしてしまった。
(魔法をぶつけただけでは、魔晶石は破壊できないのか!?)
ジョナサンは慌てて城壁から飛び降りると、剣を抜き倒れているグレゴールへと足早に近づく。剣を振り上げ、グレゴールの胸元の魔晶石へと残像すら残さず振り下ろす。
──ガギィィィンッ!!
ジョナサンが振り下ろした剣は確実に魔晶石へとぶち当たったが、刃こぼれするほどの威力で弾き返された。それだけでは、威力は衰えずジョナサンの身体を大きく後退させた。
「──っなんて硬さだ!」
ジョナサンは、素早く剣を握り直すと大きく跳躍する。そして、グレゴールの身体の真上に到達すると、魔晶石の少し左──グレゴールの心臓の位置へと狙いを定め、自分の体重を乗せた剣を垂直に突き刺す。
──バギィィン!!
グレゴールの皮膚に剣がぶつかった瞬間、先ほどと同じ衝撃と共に、ついに剣が折れる。折れた剣先はジョナサンの頬を掠めて空中へ弾け飛んでいった。
(──これでも、皮膚にすら傷が付けられない!!)
ジョナサンは、一度グレゴールから距離を取る。その刹那──今までは微動だにしなかったグレゴールの身体が激しく震え始めた。それと共に、魔晶石は僅かに顔を覗かせるだけになるまで、深くグレゴールの体内へと潜り込んでいく。
「──まずい!!」
ジョナサンは、空へ向けて掌をかざすと魔法を発動する。
「ラジアル・メテオ!!」
ジョナサンの掌から空へ向けて打ち上がった何本もの魔法の弾丸は、光の流星群となりグングン速度を上げながら猛烈な勢いでグレゴールへと降り注ぐ。
──ズガガガガガガガァァァァァン!!!!
強烈な衝撃音と閃光が落ち着いた後、ジョナサンは苦笑いを浮かべて目の前の光景を見ていた。
「──僕一人では、手に負えない域に達してしまったみたいだな」
仰向けで倒れたまま、激しく震えていたはずのグレゴールは、二本の足でしっかりと立っていた。
しかし、その見た目は人間とはかけ離れタイタン・ベヒモスの如き漆黒の岩石の皮膚を纏い、エドガーに切り離された右腕からは、朱色のドロドロとした触手のような物が数本ウネウネと動き回っている。そして、彼の胸元には魔晶石が僅かに顔を覗かせていた。
──時はメルドラがヒルダを眠らせた頃に遡る。
「──総員!!撤退しろ!!小隊のレベルでどうにかなる相手ではない!!」
瀕死の状態のガルヴァスの人々を救出しようとしていたゼノは、一気に魔物化を開始した彼らを見て、撤退することを決め、声を張り上げる。
「隊列など気にするな!!城へ向かえ!!もうすぐ、魔法障壁が発動するはずだ!!」
国王の鬼気迫る雄叫びに、只事ではないと瞬時に察知した兵士たちは蜘蛛の子を散らすように森から逃げ出していく。
魔物化を完了したガルヴァスの人々は、まったく予測のできない動きで、あちこちへ移動を開始する。
二足歩行で移動する者、四つん這いで移動する者、這いずる者……移動方法は違えど、その速度はどれも高速だった。それゆえ、ゼノとヴィンセントが、撤退する兵士の盾になろうとしても、こちらに興味を示した者としか対峙できない、という状況が生まれてしまっていた。
「──まずい!!森から何体もの異形が城へ向かっている!!」
ヴィンセントは、ゼノの護衛も兼ねているため城の方向へと直行することができない。断腸の思いで、城から森の中へと目線を戻した時──背後から物凄い剣圧が飛んできた。
その剣圧は、城に向かっていった異形の魔物を全てまとめて森の中へと吹き飛ばした。そればかりか、ゼノとヴィンセントの頭上の遥か上を、木の葉がもみくちゃになって飛んでいくように、軽々と吹き飛ばしたのだった。
「──ゼノ陛下!!お待たせいたしました!ガレス・グレイ、到着しました!」
ガレスは、丸太のような太い腕で大剣を振り回し、城へと近付く異形の魔物を次々と吹き飛ばしていく。しかし、吹き飛ばされているだけで大したダメージは入っていないようで、城へと侵攻してくる数は依然として減っていなかった。
それでも、ガレスの範囲攻撃のおかげでほとんどの兵士が城の中へと撤退することができたようだった。
「──ガレス!よくやった!城の防衛は大丈夫だ!こちらへ来て、確実に魔物の数を減らしていこう!」
「かしこまりました!」
ゼノの言葉に素早く返事をしたガレスは、大股で北の森へと近づいていく。その時、背後から激しい熱気を感じたガレスは後ろを振り返った。
彼の視線の先、黄昏の塔の最上部から轟炎を纏った赤い鳥が地上を目がけて急降下していく。そして、地上へ近づいたと思った次の瞬間には、あっという間に森の中へと消えて行った。
「──今のはなんだ?」
ガレスが不思議に思っていると、少し前に感じた猛烈な地響きが起こる。
──ズゴォォォォォォォン!!
「──タイタン・ベヒモス!?」
ガレスは、慌てて異形の魔物とは別の魔物を探す。そして、城の北西よりの場所に大量のスライムと、それを捕食するスライム・イーターを見付け血の気が引く。8年前、ジョナサン殿下と、自らの息子エドガーだけでなく、ゼノとガレスも重傷を負ったあの日と同じ光景が、目の前に広がっていた。
その奇妙なまでの一致に気が付いたガレスは、迷わずゼノに向けて叫んだ。
「陛下ーーーー!!これは、8年前と同じです!!今すぐ森から出てください!!!!」




