決意の爆進
──時は、エドガーとグレゴールが転移魔法陣から消え、それを見届けたロイズとタイロンが中庭へと戻った直後に遡る。
「ロイズ様!グレゴール様は……どうなったのですか!?それに、エドガーはどこへ?」
フェリシアは、不安そうな顔でロイズへと駆け寄る。中庭にいる全員が、ロイズの言葉を待っているかのように一瞬にして沈黙が広がる。
「叔父上は、恐らくメティスリアへ転移しました。……エドガー・クレイも、一緒に転移魔法陣に入ったので、今頃はメティスリアにいると思います」
「──メティスリアに!?まさか、この惨い惨劇をあちらでも起こそうと言うの!?」
アリシアは、今しがた自分が体験したことを思い出し、青ざめた顔で叫ぶ──その時、ルカの足元からネロが飛び出した。
先程よりも更に疲れた様子の黒豹は、すぐに喋り出せず荒い呼吸を繰り返している。そして、あまり目立ってはいないが、よく見ると右前足の足先だけドロリとした赤い液体で濡れているようだった。
ネロはキョロキョロと周りを見渡したあと、火照った身体を冷やすためなのか、石畳の上へと移動するとドサリと巨体を横たえた。
「ネロ、大丈夫!?こんなに往復していたら身体が持たないわよね……」
「……あぁ、姫さん。俺は大丈夫だ。ちょっと速度を上げて走りすぎただけだ。心配をかけたな──だが、俺が速度を上げてここへ戻ったのには理由がある。俺が戻った時にはもう、ガルヴァスだけじゃない、メティスリアの人間も魔物となり始めていた」
「──なんてことっ!!」
アリシアは先ほどまでの出来事を思い出し、血の気の引いた顔で頭を抱えた。しかし、すぐに王妃殿下の風格を取り戻し、ロイズに向けて強い口調で命令する。
「ロイズ!メティスリアへ向かい、グレゴールを止めなさい!これ以上、隣国の被害が出ないように!!彼の生死は問いません!」
「──言われなくても、そうするつもりです。母上、すぐに出発します。シリル、タイロン。お前たちは城に残り、まだ逃げ遅れている者がいないか確認してくれ」
ロイズの言葉に、シリルとタイロンは「かしこまりました」と、力強く答える。そのやり取りを聞いていたネロが重々しく口を開いた。
「──メティスリアの北の森に突如としてタイタン・ベヒモスが出現したんだ」
「──っ!!」
ネロの言葉で、その場にいた全員が息を飲み、彼らを取り巻く空気が一瞬で緊張に包まれた。
「──北の森には、メティスリアの兵士やお父様……それにエドガーがいるはずよね?」
フェリシアが震える声でネロへと問いかける。不安を抑え込もうとしているのか両手を胸の前で組み、指先が白くなるほど握り込んでいる。
「俺が城に着いた時、ゼノとヴィンセントとその小隊は調査のため北の森にいた。エドガーの姿は、見ていないな」
「……8年前も、北の森に魔物が出たからって、お父様もお兄様もエドガーも……みんなで調査に行ったのよ。そうしたら、タイタン・ベヒモスが──!!」
フェリシアの身体の周りで紫の静電気が弾ける。それは、彼女の感情が昂ぶっている証拠だった。
(──またメティスリアの人々が犠牲に……!?ダメよ!あの地獄のような光景が広がるのを絶対に止めないと!!)
フェリシアは、決して忘れることのできない過去の記憶を思い出し、決意の籠もった瞳をネロへと向ける。
「──ネロ!私を貴方に乗せてくれないかしら?」
ネロは、驚いた表情をしたが、すぐに首を横に振った。
「悪いな。俺は契約者の一族しか影の中へ連れて行くことはできないんだ」
「──そんな!早く行かないと、メティスリアのみんなが!!」
その時、フェリシアたちの頭上を大きな影が横切った。何かと見上げた人々の視線の先にいたのは、月の光を反射して白い輝きを放つ一頭の羽駆馬だった。羽駆馬は、喜びを表現しているのか音もなく白い輝きを振り撒きながら夜空を舞い踊り、駆け回っている。
「──白馬さん!?」
フェリシアとルカが同時に驚きの声を上げる。と、重々しい地響きが聞こえてくる。
──ズガァァァァン!!
激しい衝撃音と共にガルヴァスの城壁を突き破り、猛烈な勢いで突入してきた黒い影。それは、他の誰にも目をくれずルカに突進すると、鼻先を彼の全身に擦り付け始めた。
「黒馬さん!!」
フェリシアとルカは、ポルト村に置いてきてしまったと思っていた羽駆馬とガイア・ブレイカーとの、突然の再会に驚きながらも、心の底から喜んでいた。
「──何も言わずに、あなたたちの前から消えてしまってごめんなさい。でも、また元気なあなたたちに会えて本当に嬉しいわ!」
白馬もフェリシアの頬に鼻先を擦り付けると、嬉しそうに鼻を鳴らしている。
そうしてフェリシアとルカが馬の魔物と戯れていると、ネロがのっそりと立ち上がり口を開く。
「移動手段に関しては、これで解決だな。ガルヴァスの防衛もある程度、残しておかないと危険だが……」
「はい!アンナ……コホンッ。私が残ります!私も、お姉様ほどではないですが、攻撃魔法が使えますから」
アンナが控えめに手を挙げる。フェリシアが、不安そうな顔でアンナを見たことに気が付いたアリシアが、そっとアンナへ近寄る。
「フェリシア様、私もアンナ様のお側から離れないようにします。代わりにロイズとルカのことを、どうかよろしくお願いします」
アリシアの言葉にフェリシアは力強く頷くと、ルカに甘えている黒馬に近寄る。
「黒馬さん、お願いがあるの。ここからメティスリアへ急いで行かなくてはならないのだけど、ルカのお兄様も乗せられないかしら?」
黒馬は、フェリシアの言葉を聞くとロイズをじっと見つめた後、少しずつ距離を詰めていく。そして、もう少しで鼻と鼻が触れ合うほどの至近距離までくると、ブホッと、鼻息を吐き出した。
──ブワッ
黒馬の鼻息でロイズの前髪が勢いよく上に持ち上がり、ピンクの瞳が露わになる。月の光を浴びたロイズの瞳は水晶玉のように透き通り、まるでピンクサファイアのように見えた。
──ブルルルッ
ロイズの瞳を見た黒馬は、ルカの兄と認めたのか彼の身体にも鼻先を擦り付け始めた。ロイズもそれに応えるように、優しく黒馬の鼻先を撫でた。
「──良かった。君に受け入れてもらえて、光栄だよ。ありがとう」
ロイズのその言葉をきっかけに、ネロはぶるりと身体を震わせ大きく伸びをする。
「俺は一足先に行くぞ。レナを守りたいんだ」
そう言ったネロは、ロイズと黒馬の作る大きな影の中へ飛び込んで消えた。
フェリシアも出発のために白馬へと乗ろうとして、はたと動きを止める。自分のドレスを見下ろして絶句したあと、シリルへと視線を向けた。
「シリル、ちょっとお願いがあるの!」
「はい。なんでしょうか」
フェリシアに大木の陰へと連れて行かれたシリル。次に大木の向こうから二人が姿を現した時、ガルヴァス陣営の全員が度肝を抜かれた。
「これで、動きやすくなったわ!シリル、ありがとう!」
「いえ。お役に立てたのであれば」
フェリシアは、黒を基調とした動きやすさ重視のパンツスタイルの戦闘服。シリルの髪飾りも使って、高い位置で、絹糸のような銀髪を一つに纏めていた。
「お姉様は、何を着ても美しいです……特にその、パンツスタイルがお姉様の足の長さとスタイルの良さを際立たせています!!──まるで破壊と新生の女神シヴァルティ様みたぁい⋯⋯」
アンナがうっとりとした表情でフェリシアを見つめ、褒め言葉を贈る。彼女の褒め言葉を聞いた、その場の全員がほんのり頬を赤く染めてフェリシアへと視線を送り、力強く頷いていた。
「おいおいおい!シリル……お前、ドレスがすごく似合うじゃねぇか!!」
タイロンの言葉につられて、その場の全員がシリルへと視線を向ける。そこには、黒のマーメイドドレスを見事に着こなしたシリルが立っていた。
サラリとした黒髪も彼女の華奢な身体に沿うように、背中へと流れている。引き締まった身体に沿ったドレスのラインは、彼女の線の細さを際立たせ儚げな印象を与える。そして、いつもは何の感情もこもっていない黒の瞳も、今は艶っぽく潤んで見えた。
「何言ってるのよ!シリルは、最初から美人よ!」
フェリシアは、タイロンへと短く反論すると慣れた様子で白馬の背へと飛び乗った。ルカとロイズも、黒馬の背へと乗り、三人は視線を合わせると頷き合う。
「では、いってきます!アンナ、よろしくね!」
「母上!ガルヴァスのことを頼みます!」
フェリシア、ルカ、ロイズは、月の光に後押しされ、弾丸のような速度で夜空と大地を割ってメティスリアへと爆進を開始した。




