本当の狂気
──キィィン! キィィン! バシュッ!
転送魔法陣がある部屋では、タイロンとグレゴールが戦っていた。正確に言うと、タイロンが地上へ続く唯一の階段の前に立ち塞がり、グレゴールからの攻撃を受け止めていた。
しかし、防戦一方のタイロンは、大きく立ち回ることができず、防ぎきれない斬撃を自らの身体で受け止めている状態だった。
(ちっ!俺は武闘派だから素早さは低いんだよ!グレゴール様の誘い出しに乗って、ここから動いたら……あっという間に逃げられちまう!!)
──キィィン! カンッ!
「──タイロン!先程より反応速度が落ちているようだな!そろそろ、道を開けないと腕の一本でも切り離さなければいけなくなってしまうぞ?」
グレゴールが、余裕のある表情で連撃を繰り出しながらタイロンを煽るように、空いた方の掌を上に向ける。そして「こっちに来いよ」とでも言うように指を折り曲げている。
グレゴールの言葉と仕草に、タイロンはニヤリと笑って、また拳を身体の前に構え直す。
「──生憎、俺は前に一度、腕を切り離されたことがあるがな……そいつの動きの方が圧倒的に速く、隙がなかったぜ!!」
「──そうか。腕を切離された経験はあるということだな。ふむ……では、今回は足を切り離すことにしよう!」
──ズダンッ!!
転移魔法陣しかない小ぶりな部屋の中、間合いというほどの距離もない至近距離からグレゴールは瞬時に石畳の床を蹴ると、猛烈な勢いでタイロンへと突っ込んでいく。
(──速いっ!!……まずい、斬られる!!)
「ヴェント・ソウラム!!」
──ガギィィィン!!
グレゴールの剣は、ちょうどタイロンの膝の手前で見えない壁によって、それ以上の進行を止められていた。
「──タイロン!よく耐えてくれた!!」
「ロイズ様っっ!!」
タイロンがロイズを振り返った一瞬の隙を見逃さないグレゴールが、タイロンの膝の手前で止められていた剣を素早く首を目掛けて下から斬り上げる。
──シュバッ!!
しかし、その剣は盛大に空振りをして通路の狭い天井にめり込んだ。タイロンは、後ろからやって来たエドガーによって後ろに引き倒され、グレゴールの斬撃を回避していたのだった。
「おいおいおい!もう少し、マシな助け方は出来ないのかよ!」
「助けてもらうことを前提で戦うなら、戦士などやめてしまえ」
エドガーは、背後で尻もちをついたまま文句を言うタイロンには目もくれず、剣を抜きグレゴールとの距離を詰める。
グレゴールは、天井にめり込んだ剣から手を離すとゆるゆると後退りをする。そして、部屋の中心までくると両手を挙げて降参のポーズを取った。
「──君が黄金の騎士か。想像以上の美貌だな」
「言いたいことはそれだけか?」
「言いたいことね……あぁ、私がフェリシア様にプレゼントした誓約魔法は気の入ってくれたかな?」
グレゴールは、エドガーの気持ちを逆撫でして隙を作ろうとしているのか、得意気になって喋り続ける。
「フェリシア様を見かけたが、あれは極上の女だな。質素なドレスでも湧き立つような美貌だった。ドレスからスラリと伸びる白い腕と、あの細い腰がまた男心をくすぐる──」
──ザンッ!
「まだ言いたいことはあるか?あと、3回まで聞いてやろう」
エドガーは、決してグレゴールの瞳から目は逸らさず、そしてグレゴール自身も気が付かないような神速で剣を振り斬撃を飛ばしていた。
その斬撃は、グレゴールの右肘から上を一瞬で切り離していた。
「ああああああああああ!!!!!!」
地下にグレゴールの絶叫が響き渡る。彼は、切り離された腕を拾い上げると、切断面同士を押し付けなんとか接着しようとしているようだった。しかし、押し付けるだけでは元に戻ることはなく、グレゴールは右腕を胸に寄せたまま項垂れて、動きを止める。
──カチリ
小さな音が聞こえたかと思うと、転移魔法陣が淡い光で輝き始めた。グレゴールが胸に抱いている腕には、魔封じの金輪がはめられていた。
「──残念だったな。私はこんなところで終われないんだよ!」
「転移する気か!?させないぞ!!ペタル・ストライク!」
ロイズが放った魔法は、高濃度の衝撃波だった。しかし、グレゴールは僅かな空気の振動を肌で感じ、すかさず取り出した護身用の短剣で弾いた。
──ドォォォォン!!
弾かれた衝撃波が壁へとぶち当たり砂煙を巻き上げる中、グレゴールはその濁った視界からロイズへと狙いを定め短剣を投げる。しかし、短剣が空気を切り裂く僅かな音に反応したエドガーが即座に叩き落とした。そして、エドガーはその勢いのまま魔法陣の中へ飛び込むと一瞬でグレゴールを床へと制圧した。
「──黄金の騎士よ、転移魔法陣に制限の輪がない状態で入ると、転移する瞬間に身体がバラバラになることは知っているな?」
「あぁ、勿論。そんなことより、フェリシアにかけた誓約魔法の解き方を教えろ」
グレゴールは、エドガーに床へと押し付けられながらも憐れむような瞳で彼を見上げる。そして、間髪入れず魔法陣の光に包まれながら大笑いをする。
「はははははっ!!──誓約魔法はな、私が死んだ時に解除される!!!!」
グレゴールは、高らかに叫ぶと光と共に姿を消した。その様子を見ていたロイズとタイロンは、短く息を吐いた。
「叔父上の死が解除する方法か……」
「おいおいおい!ガルヴァスの戦神の命って──そりゃ、なかなかの難問なんじゃねぇーのか!?」
「──きっと、エドガー・クレイなら余裕だろう」
ロイズとタイロンは、誰もいなくなり光を失った魔法陣から目を逸らすと地上へ戻って行った。
──キィーーーーーン!!
メティスリアの森の中に転移したグレゴールは、辺りを見渡していた。月明かりで薄っすらとしか見えないが、周りには木々と背の高い草が生えているだけで、生き物の気配はしない。
(──黄金の騎士がやって来ていたとはな……あの強さは想定外だった。しかし、奴の仕えるメティスリアを陥落させてしまえば、こちらの駒となるんだ……良しとしよう)
グレゴールは、金輪が付いているだけの右腕を放り出すと、未だに血が滴る右腕に左手を添える。
「バーニング!」
短く唱えた瞬間、彼の左手から炎が出現した。その炎は、一瞬でグレゴールの切断された腕の傷口を焼いていく。
──ジュウウウッ!
「──くぅっっ!!」
グレゴールは額に脂汗を滲ませながら、自らの肉が焼ける痛みに耐える。焼き終えると、自らのマントを引き裂き傷口へと巻き付けた。
「──はぁ、はぁ……この作戦のために8年もかけて準備をしてきた。しかも、右腕まで捧げたんだぞ!必ず成功させてやる!!」
グレゴールは唸るように呟くと、魔物誘引剤の入った小瓶を四方八方へ投げ付ける。
──パキンッ カシャンッ カチャンッ
森の中で次々と小瓶が割れる音がする。その音を聞きながら、グレゴールは少し開けた場所へ移動すると魔法陣を形成するため詠唱を開始した。それは、遥か昔に使用方法すら完全にこの世から消された禁術「召喚魔法」だった。
「我の呼び掛けに応じよ!!!我と共に戦い力を示せ!!!」
──出でよ!!タイタン・ベヒモス!!
グレゴールの召喚に応じたのは、大岩に足が生えて動いているかのような、とてつもない巨体と岩盤のように頑丈な身体を持つ超巨獣──タイタン・ベヒモスだった。
グレゴールは、頬を上気させながら空の魔晶石を取り出すと、その超巨獣の足元へといくつも投げ付ける。
(空の魔晶石を見ると、繁殖本能からどんな魔物でも自らの魔力を籠めるはず──!!)
──ブォォォォン
グレゴールの計画通り、タイタン・ベヒモスは足元にある空の魔晶石の全てへと魔力を注ぎ込んでいく。魔晶石の中には茶色の魔力が渦を巻くようにうねりながら不気味な輝きを放っている。
(後は、こいつの大好物をメティスリア城の周りへと集めれば、勝手に城へと向かうだろう──!)
──ガサガサッ
グレゴールの背後から大量のスライムが現れたかと思うと、何かから逃げるように森の出口を目指して濁流のように逃げ回っている。
──ペタッ ペタンッ
その奥からは、スライム・イーターの大群が圧倒的な跳躍力でこちらへとグングン近付いて来るのが見えた。
(──誘引剤もうまく機能しているみたいだ!)
グレゴールは、興奮を抑えられないといった恍惚の表情を浮かべると茶色の魔晶石を一つだけ拾う。そして、彼は魔物の蠢く隙間を縫いながら大群の先頭へと躍り出ると、そのまま魔物の大群を率いるようにメティスリア城へ向けて走り出した。




