メティスリアの夜
ガルヴァス城の地下、転移魔法陣の中に瀕死の使用人や兵士たちが運び込まれていた。彼らの首には鈍く光る黒色の首輪がはめられている。そして、その傍らには、明滅を繰り返す魔晶石を両手で抱え狂気の表情を浮かべたグレゴールがいた。
──ガラガラガランッ!
彼は転移魔法陣の中心へ魔晶石を乱暴に転がすと、慌てて距離を取る。そして、これから起こることを想像して歓喜に身震いをした。
「ロイズは手ぬるいからなぁ。初めからメティスリアを陥落してしまえば、フェリシア様も簡単に手に入る。──そして、私はガルヴァスとメティスリア両国の王に君臨するのだ!!!!」
そう言うと、グレゴールは転移魔法陣を起動する。ブゥンと低い音を立てた魔法陣は、紫色に光ると魔法陣の中に存在する全てを一瞬で転移させた。
──バタバタバタッ!!
転移魔法陣の間へと盛大な足音を立ててタイロンが入ってくる。彼は額に汗をかき、ここに来るまでに何度も戦闘を繰り返したのであろう、若干の疲れが見て取れた。
「……はぁ、はぁ。おいおいおい!グレゴール様よぉ。かくれんぼは、終わりだぜ!」
「そんなボロボロな状態で何を寝ぼけたことを言っているんだい?お前はロイズの尻尾でも、従順に追いかけていればいいのさ!」
「──従順に追い掛ける……か。ちなみになぁ、ロイズ様は追われるのは好きじゃないんだぜ」
「はっ!今さら、そんな事はどうでもいい。さて、私はアリシア様を探しに行かないといけないんだ。邪魔をしないでくれ」
グレゴールが地上へ向かう階段の方へ歩き進めると、タイロンが両手を広げて立ちはだかった。
「残念だが、ここからは出られねーぜ!」
そのタイロンの行動にグレゴールは、表情を歪める。そして、一つ溜め息を付き抜剣すると同時に剣を振り上げ、タイロンとの距離を一気に詰めた。
──キィィン!
タイロンは、振り下ろされた剣を左手のナックルで受け止め、左へと払いのける。そして、間髪入れずに右の拳をグレゴールの脇腹に叩き込む──が、タイロンの拳は、素早く飛び退いたグレゴールのマントを掠めただけだった。
(──俺たちの親と大して変わらない年齢のはずなのに軽い身のこなし……さすが、ガルヴァスの戦神と謳われただけあるってもんだぜ!!)
タイロンは、少し向こうで剣を構えているグレゴールから視線を外さずに、自分も拳を身体の前で構える。タイロンの背中には緊張の汗が流れ、その両方の拳は武者震いするかのように僅かに震えていた。
──その頃、メティスリア城のレナは自室でレイピアの手入れをしているところだった。ふいに、ゾクリとした嫌な予感が彼女の背中を駆け抜けていく。その寒気に呼応するように、レイピアの宝石の中からネロが飛び出してくる。
「なんだ?この禍々しい気配は!?」
「分かりません!陛下にお伝えして、この気配の発生源を探さないと!」
「レナは陛下のところへ急げ!俺が影の中を走って城の中を見回った方が速い!」
ネロは言うが早いか、ベッドの影へと飛び込んで消えた。レナも自室の扉を弾くように開けて、廊下へと飛び出した。
「不穏な気配がします!臨戦態勢をとってください!」
レナは大声で危険が迫っていることを城内の人々に伝えながら廊下を駆ける。もう少しで陛下の部屋へ辿り着く場所まで来たところで、花瓶の影からネロが飛び出してきた。
「城の中に特に異変はなかった!次は城の周りを見てくる!」
「お願いします!」
──コンコンッ コンコンッ
レナは、はやる気持ちを抑えながら重厚な扉をノックする。
「陛下!レナでございます!不穏な気配を感じたので、お知らせに参りました!」
「──入れ。お前のすぐ前にも、同じことを伝えに来た者がいる」
扉を開けて両陛下の寝室へ入ると、認識阻害のフードをかぶったジョナサンと、ラシード、そして扉のすく横の壁には、現近衛騎士副団長であるヴィンセント・グランツが控えていた。ヴィンセントはレナを見るとペコリとお辞儀をした。レナも彼に会釈を返すとベッドへ腰掛けているゼノとクレアの前へと進み出る。
「失礼します。ネロが城内を確認しましたが、特に異常は見られませんでした。現在は城外へと範囲を広げて気配を探ってもらっています」
「そうか。一先ず、城内に危険がないということが分かっただけでも助かる」
その時、レナの影から黒豹が飛び出してきた。勢い余ったネロは、ラシードの身体にぶつかりそうになり、彼を踏み台にして高く飛び上がり、一回転して着地した。
全速力で駆け回って来たのだろう、ネロの身体のあちこちや足先には泥や木の葉がくっついている。彼は息も落ち着かないまま焦った様子で今、自分が見てきた光景を伝える。
「北の森の中に、大勢の瀕死の人間が倒れていたぜ──その人間たちの中心には、大量の魔晶石が転がっていた……全身の毛が逆立つような禍々しい気配がプンプンしていたぜ」
ネロはそう言うと、嫌そうな顔をして全身をぶるりと震わせた。周りに木の葉や泥が飛び散り、隣のラシードが「うわっ!」と声を上げ後退りをした。
ネロの話を聞いたゼノは、険しい顔をして立ち上がる。
「早急に調査に向かう!ヴィンセント、お主の隊の出発準備を始めろ!準備が整い次第、私も共に向かう!」
「かしこまりました!直ちに準備を開始します!」
ヴィンセントは両陛下へ一礼すると、足早に退出していった。それを静かに見守っていたフードをかぶったジョナサンが口を開く。
「──もし戦闘になった場合、ラシードは副団長なので小隊を率いることになりますよね?とすると、僕は自由に動いても大丈夫でしょうか?」
「あ、あぁ。ラシード殿と一緒にポルト村から来たのだったな?お主の名は……まだ聞いていなかったな」
ゼノが真っ直ぐにジョナサンを見つめる。その横ではクレアもじっと彼を凝視している
(両親に正体を隠すのは心苦しいな……早く全てを終わらせて、何もかもが元通りになるよう僕も頑張るしかないな。)
ジョナサンは一度、目を伏せると決意の籠もった瞳でゼノとクレアを見つめ返した。
「……僕の名前はジョンです。大体の攻撃魔法、剣術、体術は会得しているので、単独で戦うことも可能です」
「──分かった。では、ジョンは単独で動くことを認めよう。だが、危険な隊や手助けが必要な場所には必ず加勢すること」
「はい!かしこまりました!」
クレアはジョナサンが非の打ち所のない完璧な一礼をするのを見て、ふらりと立ち上がると彼の目の前へと歩いていく。そして、ジョナサンを覗き込むようにした後、切ない表情を浮かべそっと抱きしめた。
「──決して、命を無駄にするようなことはしてはいけませんよ。必ず無事に帰ってきなさい」
ジョナサンは、その言葉に目を丸くして驚いたが次の瞬間にはとても穏やかな表情をして、クレアの背中へ静かに腕を回すと、優しく抱きしめ返した。
「──はい。肝に銘じます」
その時、毛繕いをしていたネロがビクリと跳ねた。
焦った様子でレナの耳へと顔を寄せる。
「ルカが精霊石を使ったようだ。──非常にタイミングが悪いが……とりあえず、俺だけで行ってくるぞ。向こうの状況を把握したらまた戻る!」
「──ガルヴァスでも、何か緊急事態が起こっているのでしょうか。何事もなければ良いのですが。ネロ、よろしくお願いしますね」
「ったく!今回の主様は精霊使いが荒いな!」
ネロは憎まれ口を残して、ひとっ飛びでレナの影へと飛び込むと溶けるようにして消えていった。




