成果
階段を下りるにつれ窓のない道は徐々に薄暗くなっていく。フェリシアをエスコートしているロイズは、慣れた足取りで進んでいるが、二人の後を歩くルカは、壁に手を添え一段ずつ確かめるように足を運んでいた。しかし、壁の足元に近い部分に一定の間隔で作られた窪みに蝋燭が置かれていることで、足を踏み外すことなく階段を降りることができていた。階段の途中でふいに、足を止めたロイズはルカを振り返る。
「──アレクシス、僕のことは『ロイズ様』と呼ぶように」
「承知いたしました──ロイズ様」
ルカは特に異論を唱えることもなく了承するのを見届けたロイズは、また地下へと向けて歩き出す。
フェリシアはロイズに腰を支えられ、一歩ずつ研究室へ向けて歩きながら、全身を包む不思議な感覚に戸惑っていた。
(頭はハッキリしているのに……ロイズ様の言葉には抗えず、身体が勝手に動いてしまう……どうにか打開策を見つけないと。──それにしても、ルカはロイズ様を『兄上』と呼んでいたわね。確か前に、ルカが5年前にお父様を兄に殺されたと言っていたわよね……ルカとロイズ様が兄弟だとすると……アルベリヒ国王は5年前に亡くなっている!?)
フェリシアが考えを巡らせるうち、内心では混乱していると、いつの間にか研究室の扉の前に到着していた。ロイズが扉のノブへと手を伸ばした刹那、内側から勢いよく扉が開かれた。
──バァン!
「……っ!なんだ、ロイズじゃないか!お前の研究室を少し見させてもらったよ。とても良い成果を上げているようで、私も安心したよ!」
研究室の中から出てきたグレゴールは、顔や服に血をつけたままだった。研究室の中で何が行われていたかは分からないが、彼が浴びている血の量からして、惨い内容であることは容易に想像できた。
しかし、そんなことが行われたなどとは微塵も感じさせないような完璧な笑顔の男は、饒舌に続ける。
「お前が集めた魔晶石は、城の周辺で採集した物だろう?実にいい仕事だ!」
グレゴールは、ロイズを褒めるために伸ばした自らの手を見て、初めて、手だけでなく袖までもが血濡れていることに気が付いたようだった。驚いたように目を見開き、ロイズに触れる前にピタリと動きを止める。しかし、次の瞬間グレゴールはロイズの左頬へと触れると、わざと血を塗りたくるように執拗に手を動かす。しばらく、ロイズの頬の上へと自らの掌を滑らせていた男は、満足したように手を離す。
「──これで、私たちは同じだな」
グレゴールは、ロイズの隣に立つフェリシアへと視線を移すと、その更に後ろで殺気の混じる瞳で、自分を射抜く橙色の瞳を見つけた。
(ロイズの新しい従者だったな……随分と挑発的な視線だな。まぁ、いいだろう。今の私はすこぶる機嫌がよいからな)
──グイッ
ロイズは、フェリシアの腰に回した手に力を込め、彼女を自分の後ろへ移動させる。その動きに素早く反応したルカも、フェリシアの前へと一歩踏み出し、自分の陰へと隠すように立ちはだかった。
「──ロイズ。そのお嬢さんはお前の婚約者ではないはずだが?……まぁ、アンナちゃんのような子どもが婚約者になるより、こちらのお嬢さんの方が匂い立つ美しさと、目が離せない魅力があるからな。お前が惹かれてしまうのも理解できる」
突然、目の前に現れた偉そうな態度の男に、初めから不快感を覚えていたフェリシアは、アンナを貶める発言を聞いて更に頭に血を上らせていた。
(ガルヴァス王国の正当な王位継承権を持っている二人を前に、こんなに偉そうな態度を取るなんて、この男は一体誰なの!?──しかも『アンナちゃんのようなこども……』ですって!?一国の正当な血筋の王女に向かってなんて不敬な発言をするの!!)
フェリシアを隠すように立ちはだかる男二人の肩越しに、こちらをじっと見つめる深い紫水晶の瞳と目が合った。なんの感情も籠もらない虚ろな瞳かと思った刹那、足元から照らす蝋燭の炎に照らされたフェリシアの瞳の中には、グレゴールに向けられた激しい憎悪が見て取れた。
その瞳に異様な高揚感を覚えた彼は、ゴクリと唾を飲み込む。
(なんて……美しくも恐ろしい瞳だ──)
「叔父上、僕たちは試してみたいことがありますので、研究室へ入ります。──うまくいったら、今夜にでもご報告に上がります」
ロイズはルカと共に鉄壁の守りを保ちつつ、グレゴールへと強い視線を向ける。グレゴールは、ロイズの視線には気にも留めず、何かを考えている顔をしたかと思うと、フェリシアを凝視した後、急ににたりと笑う。確実に良くないことを思い付いたであろう笑顔に、フェリシアの前に立ちはだかる男二人は、わずかに身体を固くして身構える。
──が、彼らの予想に反して、グレゴールは貴族らしい完璧な礼の姿勢を取ると、何も言わずに地上へ向かって階段を登っていった。
グレゴールが階段を登る足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなって、ようやくロイズは研究室の中へと足を踏み出す。今までは、グレゴールが立っていたため、中の様子がよく見えなかったが、研究室内はロイズが知っているものとは随分違った景色になっていた。室内のあまりにも凄惨なありさまに、フェリシアの腰から手を離したロイズは、ふらふらとメインの実験台へと近付く。フェリシアとルカもその後に続いていく。
「──叔父上は、ここで一体……何をしていたんだ」
「ロイズ様。この血の飛び散り方……これは、只事ではないですね」
ロイズとルカは、実験台に飛び散ったまだ乾いていないおびただしい量の血痕と、僅かに残った炭の欠片、そして足元には砕け散った魔晶石が落ちているのを見て顔を歪める。
フェリシアも彼らと同じ実験台をじっと見つめているが、眉一つ動かさずそこにいるだけだった──が、その頭の中は忙しなく動いていた。
(──叔父上?……ということは、あの男は王弟のグレゴール様ということね!彼が最後に見せた表情と私を見た全身を舐め回すような視線がすごく気味が悪かった。何を企んでいるのかしら──でも、口も身体も動かせない!!この色とりどりの魔晶石のことも、ロイズ様には色々と聞きたいことがあるのに!)
ルカが、自然な動きでロイズとフェリシアの間に立つ。そして、フェリシアを背中に庇うような動きをしたかと思うと、彼は真剣な表情でロイズへと問い掛ける。
「ロイズ様──そろそろお聞かせください。貴方の計画に何故、フェリシア様が必要なのかを」
ロイズは、鮮やかなピンクの瞳をルカへと向けた後、諦めたように息を吐くと実験台の上の小さな透明の魔晶石を手に取ると、魔力を籠める。
そして、綺麗なピンク色の魔晶石を完成させるとオルゴールのような装置の台座へと設置した。
──キラキラ
装置からピンク色の薄い魔力の霧が噴出したかと思うと、あっという間に研究室内に広がり、三人を包み込んでいく。フェリシアは、その光景をじっと見つめていた。
(なんて優しい魔力なのかしら──私たちを柔らかく包み込んでいるみたい。)
ロイズは、研究室内に自分の魔力が充満したのを確認すると重い口を開いた。
「今、この空間は音の伝導率が低くなっている。つまり、僕たち三人の会話は僕たちにしか聞こえないということだ」
ロイズは先ほどよりも少し大きな透明の魔晶石を手に取ると、フェリシアの名を呼んだ。
「フェリシア様、この魔晶石を貴女の魔力で満たしてください」
──スッ キーーーーン
フェリシアは、ルカの背後からするりとロイズの前へと移動すると、魔晶石を手に取り魔力を籠めた。あっという間に、フェリシアの瞳によく似た深い紫色の魔晶石が出来上がる。それをフェリシアから受け取ったロイズは、壁の装置へと設置する。
──ピカーーーッ
研究室内に等間隔に設置されている電球に次々と光が灯り、あっという間に部屋全体が光に覆われていく。地下だということも忘れるほどの光の強さに、ルカは驚きを隠せない。
「フェリシア様の魔力は雷の属性。そのため、魔道具との親和性が非常に高い──なにより彼女は、膨大な量の魔力を保有している。もしかしたら、この城の周辺にある空の魔晶石の全てを満たせる量かもしれない」
「魔力は使い切ると回復するまでに時間がかかる場合があります!最悪、魔力を生み出すために自分の命を削ってしまうこともあります!いくら、魔力量が多くても危険です!──私の魔力は風と癒しの属性です!私の魔力は、それ自体が貴重なはずです!フェリシア様ではなく私の魔力を使ってください!」
「……この計画は、城の周辺の空の魔晶石を瞬時に一つの魔力で満たし切る必要がある。今なお、魔物たちが闊歩して己の魔力を魔晶石へと注ぎ込んでいるはずだ。その量とスピードを考えると、お前の魔力量ではフェリシア様の足元には到底、及ばないだろう」
ロイズは、小指の先ほどの大きさの青い魔晶石を手に取り、自分の魔力を注ぎ込んでいく。二つの魔力が混じり合い紫色に染まった魔晶石だが、フェリシアが作り出した紫色よりも暗く淀んだ色で明滅している。
「いいか、よく見ていろ」
明滅する魔晶石を、水で満たされた細長いガラス瓶へと入れる──激しく水を揺らした魔晶石は明滅を繰り返し閃光を上げたかと思うと、ガラス瓶の中には紫色の核を体内に留めた小さなスライムが生まれていた。
ルカは驚きと興奮を隠せない様子でロイズへと叫ぶ。
「──兄上っ!!魔物発現の完全な解明ができているじゃないですか──!!」
「もう、6年前にはこの研究成果は出ていた。父上には、何度も魔力で空の魔晶石を満たすという壮大な作戦を伝えていたが……『ガルヴァスから空の魔晶石を無くせば、魔物は他の土地へ流出していく、周辺国にガルヴァスと同じ苦痛や苦労をかけてまで自国を潤すという考えではなく、共存を考えなくてはならない』と言われていた」
ロイズは悔しそうに眉根を寄せ、ガラス瓶のスライムの核へと指先で狙いを定める。
──カチンッ
ロイズの指先から放たれた、淡い色の細く鋭い魔力はガラス瓶とスライムの核を貫通して消える。核を破壊されたスライムは元の水に戻り、小さな穴から実験台の上へと漏れ出していく。
ただ、その光景を見つめることしかできないフェリシアは、そのポタポタと零れ落ちていく水滴が、追い詰められたロイズの涙のように感じで心が苦しくなるのだった。




