研究室
少し時は遡り──アンナがフェリシアの羽を持ってゲイルを探して走っていると、庭に沿った回廊の少し離れた場所をグレゴールが歩いているのが目に入った。
彼は、辺りをキョロキョロと見渡したかと思うと、ロイズの地下にある研究室へと続く階段を降りていく。
(ロイズ様の研究室に、何の用事があるのかしら)
アンナは、銀色の羽を大事にドレスのポケットへ入れると、魔法を詠唱する。
「フェアリー・ヴェール」
アンナの声と共に、その身体の輪郭はぼやけていきあっという間に見えなくなった。
(よし!これで大丈夫ね。グレゴール様が変なことをしていたらロイズ様に言いつけるんだから!)
──タタタッ
グレゴールを追いかけて研究室に入ったアンナは、部屋中で色とりどりの魔晶石が光り輝く、神秘的な光景に目を奪われた。その一つ一つが、淡い明滅を繰り返す様子は、まるで呼吸をしているかのようだった。足元にも魔晶石の欠片がそこかしこにおちているが、それらはただの硝子細工のように沈黙している。
(魔晶石って、こんなに美しいのね……)
アンナが研究室の入口で惚けたように立ち止まったままいると、突然、激しい閃光と耳鳴りに近い不快な高音に襲われ慌てて耳を塞ぎ目を瞑る。
──パキィィィィィン!!
何かが砕け散る音と共に、閃光と不快な高音が収まる。アンナがそっと目を開けると、机の直ぐ側に立っているグレゴールの足元には、砕けた青い魔晶石の欠片が散らばっていた。そして、床へ落ちた魔晶石の欠片は、しばらくすると色を失いただの透明になった。
それを見たグレゴールは悔しそうに舌打ちをすると、気を取り直して黄色の魔晶石を手に取る。そして、自分の魔力を少しずつ注ぎ込んでいく。
──シュー
彼が魔力を注ぎ込むほど、魔晶石は強い光を放ち不快な高音を奏で始める。黄色だった魔晶石がグレゴールの朱色の魔力と混じり合い明るい橙色に変化した──その刹那、魔晶石が激しい明滅を始める。
「まさか……うまくいったのか!?」
グレゴールは嬉々とした表情で、実験テーブルの上に明滅する魔晶石を置く。
(何度かロイズ様の研究を見せてもらいましたけど、こんな反応は見たことがないわ──)
アンナも固唾を飲んで見守る中、明滅は激しさを増していく。グレゴールは、研究室内を走っていたネズミを見付けると気持ちの悪い笑みを浮かべる。そして、小さな電気魔法を飛ばしショック状態にすると、ネズミを捕まえ魔晶石の隣へ置いた。
明滅していた魔晶石は、ネズミに吸い寄せられるように近付くと、あっという間にネズミの中へと潜り込んでいった。
(──魔晶石がネズミの中に!?)
アンナは自分の目を疑ったが、そのありえない光景から目を離せなくなる。
魔晶石が潜り込んでいったネズミは、少しするとガクガクと狂ったように身体を震わせる。そして、ピタリと動きを止めた次の瞬間。
──ギチギチギチギチギチ
異様な鳴き声と共にのそりと身体を起こしたネズミは、口が大きく裂け涎を垂らし、額には幾つものバラバラに動く目玉が増え、その姿は完全に魔物と化していた。
「やった!!これだ……私が成し遂げたかった研究は!!はははっ.....そーゆーことだったのか!!くくくくっ……あーはっはっはっ!!」
──ギジャーーーーーッ
グレゴールが狂喜乱舞している喉元を狙い、たった今、生まれたばかりのネズミの魔物が飛びかる。グレゴールは怯むことなく、その頭をガシッと掴むと一気に力を込めた。
──バキャッ!
魔物の頭はグレゴールによって一瞬で握り潰され、血飛沫を上げる。それを見下ろす男の顔には、飛び散った鮮血が付いていたが、それすら気にならない様子で自分の手からだらりと下がっている魔物の身体を見つめている。
(ひっ!!うえっ……うぐっ……)
アンナはあまりの凄惨な状況を目の当たりにし、恐怖に支配されてしまう。全身が先ほどの魔物のように狂ったように震えだし、激しい吐き気が迫り上がってくる。
(──ダメ!今ここで、吐いたりしたら……覗き見していたことがバレてしまう。そうしたら、私まで頭を潰されて消されてしまうかもしれない──!)
アンナは両手で口を抑えると現実逃避するように必死に目を閉じる。
(でも──ロイズ様に詳細をお伝えできるように、もう少しだけ──!)
アンナは、真っ青な顔のままそっと目を開ける。自分の口を覆っている両手は極度の緊張から血の気が引き、氷のように冷たくなっていた。覚悟を決めて開いたアンナの瞳には、やはり想像もできないような恐怖しか映らなかった。
──ビクッ ビクッ! ビクンッ!
今まで垂れ下がっていただけの魔物の身体が暴れ出す。どこか行きたい場所があるのか、必死にグレゴールの手から抜け出そうとしているようだった。
「やはり、核を破壊されないと絶命しないか。──しかし、この状態で生きていけるのか?」
グレゴールが、激しく動き回る魔物を見つめていると、扉をノックする音が響く。グレゴールは、瞬時に警戒した空気を纏うと掌から圧縮された高濃度の炎を生み出す。
「ゲイルでございますが、グレゴール様。こちらにいらっしゃいますでしょうか?」
──ゴォォォ!
グレゴールの掌から生み出された小さい炎は、胴体だけで暴れる魔物を包み込むと、悲鳴を上げる隙すら与えず一瞬で塵にしてしまった。そして、グレゴールは何事もなかったかのように扉へと声を投げる。
「あぁ、私はここにいる。何か用か?」
ゲイルは──失礼します、と言うと扉を押し開ける。そして、扉を開けたまま一歩だけ研究室へ入るとグレゴールに話を始めた。
「朝食を食べていらっしゃらないようだったので、軽食を中庭にご用意させていただきました。良ければ、召し上がってください」
「──分かった。後でいただくとしよう」
「では、私はこれで失礼いたします」
ゲイルが扉を振り返った瞬間、彼の目の前でほんの僅かに空気が動く。しかし、ゲイルは何も言わずそのまま扉から出ると、静かに研究室を後にした。
「はぁ、はぁ⋯⋯!!」
アンナは、ゲイルが扉を出るほんの一瞬を見逃さず研究室の扉から外へ飛び出していた。そして、飛び出した勢いのまま地上へ続く階段を駆け上がりながら、アンナは落ち着かない心臓を落ち着けるように胸を押さえていた。
(あの光景は、絶対にロイズ様にお伝えしなくちゃ……!!)
中庭へと走り込み、木にもたれるようにして肩で息をしている。そこへ、追いかける様にゲイルがやってきた。
「──ゲイルさん、どうしてアンナがいるって分かったのですか?わざと、扉を閉めずにいましたよね?」
「はい。魔法の発動を探知して来ました。ガルヴァス城は、ロイズ様が立ち寄る場所以外には、魔力探知の魔法が張り巡らされていますから」
「……そうですか。では、グレゴール様が研究室で何をしているかはご存知ですか?」
アンナは少しだけ緊張した様子で問い掛けるが、ゲイルは顔色一つ変えずに答えた。
「把握しております。『魔晶石を使用して魔物を生み出す方法と再生方法』です。──しかし、成果は出ているようですが、成功はなされていないという認識でおります」
「──グレゴール様は、ロイズ様が成し遂げようとしていることと、真逆のことをしていますよね?何故、誰も止めないのですか?」
アンナの真摯な問い掛けに、ゲイルは──はて……と、悩み少しだけ首を傾げ視線を落とす。そして、質問に対する答えを見つけたのか、パッと明るい表情をした後、アンナへと視線を戻した。
「お二人とも方法は違いますが、願いは同じだからです。お二人とも、ガルヴァスの安定と発展を望んでおられますから」
アンナが驚きのあまり声を出せずにいると、ゲイルは──あぁ、そうでした、と言葉を付け加える。
「アンナ様が、私を探していらしたとお聞きしたのですが……何かご用でしたか?」
「いいえ。何でもありません。」
「そうでしたか。何かあれば遠慮なく仰ってくださいね。では、私はグレゴール様に紅茶をご用意しますので、これで失礼します」
ゲイルが立ち去るのを見ていると、回廊の奥から誰かが争うような声が聞こえてきたが、アンナは動く気力が残っておらず木の根元へと崩れるように座り込む。
アンナはドレスのポケットに手を入れて、銀色の羽を取り出す。アンナの掌と同じくらいの大きさの羽は、フェリシアの髪と同じように陽の光を浴びてキラキラと光り輝く。アンナは、銀色の羽を両手でそっと包み込むと、胸の前に持っていき祈りの姿勢をとる。
(──ロイズ様の夢を支え、実現させるためには、やはりお姉様の協力は欠かせないです)




