魅了
執務室の扉を開けたロイズは自分の目を疑った。
いつもの見慣れた質素な執務室にある深緑のソファに、ただフェリシアが座っているだけなのに、ここがとても豪華で洗練された場所のように感じられてしまう。
しかも、王族が着用するドレスとは真逆の色合いで、アクセサリーなどの宝飾品も身に着けていないはずのフェリシア自身が、恐ろしく輝いて見えてしまう。
ロイズが入室することもなく、扉を開けたまま立ち止まっているのを不思議に思ったアンナが、横から執務室を覗き込む。
「お姉様っ!!!」
「アンナ!!!」
アンナは、中途半端に開いていた扉を開け放つと、フェリシアへと駆け寄り思い切り抱き着く。それに応えるように、フェリシアもアンナを抱きとめる。
「お姉様も、ガルヴァスへ来てくださったのですね!嬉しいですっ!」
「うーん……自分からここへ来た訳ではないのだけれど……結果として、今はガルヴァスにいるって感じかしら」
フェリシアの返答を聞いたロイズは、やっと執務室に入ると、フェリシアの向かい側のソファへと腰をかける。そして、フェリシアに抱きついたままのアンナを自分の隣へと座らせてから、話を始める。
「確かに、フェリシア様の意思ではなかったかもしれませんが……貴女が飲んだ変化の薬は模造品だったのです。そして、なんの因果か『ガルヴァスの人間以外は、貴女に触れられない』という誓約魔法がかけられていたのです」
「──誓約魔法?だって、あれはディルムントの魔道具屋に陳列されていた中から、無作為に選んだはずだわ」
「そうなのですね。……最近、貴族の間で『変化の薬』を使用した密会が大流行でしたから……もしかしたら、普通の売り場に模造品を混ぜてやろう、と考えた悪い奴がいたのかもしれませんね」
「──わ、私は密会なんてしようとしてないですよ!?と……殿方に肌を晒したのだって、さっきが初めてなんですからね!勘違いしないでください!」
フェリシアが、憤慨しながらも身の潔白を証明しようと必死になるが、口を開けば開くほど墓穴を掘っていく。フェリシアの言葉の中に、疑問を見つけ出したアンナがすかさず口を開く。
「──お姉様、さっきとは?」
「あ、えっとね。さっきまで私、裸だったのだけれど、ロイズ様が──!!」
──ガタンッ!!
「──むぐぅ……」
「──フェリシア様、ちょっと一旦、落ち着きましょうか」
ロイズは一気にテーブルを飛び越え、フェリシアの口に自らの掌を押し付けて塞ぐと、顔を引き攣らせ息を乱しながら言った。
コクコク、と頷くフェリシアを見るとロイズは、何もなかったかのように、先ほどまで座っていたソファへと座り直した。
「──コホン。アンナ、フェリシア様は、『さっき』人間に戻った──というわけだ」
「お姉様ほ、先ほど人間に戻られたばかりなんですね!それにしても、とっても美しくて愛くるしい小鳥だったので、もう少し見たかったです──」
アンナがうっとりと小鳥の姿を思い返す横で、ロイズは急に立ち上がり執務用の机へと近付く。そして、机の上に置いていた、銀色の羽を手に取る。
──コツン
靴の先に硬いものが当たる感触がして、ロイズは机の下を覗き込むと、アイオライトの指輪が落ちていた。
(……小鳥になったフェリシア様の足に着いていた指輪か?)
指輪を拾い、フェリシアたちのいるソファへと戻ると、テーブルの上に銀色に輝く美しい羽を置く。アンナはその羽を手に取ると、瞳をキラキラとさせて見入る。
「やっぱりお姉様は小鳥になっても綺麗でしたよねぇ……あぁ、ゲイルさんにも見せてあげたい……ロイズ様。ちょっとこの羽をお借りしても良いですか?すぐ返しますから!」
興奮気味にお願いしてくるアンナの勢いに、ロイズは許可を出す──と、アンナは脱兎の如く執務室かれ駆け出していった。
(まったく……この姉妹は……)
ロイズは一瞬呆れたが、フェリシアを正面から見ると、そっと先ほど拾った指輪を差し出した。
「これは、貴女のですよね?」
「アイオライトの指輪!これは、ルカがくれたものなのです。失くしたと思っていたから嬉しいわ!ありがとうございます!」
ルカからもらった指輪だ、と嬉しそうに微笑むフェリシアを見ていて、ロイズはふと胸がざわつくのを感じる。フェリシアが自分で指輪をはめようとするのを、阻止するようにその指輪を奪い取る。
「──指輪、返してくれるのではないのですか?」
ロイズは、その言葉を無視して、怪訝そうな顔で自分を見ているフェリシアの隣へと座り直す。
「──手を出してください。できれば左手を」
「え?──何故です?」
なかなか手を出さないフェリシアの左手を、ロイズは自分から丁寧に持ち上げる。
そして、フェリシアの細い薬指へとアイオライトの指輪をはめた。
「──指輪は、きちんとお返ししましたよ」
「あ、ありがとうございます」
フェリシアは、ロイズのピンクの瞳に熱が籠もっているような気もした。しかし、アンナという婚約者がいるのに、まさか、そんな視線は向けないだろう、と結論付けることにした。そして、フェリシアは念のためにロイズに釘をさすことにした。
「貴方も、婚約者のいる殿方ですからご存知とは思いますが、女性の左手の薬指に指輪をはめる行為は、不貞行為と捉えられてもおかしくはないですからね」
ロイズは、フェリシアのまったく動揺していない姿に苛立ちを覚える。そして、その苛立ちのまま、フェリシアに言葉をぶつけた。
「──君はどうなんだ?婚約者がいるくせに、ルカからも、そして僕からも指輪をはめられることに抵抗をしなかったではないか!!──そもそも、僕が本当に婚約をしたかったのはアンナではない!!」
フェリシアは、驚愕の表情を浮かべたが、次の瞬間にはロイズをはるかに上回る、怒りに満ちた瞳でロイズを睨んでいた。
「──そ、そんなこと、私に言われても知らないわよ!!貴方が婚約を申し込んだのでしょう!?むしろ、アンナが婚約者であることを誇るべきなのに、その言い草はなんなのよ!!時々、暴走してしまうこともあるけれど、あんなに家族思いで可愛らしい子はいないわ!!」
「アンナが純粋で騙されやすいところもあるけど、いい子だってことくらい、君に言われなくても十分に分かっている!!」
「だから!!アンナと結婚するのでいいじゃない!!」
「違う!!──そうじゃないんだ……っ!!お願いだから──僕の話を聞いてくれ!」
ロイズが切実な顔でピンクの瞳を向けてくる。その瞳を真正面から見つめたフェリシアは、なんだかロイズが可哀想に思えてきた。
「……何の話を聞けばよいのかしら?」
「魔晶石にフェリシア様の魔力を籠めてもらいたいのです」
「……魔晶石に魔力を籠める?」
フェリシアは、真剣なロイズの瞳から目が離せなくなっていく。
「──魔物が、どうやってその数を増やしているかご存知ですか?」
「……空の魔晶石に自分の魔力を流し込み、それが核となる?」
「そうです。魔晶石の中で二つの魔力が混じり合うことによって、新たな魔物が産まれます」
「……私の魔力である必要は、どこにあるの?」
「フェリシア様の魔力量は、圧倒的に桁違いだからです。魔晶石にフェリシア様以外の魔力が入る隙を与えず、満たし切ることができます」
フェリシアは、ロイズの瞳が妖しい光を放っていることに気が付いたが──その時にはもう、彼女の身体は自由に動かなくなっていた。
「──フェリシア様?身体の自由が利かないですよね?」
「……(──身体が、動かせない!魅了魔法を使われたんだわ!!)」
ロイズは、フェリシアが自分の意思で口すら動かせないことを確認すると、静かに命令をする。
「フェリシア様。さぁ、僕の手を取って、移動しましょう」
フェリシアは、ソファから立ち上がると腕を出すロイズにそっと手を添える。そして、ロイズは満足そうに微笑むとフェリシアをエスコートして執務室から出て行った。




