到着
太陽が空高く昇り、その陽射しを受けた白銀のたてがみを持つ獅子の国旗が、メティスリア城の上で輝きを放ちながらはためいている。
その城塞外郭の広場で訓練をしていた兵士の影から、突然、黒豹が飛び出した。その場にいた兵士はおろか上官までもが腰を抜かして驚く中、黒豹の背から軽やかにレナが降り立つ。
男のように短く切り揃えられた焦げ茶の髪が、彼女の輪郭を縁取り凛とした美しさを際立たせていた。
「──訓練の邪魔をして、すみません。これから、エドガー様とポルト村の戦士の方々も到着しますので、ここを空けてもらえますか?──できれば、今すぐに」
レナの言葉に兵士たちがガチャガチャと鎧や剣を鳴らし移動を開始する。そのほんの数秒後、空から叫び声が聞こえてきた。
──うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
──ズダァァァァァァァァァン!!!!
城塞外郭の広場の中央が窪むのと同時に、激しい旋風が巻き起こる。砕けた石や土が舞い上がる中に人影が見える。兵士たちはその人物を認識すると、色めき立つように歓声を上げ、羨望の眼差しを向ける。
「エドガー様!!おかえりなさい!」
「フェリシア様は、見つかりましたか!?」
「そちらの方がポルト村の戦士の方ですか?」
兵士たちの視線の先には、土埃の中でも輝きを失わない金髪を風になびかせたエドガーが、少しだけ疲れた様子で立っていた。その横には、ガックリと地面に膝を突いているラシード。そして、認識阻害付きポンチョのフードを被り、魔法使いの少女のような容貌へと変化したジョナサンが立っている。
「──出迎え、感謝する」
「おい、俺たちが放つ斬撃に乗って移動するってありかよ!?しかも、連続で斬撃を放ち続けないと足場がなくなるし──ジョナ……お前が一番楽してただろ!」
ラシードがフードの少女に詰め寄るが、彼女は楽しそうに頬を染め輝く笑顔を振りまいている。
むさ苦しい男所帯の兵士たちが、その様子を口をあんぐりと開けて見ている。そこへ、よく通るエドガーの声が響く。
「私は、フェリシア様のことについて、これから陛下の元へ向かう。悪いが道を開けてくれ」
エドガーが騎士団長の風格で声をかけると、ざわざわしていた兵士たちが一斉に整列して花道を作る。
「──ふふ。エドガーは、相変わらずの人気だね」
ジョナサンが嬉しそうに笑うが、兵士たちの目にはどうしても、とてもチャーミングな魔法少女が微笑んでいるようにしか見えず、その愛らしさから本気で好きになりかけた者もいたとかいないとか。
謁見の間へと到着した一行は、ゼノとクレアと対面していた。そこでエドガーは、フェリシア捜索で得た情報と共に、現状を含めた今後の作戦を相談したい旨を報告した。
「──なんだと!?エドガー!!お主、正気か!?フェリシアを小鳥の姿にしたまま、新兵と共にガルヴァスへ行かせただと!?よくも、そんな非道な行いができたな!!!!」
ゼノは怒りで、全身から赤い炎をメラメラと燃え上がらせている。その熱気からも、彼の怒りがひしひしと伝わってくる。隣に座っているクレアは、傷ついた少女のような瞳でエドガーを見つめている。
「エドガー……あなたは、フェリシアを保護するために向かったのよね?それなのに……どうして──」
「エドガー・クレイ!!お前を、今この場で騎士団長の任から罷免する!!そして、フェリシアとの婚約は破棄させてもらうぞ!!即刻、私の前から失せろ!!!」
ゼノは、城が揺れるほどの憤怒の声を張り上げる。それを聞いたエドガーは、片膝をついたままの姿で深い青の瞳をゼノへと向ける。その瞳には一切、絶望の色はなくむしろ妖しい執念の炎が燃え上がっているように見えた。
「……承知いたしました。陛下のご決断のすべてに従います。──ただ、一つだけお願いがございます。私を王家への反逆罪、そしてフェリシア様への不敬罪を犯した罪人として、ガルヴァスの地へと送ってください」
「──エドガー。あなたは、何を言っているの!?ガルヴァスへ送ったとしても、あなたが罪人なら、あちらの王城に足を踏み入れることすら叶わないのですよ!?」
クレアは、焦る様子も悲しむ様子もないエドガーを、心底理解できないといった表情で問いかける。それに対し、エドガーは決意の揺らがない強い眼差しを返した。
「客人として招かれるつもりはありません。私は、もうメティスリアとは何の関係もない人間です。私がガルヴァスで何をしようとも、メティスリアには一切ご迷惑は掛けません」
「──ゼノ様、クレア様。エドガー様の抜けた騎士団長の任は、私、レナ・フォン・オブシディアが引き継ぎます」
レナがエドガーの横で、片膝をつき深く頭を下げる。エドガーを引き留めるでもなく、むしろ彼を後押しするようなレナの発言にゼノは眉をひそめる。そして、過去の二人とは違う強固な態度に違和感を覚え始める。
「──お前たち、何を企んでいる?私たちに真実を告げず、何をしようとしているのだ?答えよ!!」
「俺は、ポルト村の村長の息子ラシードです。彼らは、この国を想って行動をしようとしているだけです。その決意と情熱に動かされて、俺たちポルト村の戦士もここへ来ました」
ラシードも片膝をつき、深々と頭を下げながら発言する。その横で同じ姿勢を取る魔法使いの少女は、チラリと顔を上げてクレアを盗み見た。そして、その視線がクレアの視線と一瞬だけぶつかる。
(……ジョナサン!?)
──ガタンッ
クレアが突然、椅子から勢いよく立ち上がる。彼女の両手は、何かを求めるかのように宙に漂わせなから、少女の方へと一本踏み出す。その様子を不思議に思ったゼノが、何事かと慌ててクレアの手を取る。
「クレア!どうしたのだ?」
「あ……いえ、その少女が──」
そう呟き、もう一度少女を見たクレアは、力無くその場に崩れ落ちた。
(──そうよね。あの子は死んだのだから)
クレアを椅子へと座らせたゼノは、エドガーたちを振り返る。そして、諦めたように溜め息をつく。
「エドガー、レナ。お前たちは、二人とも近衛騎士団の任を解く。好きにするがいい。罪人になりたいのであれば、そのようにしてやろう。」
「陛下のお心遣い、感謝いたします」
ゼノは、エドガーからの感謝の言葉に、はっ!と短く笑った。
「騎士団長まで務めたお前が、自ら罪人になりたいなどと……その覚悟だけは認めよう。よいな?必ず、生きて帰るのだ。我が愛する娘たちと共に」
「はい。肝に銘じます」
話が纏まりかけたところへ、謁見の間の扉が弾かれるように開けられる。そして、何も言わずに入室してきた熊のような男は、金髪の頭を見付けて突進してくる。後から追いかけてきた兵士が慌てて叫ぶ。
「──申し訳ございません!我々ではガレス様を止められませんでした!!」
その言葉よりもさらに爆音で、ガレスが雄叫びを上げながらエドガーを羽交い締めにする。
「バカ息子がぁぁぁぁ!!」
「うわっ!──父上!?離してください!!」
「お前が、不甲斐ないばかりに!!8年前、初めてフェリシア様と出会ってから、ずっと目がハートなくせに!!こいつはっ!!しっかりしろ!!」
「ち──父上!!いい加減に……その口を閉じてください!!」
恥ずかしいことを言い続けるガレスに、真っ赤な顔で抵抗するエドガー。その姿を見たゼノが──なんだ、適任がいるじゃないか、と呟いた。
「ガレス。お前をもう一度、近衛騎士団長に任命する。そして、ポルト村の戦士ラシードよ。副団長の任に就いてくれ」
「えっ!?ですが、副団長ならレナ様の後に就任した人がいるじゃないですか!」
「優秀な副団長なら、何人いてもよいはずだろ?」
突然の騎士団の重役への任命に、度肝を抜かれたガレスとラシードを横目に、ジョナサンが必死に笑いを堪えていたことは、じっとその姿を見つめていたクレアしか知らなかった。




