生存
ルカと小鳥になったフェリシアが、ガルヴァスへと到着した翌日の朝、ポルト村の村長宅の応接室にはエドガーたちがやってきていた。
「やぁ、戦士たちよ。昨日はよく眠れたかの?」
村長とラシードが、応接室へ入ってくるとエドガーたちは背筋を伸ばして身構える。そして、村長が着席するとすぐエドガーが口を開いた。
「昨日は、寝床を用意してくださり感謝いたします。早速ですが、小鳥はルカと共にガルヴァスへ渡りました。詳しいことはお話しできませんが、これも我々の作戦の一部です……そして、もしかしたらガルヴァスと戦争に発展するかもしれません」
「ガルヴァスと戦争……じゃと!?何故、急にそんなことに?」
村長は眉間にしわを寄せ、険しい顔で問いかける。
ラシードは村長の後ろで控えているが、彼もまた疑問を感じているようだった。そんな彼らを真剣な眼差しで見つめたまま、エドガーは話を続ける。
「ガルヴァスは、ジョナサン殿下の暗殺に関与しています。そして、第二王女のアンナ様は殿下の崩御の混乱に乗じ『保護』という形で、すでにガルヴァスの手中に。今は、第一王女のフェリシア様が狙われているという状況です。我々は、アンナ様を奪還しフェリシア様もお守りしなければなりません」
「ジョナサン殿下の崩御にガルヴァスが関与しているじゃと!?しかもアンナ様は、すでにガルヴァスへ渡っておられる……!?フェリシア様まで奪われてしまえば、この国は──!!」
顔面蒼白でふらりと倒れる村長を、慣れた様子で抱きとめたラシードは、すぐに兵士を呼ぶと村長を退出させた。そして、彼はエドガーへ厳しい視線を向けた。
「じいちゃんは知らないから驚いていたが、俺はフェリシア様が小鳥になったところを目撃している。彼女は、すでにルカと共にガルヴァスへ行ったんだろ?何故、わざわざそんな危険な場所へ?昨日の話し合いでは、小鳥をこちらへ渡してくれると言っていたではないか」
エドガーとレナは顔を見合わせた後、覚悟を決めたようにラシードへと向き直る。
「我々は、ガルヴァスの内側からの崩壊を狙っている。」
「それは、あのルカってやつ頼みってことだよな?……あの見た目からして、彼はガルヴァスの出身だろ?敵国のやつを簡単に信じていいのか?」
「大丈夫だ。ルカは、フェリシア様が自ら選んだ男だ。彼は我々を裏切らない」
「随分と信頼されてるんだな……もし戦争になったとして、今のポルト村からは大した戦力は出せないぞ。昨日の戦闘による村の復興があるからな」
「あぁ、構わない。奴らが狙うとしたらゼノ陛下の首だろう。そして、戦場となるのはメティスリア城のはずだ──」
そこまで、言い終えてからエドガーがふと何者かの気配を感じ、室内に視線を巡らせる。レナも気が付いたのか、緊張した様子で何かを探すように視線を動かしている。
「──はぁ。おい、隠しきれてないぞ!!」
ラシードは、扉の向こうへと呆れたように声を掛ける。やや間があってから、静かに扉が開いた。
──カチャッ
フードを目深に被った男が、ゆったりとした動きで入室してくる。フードの下から、白に近い銀髪がのぞいている。
──ガタンッ!!
それを見た瞬間、エドガーとレナが同時に跳ねるように椅子から立ち上がると、驚愕の表情で叫ぶ。
「──ジョナサン殿下!?」
「ふふ。さすがだね。エドガー、レナ」
フードの下から、慣れ親しんだ穏やかな声が聞こえてくる。エドガーは、驚愕のあまり立ち上がったまま動けずにいる。レナは、急いでジョナサンの前へと片膝をつく。
「ジョナサン殿下──ご無事だったのですね!」
「あぁ、アンナがロイズ様から渡されていた毒入り紅茶で、死んだことにしていたんだ。僕が生きていると、なかなか動き出せない人がいたからね」
エドガーも、やっと身体を動かし、ジョナサンの前へと片膝をつく。そして、疑問を投げかけた。
「──動き出せない人……とは?」
「うーん。今はまだ言えないんだ。でも、僕も一緒に戦うよ。この国を守るためにね。──もちろん、全ての決着がつくまでは、僕が生きていることは内密にしてくれよ?」
片膝をついた位置からフードの中を見上げたエドガーは、ふふふ、と笑う顔を見て、泣きそうになる。そこには、自分が一度は諦めたはずの大切な命があった──そんなエドガーの気持ちを察したのか、ジョナサンはいつもと変わらない優しい笑顔をエドガーに向けた。
「エドガー、まだ泣いたらダメだよ?まだ決着はついていない。──それに、君が命より大切にしている最愛の人を迎えに行かなきゃならないだろ?」
「──はい。仰るとおりです……っ!」
エドガーが深々と頭を下げる。彼は声を震わせ、目をきつく閉じ涙を零さないようにしているようだった。
「レナ。君には、また騎士として戦わせることになってしまったようだね……君がいてくれたら百人力だよ。よろしく頼む。──あと、ネロも久しぶりだね。君にも期待しているよ」
「はい!この力、国のために存分に振るわせていただきます!」
「ジョナサンも人が悪いよな。死んだふりするなんてよ!ま、俺も手伝ってやるから安心しな!」
レナとネロも深々と頭を下げると、改めてジョナサンへの忠誠を誓う。その光景を横で見ていたラシードは、大きなため息をついた。
「──まぁ、ジョナサンがこいつらの作戦を聞いても、反対しないってことは勝機があるんだろうな。俺も手伝ってやるが、褒美は弾んでくれよ?」
「ラシード、君には本当に助けられたからね。僕の死体の偽装工作や潜伏だったり……感謝するよ」
ジョナサンにそう言われたラシードは、意気揚々とエドガーたちへ説明を始めた。
「ジョナサン殿下の死体が毒で爛れていただろ?あれは、渓谷にいるヴェノム・ハウンドにやられた旅人の死体を使ったんだぜ?あそこでは、しょっちゅう魔物に襲われた死体が見付かるからな!運よく、腕に傷跡もあったしよ!」
「ラシード、魔物に襲われてしまった遺体だったとしても、少なくとも一人の命が犠牲になっているんだ。そんなに得意気にしてはダメだよ」
ジョナサンに注意され、しゅんとしたラシードが、──悪かったよ、と素直に謝るあたり、二人の信頼関係も深く結ばれているのだろう。
「さて、これから城へ戻ってお父様にガルヴァス崩壊作戦を伝えて、協力を仰がないといけないんだけど……それは、エドガーに任せるよ。僕は、ポルト村の戦士として立ち回るために、フェリシアが置いていった認識阻害ポンチョを使おうと思っている。」
ジョナサンはそう言うと、フェリシアが小鳥になった時に脱げてしまったポンチョを持ち上げる。そして、そのポケットを探った後、エドガーへと手を差し出した。
「これは、エドガーが持っていなきゃいけないよ。」
──コロンッ
エドガーの掌に乗せられたのは、タンザナイトの指輪だった。エドガーは、はっとして指輪から顔を上げるとジョナサンは嬉しそうに微笑んでいた。
「僕の妹が、婚約者からの大切な贈り物を、城に置いていくような薄情者じゃなくて良かったよ」
「──はい。フェリシアは、殿下と同じで愛に溢れた女性ですから」
エドガーは、指輪を握り締めると愛を誓うように唇を寄せた。
(フェリシア──!必ず迎えに行くから待っていてくれ!!)
それから数時間後のポルト村入り口付近には、ジョナサンとエドガーの姿があった。彼らの目の前には、白と黒の馬の魔物が仲睦まじい様子で寄り添っている。
「君たちが、フェリシアを支えてくれたんだよね?ありがとう。」
ジョナサンが、白馬の鼻先へと手を伸ばすのをエドガーが慌てて止める。
「──殿下!この魔物は、懐いた相手にしか身体に触れさせることはありません!危険です!」
「大丈夫だよ。この子とは、ついこの前に会ったんだ。その時は触らせてくれたよ?……黒馬の方は、気難しそうだから無理だろうけどね」
そう話していると、白馬の方からジョナサンへと近寄り、撫でてほしそうに鼻をすり寄せている。それを少し離れた位置から、心配そうに足踏みを繰り返しながら黒馬が見守っている。
「ごめんね、フェリシアとルカはここから遠い場所へ行ってしまったんだよ。僕たちも、もうすぐここを離れる。だから君たちは、好きな場所へ行き、自由に生きて良いんだよ」
ジョナサンの言葉が理解できたのか、白馬は小さく鼻を鳴らすと黒馬の隣へ行き、首を絡ませて悲しみを共有しているような仕草をした。そして、二頭は付かず離れずの位置を維持しながら駆け始め、やがて砂漠の向こうへと見えなくなった。
「また縁があれば、あの子たちとも出会える。さぁ、エドガー。僕たちもそろそろ王城へ戻らないといけないね」
「はい。参りましょう」




