真実
ガルヴァスを象徴する、赤い瞳の黒竜の国旗が月夜にはためく、難攻不落の城の前へと夜空よりも漆黒の馬車が到着する。城門の前で待ち構えていたゲイルが足早に馬車へと近付き、扉を開ける。
「あぁ、ゲイル。久しいな。今日は、可愛い甥っ子のロイズに会いに来たんだが……こんな遅い時間になってしまったよ。あの子は、どこにいる?」
「ロイズ様は、今、執務室にいらっしゃると思います。後ほど、貴賓室へお連れします。さぁ、グレゴール様どうぞこちらへ」
グレゴールと呼ばれた男は、片手を上げゲイルの動きを止めるとニコリと微笑んだ。
「ゲイル、君にはまだまだ仕事があるんだろ?執務室の場所なら知っているから、一人で行けるよ」
「……承知いたしました。グレゴール様、お気遣いありがとうございます。本日はお泊まりになられますよね?お部屋もご用意しておきます」
グレゴールは、「ありがとう」と答えると、黒いマントをなびかせ颯爽と城内を歩いていく。すれ違う兵士たちは、一様に羨望の眼差しを向けながら深く礼をする。しかし、彼は一切偉ぶる素振りはなく、むしろ人当たりの良い笑顔で「かしこまらないでくれ、皆、いつも通りで構わないよ」と声を掛けながら進んでいく。
執務室の前へと来た時、少女が一人ポツリと扉の前に佇んでいるのが目に入った。
(……どこの子どもだ?大臣のうちの誰かの娘……にしては、ガルヴァスの特徴がなさすぎるな)
グレゴールは一瞬だけ悩んだが、とりあえず声をかけてみることにした。
「お嬢さん?こんな所で、何をしているんだい?」
「あ……あの、私はロイズ様を……」
もじもじしながら、グレゴールを見上げる瞳には、動揺と焦りの色がハッキリと見て取れた。グレーの髪を肩まで伸ばし、薄くぼやけた紫の瞳だが、男の庇護欲をくすぐる可愛らしい容姿をしているフェリシアの妹アンナだった。
(……ちっ、ハキハキしない奴は嫌いなんだよな)
グレゴールが気を取り直して、少女へと話しかけようとした瞬間。
──キィィィィィン
転移魔法の起動音と共に扉の隙間からピンクの光が漏れ出したかと思うと、その光はすぐに消失した。
グレゴールが部屋の中に何人かの気配を感じた直後、アンナの真後ろの扉がガチャリと音を立てた。
「……アンナ、扉の前で何を?──グレゴール叔父上!どうしたのですか、連絡をいただければご用意をしてお待ちしておりましたのに」
ロイズが顔を覗かせた瞬間、アンナは、ぱぁっと笑顔になる。その様子を見たグレゴールは、小さく鼻で笑うが、すぐに気を取り直してロイズへと声を掛ける。
「すまないね。なんだか、急にロイズに会いたくなってね……しかし、そちらのお嬢さんとの約束があったのかな?」
グレゴールは、申し訳なさそうな顔でちらりとアンナを見る。その視線に気が付いたロイズが、後ろ手で扉を閉めるとそっとアンナの腰へ手を回し、自分の横へと引き寄せる。
「なかなか連絡が出来ずに申し訳ありませんでした。こちらは、私の婚約者でメティスリア王国の第二王女アンナ様です。ご存知の通り、メティスリア国内が今は慌ただしい状況ですので……この城にて保護しております」
「あ……アンナ・メティスリアと申します。ロイズ様には、大変お世話になっております。えっと……今後も、よろしくお願いいたしますっ!」
アンナはスカートを軽く持ち上げて優雅に挨拶をした。グレゴールは、アンナの指先を手に取ると軽く口付けてから、紅色の瞳でアンナの顔を覗き込む。
「ロイズにこんな可愛らしい婚約者がいたとは……私はロイズの叔父グレゴール・ガルヴァスだよ。今後、本当の家族になれる日を楽しみにしているよ」
グレゴールは、「では、貴賓室にいるよ」と、言うと踵を返し去っていった。
「──アンナ、こんな場所で何をしていた?」
ロイズはグレゴールが見えなくなった途端、アンナから少し距離を置き、厳しい声で問いかける。
その声色にアンナは不安そうな表情で声を上げる。
「……ロイズ様のお父様に挨拶したいなんてワガママを言ったことを、謝りたかったのです……本当にごめんなさい」
「はっ!まだ、そんなことを気にしていたのか?それより、アンナに素敵な報告があるんだよ。さぁ、入って」
ロイズは、執務室の扉を開けてアンナを中へと促す。執務室には、ロイズの側近二名とメティスリア城で見たことのある新兵と──その頭には銀色のとても美しい小鳥がいた。
「まぁ!!貴方は……お姉様の護衛についていた新兵のルカですわよね?では、お姉様もご一緒にガルヴァスへいらしたのですね!?今、どちらに!?」
アンナは執務室内に視線を巡らせて、フェリシアを探す──が、見付からず眉根を寄せた。それを見たロイズがルカへと近寄り小鳥を傷付けないようにそっと指先へと乗せる。
「アンナ、今は小鳥の姿だが──これがフェリシア様だ。動物になっても、この美しさはさすがとしか言えないな」
「──この小鳥が、お姉様?本当に……相変わらず神々しい美しさですっ!」
満足そうに指先に小鳥を乗せるロイズと、小鳥を恍惚とした表情で見つめるアンナ。執務室にいる他の3名からしたら、とてつもなく異様な光景に見えていた。
「そうだ、タイロン。お前はアンナとは初対面だろう?アンナ、僕のもう一人の側近のタイロンだ。今後、何かと顔を合わせることもあるだろうから覚えておいてくれ」
「はい!タイロン様、よろしくお願いいたします!」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。アンナ様」
タイロンが珍しく、かしこまった礼をする。それに続きシリルとルカも挨拶をする。
「アンナ様、今、戻りました。これからは、城内にいることが多くなると思いますので、何でもお申し付けください」
「アンナ様、メティスリア城でもお会いしたと思いますが……ルカです。私も、ガルヴァスの一員としてロイズ様に従うこととなりましたので、よろしくお願いいたします」
三人が一斉に片膝をつき、一人ずつアンナの指先へとキスを落としていく。
「みなさん、仲良くしてくださいねっ!」
「アンナ、もう遅い時間だ。シリルとタイロンに部屋まで送ってもらいなさい。……二人とも、今回の働きは見事であった。数日、休暇をやろう。自由に過ごすと良い」
その言葉を受けたシリルとタイロンは、「勿体ないお言葉、感謝します」と、言うと礼をしてアンナを伴い執務室を後にした。
執務室の扉が閉まるのを待たず、ロイズはルカへと詰め寄った。そして、ピンクの瞳を怒りに潤ませて唸るように言葉を紡ぐ。
「──ルカ!何故、帰ってきた!?」
突然の感情の籠められた瞳と言葉に、戸惑うルカは何も言えずに立ち尽くしている。
「──5年前、僕がどんな気持ちでお前を城から追い出したと思っているんだ!!」
「──兄上……それは、一体どういう意味ですか……?」
ルカは全く状況が掴めず混乱した表情をしている。さらにルカが口を開こうとした瞬間──コンコン、と扉が響くようにノックされた。
「─ロイズ?なかなか貴賓室へ来ないから、待ちきれなくてね。中へ入っても良いかな?」
グレゴールの声がした途端、ロイズが慌てたのが空気を通して伝わってくる。ロイズは、執務室の机へと歩きながら、扉に向かい声を掛ける。
「叔父上!少しだけ待ってもらえますか?アンナへとプレゼントした小鳥が飛び回ってしまうので、どこかへ止まらせます」
「あぁ、分かったよ」
ロイズは、指先の小鳥を机の上の本立ての背に素早く止まらせる。次に、引き出しから引っ張り出した小瓶をルカへと押し付け「飲め」と短く指示を出す。
ロイズから小瓶を受け取ったルカは、ふと過去の記憶を思い出した。
(これは……子どもの頃アリシア様から定期的に飲まされていた小瓶……)
ルカは、ロイズの──急げ、という言葉と彼の切羽詰まった表情に押され、思い出しかけていた記憶と共に中身の液体を一気に飲み干す。
「──うっ!」
目に強い痛みを感じたルカが、目を押さえてうずくまる傍らへと膝を折ったロイズが、さらに指示を出す。
「お前が『ルカ』だと叔父上にバレるとまずい。別人を演じろ──」
そう言うと、あっという間にルカから離れ、グレゴールの待つ扉を開ける。
「──お待たせしました。どうぞ、中へお入りください。グレゴール叔父上、今夜はどのようなご用事でいらしたのでしょうか?」
「あぁ、その少年は──?」
グレゴールは、ロイズの後ろに立つ黒髪に橙色の瞳の少年に視線を向けた。
「本日から、ロイズ様に仕えることになりました──アレクシスです。よろしくお願いいたします」
「今日、来たばかりのため色々とこの城のことを説明していたところでした。──アレクシス、お前の部屋の場所は分かるよな?明日からしっかり働いてもらう。今日はもう下がって良い」
そう言われたルカは、ペコリとお辞儀をすると扉から出ていく。扉がガチャリと閉まると、グレゴールは執務室のソファへと腰掛ける。
「──ロイズ、アルベリヒ兄さんが死んでから、もう5年だ。そろそろ『魔晶石を使って国を立て直す』なんて無謀な考えを諦めたらどうだ?」
「……」
「もちろん、お前が王国内の魔物の生態や、魔晶石の利用価値について調査、研究をして出した成果は素晴らしいと思うよ」
「ありがとうございます」
グレゴールは、長い脚を組み替えて目の前の机へと乗せる。ソファの背もたれに両腕を乗せ、仰け反るようにしながらロイズを見る。
「魔物がこの土地に集まる理由を調べるためにお前は何をしたんだっけか?──あぁ、メティスリアに空っぽの魔石を置いて、魔物がそこへ吸い寄せられるか実験したんだったな!しかも、転移魔法陣を使ってわざわざタイタン・ベヒモスをメティスリアへ送った!」
ロイズは、何も言わず目を伏せて叔父の話をただ聞いている。グレゴールは、楽しそうに話を続ける。
「アルベリヒ兄さんにバレないように、私が魔法陣を書いて手伝ってやったんだ!あのお陰で、メティスリアの王女が膨大な魔力持ちだということが分かったんだよな?──しかも、その国の第二王女を婚約者として迎えた?お前が、自分の国を壊滅しかけた張本人だと知ったら、どうなるだろうな!?」
「叔父上は……僕にどうしろと言うのですか?」
ロイズは、居た堪れなくなってか細い声を上げる。グレゴールはロイズを横目で見た後、ふっと天井を見上げるとそのまま瞳を閉じた。
「私はね、魔物を戦争兵器として従える方法を探しているんだよ。この国には、たーくさんの魔物がいるだろ?それを使えば、自国民は犠牲にならず、どんどん領土が広がるんだ!素晴らしい考えだと思わないかい?」
「──魔物を兵器として使うなんて、考え付きませんでした」
「はっはっは!そんなんだがら、5年経っても進展がないんだよ!まぁ、いいや!ロイズ、お前のやり方がうまくいかないって判明した時は、約束通り私の代わりに『アルベリヒ兄さんを殺した罪』をかぶって、王位継承権を捨てろ。そうすれば、第二皇太子も死んでいることだし、俺が王になれる!!」
「──分かっています。約束は守ります」
ロイズは、それだけ言うと拳を握りしめ唇を噛んだ。グレゴールは満足気にソファから立ち上がると、ロイズの肩をポンポンと叩く。そして、ロイズの耳に顔を寄せると低く唸るように呟いた。
「5年も待ってやったんだ。もうそんなに待てないからな」




